海の見えるレストランにて



 久しぶりにオフで日本に帰ってきた手塚に、どこか連れて行ってくれないかと言われ、悩んだ真田が選んだのは、店内から海が一望出来る小洒落たレストランだった。
 街から少し離れた高台にあるその店は、景色が良いことに加えて、料理も美味いと評判の場所だと聞いた。ここならば手塚も文句は言うまい、といった真田の予想に反して、店に連れてこられた手塚は困惑の表情を浮かべていた。
「どうしてここなんだ」
「お前がどこかに連れて行けというからだが」
「だから、どうしてこの店を選んだのかと聞いている」
 おおよそ真田が選びそうにない店だったので、手塚が尋ねると、真田は憮然とした表情で、
「……職場の同僚が教えてくれたのだ。料理が美味いという話だったからな」
 と言った。
 それで、真田もこの店の雰囲気や内装などが、男二人で訪れるには似つかわしくない場所である事を知らなかったのだろう、と手塚は悟った。
「お前、その同僚にどのような説明をしたんだ?」
「いや、連れ合いがどこかに行きたいというが、久しぶりに会う場合、どこへ連れて行ったらいいものかと……」
「その連れ合いが男だという話は?」
「……していないな」
 手塚が、はあ、とため息をつく。恐らくその同僚は、一般的な男女がデートとして行くような場所を真田に提案してくれたのだろう。もちろん、相手が男だとは知らないままに。
 だが、既に席を予約してあるという真田に、今から引き返すつもりはなさそうだ。手塚もまあそれなら、とウェイターに案内されるまま、店内を歩く。
 真田がどう言って予約をしたのかは知らないが、二人は全面ガラス張りの窓の傍にある席に通された。周りの客は全て男女のペアという状況で、二人は自然と周りの注目を集めていた。
 だが、昔から何かと人の視線に晒されることが多かった二人は、特に気にする様子も無く、椅子に腰を下ろす。
「せっかく来たんだ、何か食べよう」
 手塚がメニューを開いたとき、タイミング悪く真田の胸ポケットで携帯が震えだした。休みの日になんだと顔をしかめながら携帯を取り出した真田だったが、発信先を見ると更に眉間に皺を寄せた。
 そして、手塚のほうに向きなおると、
「すまない。取引先からだ。俺の料理も適当に注文しておいてくれ」
「俺のチョイスでいいのか」
「構わん。頼んだ」
 真田は携帯を片手に席を立った。一人残された手塚は、しばらく一人でメニューを眺めていたが、何を注文するのか決めると、ウェイターを呼んだ。



