alone in my room



「真田サン」
「順平?」
 ドアの向こうから自分を呼ぶ声が聞こえて、鍵を開けると、案の定そこに順平が立っていた。
「どうした?」
「ちょっと、いいすか」
 返事をする代わりに部屋に招き入れる。順平はそれに従って部屋に入ると、ぽすん、とベッドに腰を下ろした。
「勉強してたんすか」
 机の上に広げられた参考書を見て、順平がばつが悪そうに言った。ああ、と明彦は言って、それを閉じた。順平が来た以上、勉強を続けることは出来ないと思ったからだ。
「スイマセン、その、大事な時期…ですよね?」
 数ヶ月後にセンター試験が迫っている。明彦は進学するためにセンター試験を受けるのだ。ただでさえタルタロスでの戦闘や身の回りのごたごたがあって、満足に勉強出来る環境とは言えないのに、こうして貴重な勉強時間を自分が奪っているのだと考えると、順平は申し訳なさで一杯になる。
「いいんだ。数時間勉強しなかったからと言ってどうにかなるものでもない」
 で、何だ?と勉強机の椅子を引っ張ってきた明彦は順平の向かいに座った。
「いや、大した用でもないんですけど、何となく、真田サンの顔が見たくなったっていうか」
「何だそれは」
 苦笑してみせると、ムッとした表情をして、順平が言う。
「こうやって、真田サンと同じ屋根の下で暮らせるのって、あと数ヶ月だって考えたら、オレ」
 珍しく弱気なことを言う、と明彦は思った。脳天気、というと順平は怒るかも知れないが、いつも明るくムードメーカー的な存在である順平の発言とは思えなかったからだ。
「だから?」
「だから、って!」
 思わず立ち上がった順平を宥めるように、まあまあ、と言って、明彦は椅子から降りると順平の前に立つ。
「俺が寂しくないとでも?それくらい、分かっていると思っていたぞ」
「真田サン」
 そして明彦は順平を抱きしめた。突然の抱擁に動揺を隠しきれない順平に追い打ちをかけるように、明彦は自分からキスをする。順平の乾いた唇に何度も。
 元々は順平から告白してきて始まった関係だった。しかし、いつまでも一方通行の関係ではない。現に、明彦は順平の事が好きだし、かなり気に掛けていた。ゆかりに「順平と仲が良いですよね」と言われるほどに。
 熱いキスから解放された順平は、ぷは、と息を吐き出す。
「ズルいっすよ、真田サン」
 泣きそうな顔をして順平が言う。
「いつまでもやられっぱなしだと思うなよ」
 そう言うと、仕返しとばかりに今度は順平から抱きしめられた。そして、そのまま二人はベッドに倒れ込んだ。


 身体を重ねることの気持ちよさも、順平がいたから気づく事が出来た。
 もう大分寒いはずなのに、二人の身体にはじっとりと汗が滲んでいる。最初の頃に比べればそれらしくなってきたとは言え、まだぎこちなさが残る二人のセックスは毎回が驚きの連続だ。
 んっ、と明彦が一瞬顔をしかめ、しかし次の瞬間にはむず痒いような快感が全身を駆け抜けていく。
「順平」
「真田サン」
 繋がったままキスをする。じわりと何かが広がる気がした。全身が熱い。
 順平の動きが速くなり、それに翻弄されながらも声が漏れそうになるのを懸命に堪える。ここは月光館学園の学生寮であり、「こういうこと」をしていると周りに知られた時点で謹慎処分か、下手をすれば退学だ。何より美鶴の「処刑」が怖い。だから、必死に声を押し殺す。
 順平が先に達して、続けて明彦も絶頂を迎え、その上に倒れ込んだ。鍛えている明彦と違い、帰宅部の順平は体力が無いようで、いつも終わる頃には肩で息をしていた。勿論、体力の問題だけではないが。
「はぁ、気持ちよかったぁ…」
 順平が恍惚とした表情でそう言う様子を見て、急に恥ずかしくなった明彦は、思っても口に出すな、と軽く小突く。えー、とふくれっ面をしてみせる順平。
 暫くの間、くだらない事を言い合って、繰り返しキスしながらだらだらと過ごしてからようやく二人は離れた。
「あー、オレ、ペルソナ使いで良かった〜」
「なんだ突然」
「だって、真田サンに会えたし?」
 それは俺も同じだ、と言いかけて、止めた。一度同じような展開の時に同じような事を言った事があったのだが、それを順平が「自分に流されて言っている」と勘違いした事があったからだ。
「オレ、真田サンが志望校に受かるよう応援してますから!勉強頑張って下さい」
 邪魔しておいて何ですけど、と言う順平に、
「その言葉、そっくりお前に返すぞ、順平」
「ゲ、そりゃキツいっすよ〜」
 お前の成績に関しては他のヤツ以上に心配しているんだからな、頼むぞ、と順平の背中を軽く叩いてやった。順平は苦笑いだ。
 会話が丁度途切れたところで、風呂に行くか?と順平を誘ったが、や、部屋に戻ります、と、順平は部屋から出て行った。
 再び部屋に一人になる。こうして順平が突然部屋にやってきて、二人で身体を重ねて、下らない話をするという、今の明彦にとっての「日常」が、数ヶ月後にはそうでなくなる。そのことは分かっていたつもりだったが、順平に言われ、そして今、初めて実感した。
 離れられないのは順平じゃなく、自分の方かもしれない、と、先程まで順平が座っていたベッドに手を当てて、明彦は思った。