体温



 汗ばんだ肌が密着する。まるで互いに吸い付いているようだ。
 荒い呼吸を首筋で感じる。息と一緒に微かな喘ぎが吐き出され、それを聞く度に全身が熱く火照った。そして、今、自分の下に誰がいるのかを改めて実感する。最高の気分だった。
「はっ…うあっ…お、も、ちょっと…あっ」
 無数の汗が肌を伝って流れ、二人の隙間を埋めて行く。このまま溶けて一つになってもいいと思う。それくらい気持ち良かった。
 実際夢中になっているのはケビンではなくデビッドだった。少なくともデビッドはそう思っている。今まで経験したものとは全然違う快感を感じてからは、ケビンに会う度に身体が火照るのをひた隠しにして来た。ばれてはいいネタにされる事が分かっていたからだ。
「い、いい、あぅ、で、びっど…も」
 こんな声普段なら絶対に聞けないし、聞かせてくれと言っても断られるだろう。今ケビンに理性は無いし、それはデビッドも同じだ。そんな状況の中でこそ、最大限に快感を引き出し、感じあえる。
 それから程なくしてケビンは果て、デビッドもそれに続いた。二人とも快感に酔いしれ、身体は思うように動かない。肌をぴたりとくっつけたまま、呼吸を整える。
「今日は、激しかったな」
 そう言うと、ケビンはさっと顔を紅潮させて、小さな声で
「そりゃお前が…」
とつぶやく。勿論意図してやった事だ。デビッドは満足そうな表情で笑うと、ケビンの首筋に顔を埋めた。
「なっ、なにすんだよ!くすぐったいって、おい、こら」
 口では否定していても、完全な拒絶はしない。笑いながら身をよじるケビンに容赦なくデビッドが襲いかかる。汗の浮いた肌の匂いを嗅ぎながら、筋肉の上を舌でなぞっていく。ここがケビンの急所だと知ったのは、いつの事だったか。
「いい匂いだ」
「男の汗の匂い嗅いで楽しいか?」
「お前のだけだ」
 こともなげに言うデビッドにケビンが複雑な表情をする。皮肉たっぷりの礼でも言えば良かったのだろうかと。
 ケビンは暫くデビッドのされるがままになっている。けれど、それはケビンが了解しているという印だ。デビッドも無理矢理する事は無い。
「おい、シャワー」
 汗まみれの身体が気持ち悪くなり、ケビンは訴えた。しかし、
「そんなものいらんだろう」
「バカ言え、こんな汗まみれで寝られるかっての!」
 自分に覆いかぶさっているデビッドを押しのけるように手を動かすが、意に反してびくともしない。元々似た体型の二人だが、力は少しだけデビッドの方が勝っていた。それに、ケビンはまだ身体に力が入るほど回復してはいない。デビッドの肩をつかんで押し上げようとする動作を、デビッドは黙ってされるがままにしていた。
「お前には無理だ」
「誰の所為だとおもってんだよ、全く…」
 諦めたような口調をして、ケビンは身体の力を抜いた。

 それからどれくらい時間が経ったのか。結局二人はシャワーも浴びずにベッドに横たわっていた。汗も引き、肌は先ほどよりは密着しなくなったけれど、逆に乾いた肌が触れあう感触が気持ちいい。
 互いに近付いたり離れてみたりしながらじゃれあっていたが、眠くなったのかケビンが一つ欠伸をした。
「もう寝ようぜ」
「まだ早い」
 デビッドは眉をしかめて言った。それがまるで駄々をこねる子供のように見えて、
「お前、小学生のガキみたいな事言うなよ」
 こんなでかい小学生がいても困るけどな、とケビンが笑って言った。デビッドは何も言わずじっとケビンの顔を見た。反論してくると思っていたケビンは、意外な行動に動揺する。
「お、おい、何だよ」
「もっとこうしていたい。それじゃ駄目か」
 デビッドは真顔でそう言った。予想外の答えにケビンは言葉を失う。とっさにああ、とだけ言って、顔を背けた。しかし、それではデビッドは納得しない。
「お前はどうなんだ、ケビン」
 かっ、と全身が熱くなった。普段デビッドをからかっている時と全く逆の立場だった。鋭い視線で全身が射抜かれているような気分だと思う。それくらいデビッドは真剣だった。
「参ったな」
「俺はお前の事が好きだからこうして傍にいる。もう二度と後悔したくないからな」
 時々デビッドは過去に何かあったかのような台詞を口にする。ケビンにはそれが何か分からないし、敢えて聞く事もしない。誰にでも触られたくない事の一つや二つあるものだと思っていたからだ。
「オレも好きだぜ、お前の事。そうじゃなきゃこんな事してねえだろ?」
 そして、唇にキスを一つ。デビッドは堅くした表情を緩め、
「…すまなかった」
と言った。そして離れたケビンの唇に荒々しく噛み付く。また体温が上がりはじめた事を互いの肌越しに感じる。
「いいぜ、こいよ」
 ケビンはそう言って、にやりと笑った。

 隣ではケビンが眠っている。よほど疲れたのか、寝息すら聞こえない程だ。
 顔に張り付いた髪の毛をそっと剥がしてやる。そのまま形の良い耳の傍に口を近付け、囁いた。
「愛してる」
 そして背中をくっつけるようにして横たわると、デビッドも眠りに落ちた。