「なんだこれは」
 たっぷりと時間を使って、何とか取引先に話をつけた真田が席に戻ると、テーブルが料理で埋め尽くされていた。
「適当に注文しておけということだったが」
「確かにそう言ったが、お前、こんなに食べられると思うのか?」
「大丈夫だ。お前と俺なら、造作もないことだろう」
 よく見れば、一品一品の量はそれほど多くはない。だが、机を埋め尽くすほどの料理というのは、見ているだけで胸やけがしそうだ。
「とりあえず、座ったらどうだ」
 呆然と立ち尽くしていた真田に座るよう勧め、手塚は再びウェイターを呼んだ。
 真田が席についたのを見計らったかのように、ウェイターがボトルを手にこちらへ近づいてくる。
「今度は何だ!?」
「シャンパンだ。飲み物も必要だろう」
「お前は馬鹿か? 今日は車で来ているのだぞ? 飲めるわけがなかろう! もし飲むならお前だけにしろ」
「部屋を取ってあると思っていたのだが」
 手塚の発言が意図するところに気づき、真田の顔がカッと顔が赤くなる。
 そう、このレストランはシティホテルに併設する形で営業しているレストランだ。それは真田も知っていたが、真田は本当に、いつもよりも少しいい料理を食べて帰るつもりだったのだ。
 もしかすると、この店を勧めてくれた同僚は、食事の後に宿泊することまでを想定してこの店を勧めたのかもしれないが、その気遣いが真田に伝わっているはずもなかった。
「なっ!? そそそそんなもの、とってあるわけがなかろう!」
 大きくなりがちな声を必死で抑えながら、真田が手塚に食って掛かる。
「それなら今から予約しよう」
「き、貴様、何を言っているのだ!?」
 完全に手塚のペースに持ち込まれている。混乱している真田をよそに、手塚はシャンパンを注ぎに来たウェイターに、二人とも飲みたいから部屋を確保してくれるように頼んだ。ウェイターは嫌な顔ひとつせず、すぐに手配に向かってくれた。
「いったいどうなってるんだ……」
 手を顔で覆い、盛大にため息をつく真田をよそに、再びウェイターが戻ってきた。そして、手塚の傍にメモを差し出した。手塚は表情を少しも変えずに、至って真面目な面持ちでそれを受け取る。
 次に、所狭しと並んだ料理の隙間にグラスが置かれ、そこにシャンパンが注がれた。フルーティな甘い香りは、真田はもちろん、手塚にも似合わない。せめてワインにしてくれれば良かったのにと、手塚に恨めしげな視線を送る真田だった。
「完全に場違いだ……」
「ああそうだな」
「こんなことなら、いつもの居酒屋にしておくべきだった」
「そうでもないぞ? お前と過ごすのなら、何処であっても構わない」
 それに、一緒にいる時間は楽しまなければ損だろう。
 そう言って、シャンパングラスを片手に、かすかにほほ笑んだ手塚を見て、真田は降参だと目の前に置かれたグラスに手を伸ばす。
「乾杯」
 グラスを軽く持ち上げて、口に含んだ液体は、甘い香りとは裏腹に、強い炭酸が喉を、そして二人の胃を刺激した。


