花の種(ツォン×エアリス)



 その日もいつもと変わらず、庭に咲いた花の手入れをする。
 北にあるアイシクルエリアより暖かいとはいえ、二月ともなればミッドガルにも冷たい風が吹く。そんな中でも綺麗な花を咲かせる花に微笑みながら、エアリスは教会へと向かった。
 通い慣れた道だ。時々モンスターが紛れ込んできては近くの住人を襲ったりもするけれど、エアリスはそれを上手くかわして行く手段を身に付けていた。長めのロッドを右手に、花の手入れ道具を左手に。
 そうしてようやく教会にたどり着いたエアリスは、先客の姿を認めた途端に顔をしかめた。
「……ツォン」
「やあ、エアリス」
「わたしは、行かないって言ってるのに」
 会う度に繰り返される会話。ツォンも慣れた様子でエアリスが拒否の言葉を紡いでも表情を変えない。まるでそういうと分かっているかのように。否、ツォンには分かっていた。エアリスが神羅に協力するはずはないということが。
 ツォンの存在を無視するようにその前を横切り、朽ちかけた教会の床に咲く花に近づく。土地が枯れて植物が育たないはずのミッドガルでも、ここだけは特別だった。
「私も遊びに来ているわけじゃない」
「それなら、早く上に戻ればいいじゃない?ここにいたって、意味がないもの」
「エアリスの、うん、という言葉を聞かない限り戻れない」
「同情に訴えようとしても、だめよ」
 そう言ってエアリスがツォンの方を見ると、ようやくこっちを見た、とツォンが笑ったので、エアリスは初めて一杯食わされたのだということに気がつく。
「もう!」
 こんなやり取りをしながらも、エアリスはツォンの事が完全に憎めないでいた。前に実験室にいた時に感じた、エアリスをエアリスでないものとして見る視線とは違って、ツォンはエアリスを一人の人間として扱い、そしてその意志を尊重してくれる。ただの小娘である自分を捕まえることくらい容易い筈なのに、こうやって泳がせてくれている。時々思い出したようにこうしてエアリスの元を訪れる以外は見張りも置いていない。
 ツォンが自分の意志でそうしているのか、それとも上司がそうするよう命令しているのかは、エアリスには分からなかったが、その結果としてエアリスは神羅から逃げだそうと思えば出来なくもない位置にいるのは確かだった。エアリスにはそのつもりは全くないが。
 ツォンは何も言わず、エアリスの方を見ている。その視線を背に受けながら、花の前に跪いた。
 床から僅かに覗く地面を覆うように咲いた色とりどりの花を一つずつ見て、十分咲ききった花を切ったり、周りの葉に埋もれた新たな芽を少しだけ動かしたりすることに夢中になっている内に、エアリスはツォンがそこにいる事をすっかり忘れていた。
 一通り花の手入れを終えて立ち上がろうと足を伸ばした、その時、エアリスの身体はバランスを崩して後ろに倒れていく。急激な体重の移動に耐えられず、足が悲鳴を上げたのだ。
「きゃっ」
「危ない」
 咄嗟に後ろから支えられ、それがツォンの手だということに気づくまでに少し時間が掛かった。身体は地面と接触することなく、僅かに傾いた程度で止まっている。
「気をつけるんだ」
 そうしてツォンがエアリスを立たせる。その動作がとても慣れたものであることをエアリスは感じていた。大人の余裕だろうか。途端、まだ子供である自分と比較して悲しくなった。
 ツォンは大人だ。自分に接触してくるのも全ては「仕事」であるからで、それ以外に理由がない事くらい、エアリスには分かっている。けれど、心のどこかで期待していたのだ。自分がツォンにとっての「特別」であるということを。
「……ありがとう」
「どういたしまして」

 頬を膨らませているエアリスに対してツォンはにこりと微笑んだ。ーーその笑顔はエアリスだけに見せる表情だということを、エアリスは知らない。部下のレノやルードでさえ、ツォンのそんな顔は見たことがない。その笑顔にエアリスへの愛情が含まれていることに、エアリスは気づかないーー

「気をつけるんだ、ここは足場が悪い」
「そんなの、分かってる」
 一々言わないで、という言葉は発せられることはなかった。何故なら、ツォンの動作に驚いたエアリスが言葉を失ったからだ。
 ツォンは掴んだエアリスの手にもう片方の手を添えてゆっくりと手のひらを開かせた。白く細い手のひらの上に、パラパラと降り注ぐ黒い粒。
「何?」
「花の種」
 ツォンに言われなくても、それが花の種であることくらいエアリスには分かっていた。そんな答えが欲しかったんじゃない、と思いながら、エアリスは続ける。
「……どこから?」
「この前仕事でウータイまで行ってきた。その時に拾ったんだ」
「嘘」
「本当だ。君にあげよう、エアリス。私が持っていても意味のないものだから」
 そう言ってエアリスの手のひらに落とされた種は形も大きさも様々だった。この種からはどんな花が咲くのだろう?きっと綺麗な花に違いない。
「それに、今日は君の誕生日だろう?」
「知っていたの?」
「覚えていたのさ」
 それだけ言って、ツォンは出口に向かって踵を返すとすたすたと歩いていく。エアリスを一人残して。
 あたかもついでの様に言いながら、ツォンはずっと待っていたのだ。エアリスがここに来ることを。今日がエアリスの誕生日だと知って、プレゼントを用意した上で。「大人」であるツォンの事だ、単なるものではエアリスが受け取ってくれないことは容易に想像が付いたのだろう。
「ツォン!!」
 既に出口をくぐろうとしていたシルエットに向かってエアリスが叫ぶ。手のひらに落とされた種をぎゅっと握りしめて、
「花が咲いたら、あなたにあげるわ」
「それは嬉しいな」
 大切に育ててくれよ、と言い残してツォンは去っていった。
 一人残されたエアリスは、暫くぼんやりとその場に立っていたが、空いた手で持ってきたものを片付けると、駆け足で家路についた。
「ただいま!あのねえ、お母さん。今日ツォンがね…」