雨の中、オレが真田サンとしたこと



 真田サンとケンカした。本当にちょっとしたことーー真田サンが左利きだから、食事をするときに手がぶつかって困るとオレが言ったことが原因だった。
 何だかお互いにいらいらしていたのだと思う。真田サンは構いたがりの所があるから、オレの勉強がどうとか、食生活がどうとか……そういう事をちょくちょく注意してくる。それが何だか子供扱いされている気がして、我慢できなかった。それで、つい、「煩い」と言ってしまったんだ。
「俺は、お前の為を思って……」
 そんな言葉、聞き飽きたよ。親が子供に言うそれと同じだって、あんた気づいていた?
 外は大雨だった。それなのに俺は傘も持たずに寮を飛び出した。後ろから真田サンが何か大声で怒鳴っていたような気がするけど、そんなの気にしない。むしゃくしゃして、無我夢中で走って、気づいたら長鳴神社に来ていた。
 雨の日の神社に来るようなやつは、あんまりいないだろう。現に、今ここにはオレしか居ない。制服が濡れてとてつもなく重かった。どんだけ雨の中走ってたんだ、オレ。
 真田サンが言うことはいつも正しくて、だから余計に癪に障る。親に言われてもむかつくのに、一歳しか違わない真田サンに言われると、もっとむかつくんだ。それをあの人は分かってない。
 でも、一番分かってないのは、オレだ。
 本当は真田サンがあんなに心配してくることを幸せに思わなくちゃならないのに。

 雨の中ブランコに座って軽く揺らしてみた。もうここまで濡れたら一緒だろうと、雨宿りするのも止めた。
 靴の中までぐっしょりで、地面を蹴る度にぐしゅ、ぐしゅと嫌な音がする。
 神社の階段を、誰かが上がってくるのが見えた。赤い傘を差している人は傘に顔が隠れていて見えない。こんな雨の中神社に来る人もいるんだ、と思って見ていると、その酔狂な人は真田サンだった。
「……こんなところにいたのか」
 オレを見るなり、真田サンはそう言った。
「何処にいようが、オレの勝手ですから」
 謝ろうと思っていたのに、口から飛び出したのは憎らしい言葉。ヤバイ、また怒らせたかな、と恐る恐る目だけ動かして真田サンを見る。
 真田サンは怒らなかった。その代わり、悪かった、と謝ってきた。
「言い過ぎだと、美鶴に怒られた……確かに俺はお前の親でも何でもない」
「そうっすね」
「お前が怒るのも無理はないとも言われた」
「さすが桐条先輩、分かってる」
「すまなかった」
 どうしてそんな傷ついたような表情でオレに謝るんだろう、この人は。そんな顔されたら、許さないことなんか出来るはずがないのに。
「……ズルイよなあ、真田サン。俺がアンタのこと嫌いになれるわけないっての」
 だって、本当はこんなに好きなのに。真田サンが迎えに来てくれたってだけで、嬉しくて嬉しくて涙出ちゃいそう。雨でびちゃびちゃになっている今なら、泣いても分からないかな。
「こんな所にいると、風邪を引くぞ。……帰ろう」
「チューしてくれる?真田サンから。そしたら、」
 一緒に帰ります、と言う前に、真田サンが近づいてきて、一瞬雨が止んだような錯覚を覚えた。次の瞬間、真田サンの唇がオレの唇と重なって、じわりと暖かくなった。
 ああだめだ、我慢できない。この人が好きで好きで、オレはもうどうにかなってる。
「真田サン、こっち来て」
 オレはブランコから立ち上がって真田サンの手を乱暴に引っ張ると、神社の裏側まで歩いた。神社の裏側には誰も住んでいない小さな家が建っている。勿論鍵は掛かっているから入ることは出来ないしそんなつもりもない。ただ軒先を貸してもらおうと思っただけ。
「順平、何を」
「黙って」
 今度はオレから唇を重ねた。真田サンを家の壁に押しつけるような形にして、半ば強引に。そのまま性急に真田サンのベルトを外して、手をズボンの中に突っ込む。
 そんなオレの行動に驚いたのか、それとも濡れた手の冷たさが原因か、身体を強ばらせた真田サンは、特に抗うこともせずただオレの愛撫を受け入れていた。
 雨はますます激しく降っている。あまりにうるさくて、真田サンの喘ぎ声も、オレの乱れた呼吸音も、何も聞こえない。ただオレの手が触れている真田サンの身体だけがリアルだ。
 いつの間にか真田サンのズボンは膝辺りまでずり落ちていたけど、当の真田サンは、そんなこと気にしている余裕がないと言うように、ぎゅっと目を閉じて刺激に備えている。オレの手は元々濡れていたのに加えて、先走りが絡んでベタベタになっていた。それを今度は後ろに持って行って、いつもの場所に埋めてやる。
「い、やだ……人が、来る……」
「いやな人はこんなにならないんじゃないんすか?それに、こんな雨の中、誰も来ませんって」
 いい加減オレも意地悪な男だと思う。そう言えば真田サンが恥ずかしがって何も言わなくなるのを知っていて、敢えてそれを言うのだから。
 雨はまだ止まない。
 真田サンの身体を後ろ向きにして、両手を壁に付くように言う。聞こえたかどうか分からないけど、取りあえず真田サンはオレが望んだ格好になった。オレははち切れそうになっているズボンの前を寛げると、いつもの場所に突っ込んでやった。
 真田サンは唇を噛んで声を出すまいと必死に耐えている。その耳元で、大丈夫ですよ、雨の音で聞こえませんからと言えば、固く閉じた唇をそっと解いた。
 オレの動きに合わせて、真田サンが喘ぐ。誰かに見られるかも知れない、というスリルの中でのセックスは、いつもより刺激が強くて、あっという間に二人とも達してしまった。
「……すんません」
 今度はオレが謝る番だった。
「今回は、仕方ない……俺にも非があったから……」
 それに、気持ちよかった、という真田サンの呟きだけは、雨の音をくぐってオレの耳に届いた。
「それにしても、まだ止まないのか……夕立にしては、長いな」
 乱れた服を整えて、壁に寄りかかった状態で空を見上げていた真田サンは、言った。
「いや、もうすぐ上がりますよ……それとも、雨が上がるまでもう一回します?」
 調子に乗るな、と言いながらも、少し嬉しそうな真田サンにオレはキスをする。
 西の空が明るくなっていた。