***


「食べ過ぎだ……」
 大の男二人であっても、さすがにメニューに載っている料理全ては多すぎた。何とか腹には収めたが、最後の方は料理を楽しむ、という余裕すらないほどだった。
「大体、お前が、頼みすぎるからだろう!」
「それは悪かったと言っている」
 二人は手塚が頼んで確保してもらった部屋へ向かうためにエレベーターに乗っていた。このエレベーターも外側がガラスになっていて、外の景色を楽しむ事が出来るようになっている。
「こういう場所は、俺たちには似合わないな」
「何を今更。俺は、来た時から分かっていたわ」
「だが、この店を選んだのはお前だぞ、真田」
「その事はもういい!」
 チン、と到着を告げるベルが鳴り、静かに扉が開いた。エレベーターホールはごくごく小さな音でクラシックが流れている以外は、静まりかえっている。自然と真田と手塚も口を噤んで、そっと廊下を歩いた。
 用意された部屋に入り明かりを付けると、浮かび上がったのは部屋の中央に置かれた、普通よりも大きなサイズのダブルベッドだった。ホテルのフロントで手続きをした時に、その部屋しか空いていなかったのだと申し訳なさそうに謝られた理由が、ようやく分かった。
「……頭が痛くなってきた」
「何だ真田、飲み過ぎか?」
「たわけ! そんなわけあるか。あれほどの酒で酔うわけがなかろう」
「だが、顔は赤くなっている」
 誰の所為だというつぶやきは、真田の心の中だけにしておいた。
 この部屋からも、外の景色が見えるようだ。今は少し離れた場所にある街の明かりが暗闇の中に浮かび上がっている。見事な景色だな、と、窓の方へ歩き出そうとした真田の服を、手塚が掴む。そして、ぐい、と自分の方へと引き寄せた。
 アルコールが回って多少足下がおぼつかなくなっていた真田は、あっさりと身体を手塚の方へと傾けた。唇が重なり、ぬるりとしたものが間から差し込まれる。それが手塚の舌だということに真田が気付くまでに、一秒ほど要した。
 おい、と唇を離そうとするも、身体が言う事を聞かない。それどころか、背筋がぞくりと粟立って、足の力が抜けていく。半ば手塚に抱えられるようにしながら、真田は急激に引き出されていく欲望に抗えずにいた。
「な、なぜだ」
「酒が回っているからだろう」
「貴様、最初から、そのつもりで」
「それは違う。だが」
 お前の上気した首筋を見て、冷静でいる方が難しい。
 そう言う手塚の表情は、普段と何ら変わりなく見えた。表情と言動が一致していないところを見ると、それなりに酔ってはいるのだろうが。
「ま、待て、手塚! せめて風呂を」
「駄目だ」
 待てない、と崩れ落ちた真田の身体をベッドに押しつけて、再度唇が重ねられる。執拗に口内を弄られ、アルコールによって上気した身体は、いつも以上に敏感に反応する。
「手塚、てづか、あぁ」
 ようやく唇が離れたと思えば、上着をたくし上げられ、真田の皮膚に手塚の手が触れた。いつもはひやりとしている手が今日は熱く感じた。触られた箇所が火元となって、ジリジリと真田の身体を炙っているかのように、汗が噴き出し、乳首が硬く尖る。その先端に触れられた途端、身体が大きく反った。与えられる快感が下半身へと集まって、徐々に真田のものが硬くなっていく。
「くっ……!」
 だが、手塚は上半身に触れるばかりで、一向にそこへ手を伸ばそうとはしない。むず痒いような感覚に焦れた真田が、足をすりあわせるように動かすと、微かに手塚の声が聞こえた。
「真田、どうした」
「て、てづか……俺に、触れてくれ」
「触っているが」
「違う! お、俺の、股間に」
 普段の真田ならば口にしないような言葉も、今日は躊躇うことなく飛び出す。アルコールの所為で普段よりも少しばかり開放的な気分になっているようだが、真田はその事に気付いてはいなかった。
 真田のベルトを外し、下着ごとズボンを引きずり下ろしてやると、既に硬くなった真田のものが露わになる。手塚がそれを両手で扱けば、こんな声がどこから出ているのかと思うほどの甘い声を上げて身を捩った。
「うっ、ああっ、て、づか」
 もっと刺激が欲しいと強請る真田に応えるため、手塚は真田の尻を割って、奧にある入り口に触れた。まだしっかりと口を閉ざしているそこは、先ほどまで手塚が触れていた場所から溢れた液体でぬらりと光っている。
 滴り落ちる先走りの力を借りるようにして中へと指を差し入れ、ぐるりと内壁を撫で、引き抜く。それを何度か繰り返していると、次第にほぐれ、指程度なら難なく飲み込む程になった。
「真田」
 お伺いを立てるかのように、己の名を呼ぶ手塚をちらりと一瞥して、真田は、いいから、とその先を強請る。
「早く、入れろ……」
「いいのか?」
「いいと言っている」
「そうか」
 真田はそれまでベッドの掛布を掴んでいた手を離して、ぐいと己の尻を持ち上げた。先ほどまで手塚が弄っていた場所が、ひくりと誘うように蠢く。手塚は己の服を脱ぐと、同じように硬くなったそれを取り出して真田にあてがった。
「入れるぞ」
 真田が頷いたのを見て、手塚は中へと分け入っていく。いくら指で慣らされたといっても、質量が全く異なるそれに侵攻され、痛みで思わず呼吸を止めていた。
 だが、それも暫くすれば快感に変わることを知っているから、耐えられる。
「真田、真田」
 手塚に呼ばれて、真田は痛みを逃すために固く閉じていた目を開け、詰めていた息を吐き出す。
「……何だ」
「動くぞ」
「貴様、一々伺いを立てなくてもいい!」
 早く動け、と急かすが、手塚は動く様子を見せない。むしろ真剣な表情で真田の方を見ている。
「お前に不快な思いをさせるかもしれないから、お前がどうして欲しいか教えて欲しい」
 手塚の言葉に、真田は目を見張った。今までそんな事言われたことも無かったからだ。もちろん、過去に行為に及んだ際も、手塚がこちらの様子を気にしているのは何となく分かっていたが、はっきりと口に出されたのは初めてだった。
「俺に、何を言えと」
「どうして欲しいのか言ってくれ」
「俺が? 言うのか?」
「そうだ」
 それなら、と口に出そうとして、これはとてつもなく恥ずかしい事なのではないかと言うことに、はたと気付いた。
「……新たな嫌がらせか?」
「どうしてそうなる」
「つまり、その……俺には、言えん!」
「先ほどは言っていただろう?」
「それとこれとは違う! ……その、今日は、お前に任せる」
「それでは、俺がしたいようにしても、文句は言わないということか?」
 真田が小さく頷いた。それを見て、手塚はそれならばと動き出した。暫く動いていなかった所に大きな衝撃を感じ、思わずちょっと待て、と真田が制止する。
 だが、手塚はそれを無視して、行為を続行した。激しく腰を動かしながら、
「文句は言わないと言っただろう」
「いや、確かに、そう言ったが」
 奥まで入れられ、すぐに引き抜かれる。激しい動きに粘膜が悲鳴を上げそうだ。だが、痛みと快感の境目ギリギリの所を何度も抉られている内に、快感の方が勝ってきた。
「んっ、あ、ああっ、て、てづかぁ」
 手塚の額から滴り落ちた汗が、真田の胸元に落ちては下半身の方へと流れていく。完全に火が付けられた真田の身体は、そんな僅かな刺激すらも快感に変えてしまう。
 真田は無意識のうちに己の昂ぶりに手を伸ばしていた。手塚が真田の中を抉る度に、先走りが溢れて手を汚す。
「さ、なだ」
 手塚の声にも余裕がない。荒い呼吸に混ざって、何度も真田の名を呼んでいる。
 その時、眉間に皺を寄せた手塚が、ふっと顔を上げて真田の方を見た。真田もまた、閉じていた目を開けて、手塚の方を見た。
 今の二人の表情は、あの日、互いにネットを挟んで見た互いの表情とよく似ていた。
 そう思った瞬間、どくん、と真田の手の中のものが弾けた。
「あああああっ!」
 強烈な快感が身体を駆け抜ける。全身が硬直し、真田の中にある手塚のものを、ぐいと締め付けた。
「くっ……!」
 その刺激が最後の決め手となり、手塚もまた、限界を迎えた。


 互いに達した後も、身体の火照りは収まらず、二人は何度も形を変えて行為に没頭した。ここまで互いの身体を貪るように抱き合ったのは、何年ぶりだったろうか。
 そして、どちらともなく倒れ込むようにして眠りに落ちた。


***



「……塚、手塚、起きろ」
 先に目を覚ました真田が、手塚の身体を揺する。手塚がゆっくりと目を開けると、見慣れた真田の顔が目に飛び込んできた。
「おはよう、真田」
「ああ、おはよう」
「今何時だ」
「八時だ。寝過ぎた」
「お前にしてはそうだが、世間一般ではそれほど遅くない時間だと思うが」
 それに、昨晩の事を思えば、この時間でも早いほどだ。そう言うと、真田は顔をしかめて、
「昨日の事は言うな」
 恥ずかしそうに視線を逸らす真田の耳が、微かに赤くなっている。
「どうしてだ」
「は、恥ずかしいからに決まっているだろう! たわけが!」
「俺はそうは思わないが」
「貴様、正気か!?」
「俺はいつだって正気だ」
「いや、そうとは思えんな。考えたのだが、昨晩お前は酔っていた。確実に酔っていた! 普段と明らかに言動が異なっていたからな」
「それを言うなら、お前もだろう真田。昨日のお前は、普段と比べても積極的で」
「わーーー! 言うな馬鹿者!」
 早く起きんかと傍から離れていこうとする真田の腕を、手塚は掴んで自分の方へと引き寄せた。そして、素早く唇を重ねる。
「……貴様、まだ酔ってるのか?」
 そう言いながらも、真田も拒否はしなかった。
「俺は正気だ。さあ、真田、まずは風呂に入ろう」
「入ろう、って、まさか一緒にか!?」
「何か問題でも?」
「あるわ馬鹿者! 大体二人で入るには狭いだろう。それに」
「それに、何だ」
 手塚が訊ねると、真田は答える代わりに顔を真っ赤にして、口をぱくぱくさせる。その様子がおかしくて、笑いが漏れたが、真田は気付かなかったようだ。
「さあ、油断せずに行こう」
 ベッドの上から降りて、手塚は真田の手を掴んだまま、バスルームへと向かった。文句を言いながらも最終的にはそれに従う辺り、真田もまんざらではないのだと、思う事にした。