脱出



 裏広場まで来た。デイライトとかいうウィルスを消滅させるワクチンも打ったし一つポケットに忍ばせてきた。後は運良く迎えにきてくれたヘリに乗って逃げるだけだ。
 それなのに、街は俺たちを外へ出そうとはしてくれない。
 もうすぐ扉、という所まで全力で走って、ドアノブに手を掛けようとしたとき、後ろで地響きと、珍しくデビッドの叫び声が聞こえた。何を言っているのかまでは分からなかったが、取りあえずただ逃げるというわけにはいかない事だけははっきりと分かった。
 俺は小さく舌打ちをして、踵を返す。すると、すぐ近くに、さっきの爆発に巻き込まれたはずの怪物が平気な顔で立ちはだかっていた。…これを倒すまで出られない、ってわけだ。
「上等じゃねえか!」
 時間もないっていうのに、俺は自然と怪物の方に向かって引き金を引く。確かに手応えはあったのだが、怯む様子もない。なかなか手強い相手だ。
 ふと、デビッドの姿が見えずに横目で探すと、離れた所にあるくぼ地で何か叫んでいるようだった。しかし、重火器による爆発音と怪物の怒号でその声は届かない。こっちに来い、と大声で言ったが、あいつも聞こえていないようだった。
 仕方ないのでもう少し近付こうと一瞬怪物に背を向けたのが悪かった。背中に鋭い痛みと身体全体に衝撃が走り、何が何だか分からないまま、気が付けば地面に倒れ込んでいた。一瞬息が止まり、呼吸困難に陥る。身体が動かない。
「ケビン!」
 そんな俺を解放したのは、デビッドの叫び声だった。普段小さい声で必要な事しか喋らないくせに、出そうと思えば声出るんじゃないか…なんて全然関係ない事を考えていると、デビッドが駆け寄ってきて俺を起こす。
「無理するな。俺に任せろ」
 そう言うとデビッドはすぐさま走り去って行った。怪物の攻撃目標は既に俺からデビッドに移っている。しかし、デビッドはナイフしか持っていないはずだ。あれだけ弾を撃ち込んでも倒れないのに、ナイフじゃ倒せるはずが無い。
「ば、か…デビッド…」
 まだ上手く喋る事が出来なかった。どうやら倒れた時に額を切ったらしく、目の前をどろりと赤い液体が流れて行くのがわかった。相当重症らしい。ここまで来て…それを思うと、悔しかった。S.T.A.R.S.の選抜試験に落ちた時より、悔しい。デビッドが一人で戦っているのに手助けも出来ないとは。
 精いっぱいの力を振り絞り、俺は少しずつ移動した。幸いウィルスには耐性が出来ているため、少しくらい這いずっても簡単にゾンビにはならないだろう。
 デビッドは上手くくぼ地に怪物を誘い込み、ナイフで心臓と思われる所を攻撃していた。デビッドがナイフを振るう度に心臓から血液らしいものが溢れているのがここからでも見える。どうやらあそこが弱点のようだった。
 俺は手にしていた相棒を見た。鈍い光を放つ銃は、まだいける、とでも言うように、キラリと光ったように見えた。
 そのまま俺は銃を構える。奴は未だデビッドの方を見ているが、次にくぼ地に誘い込まれた時に一瞬俺の方を向く。その時に弾を撃ち込めばいい。いくら怪物でも、あれだけダメージを食らっているのだから、もうすぐ倒れるはずだ。何故か俺には自信があった。
 そして、その瞬間。俺は狙いを定めて引き金を引いた。パン、と乾いた爆発音とともに、鉛の弾が奴の心臓向かって突き進んで行く。続いて弾が身体にめり込む音とともに怪物の怒号が響いた。
「ケビン!」
「デビッド、見てたか…おれたちの、勝ちだ」
「喋るな」
「早く、脱出するぞ…ヘリが、待ってる…」
 デビッドは汗と血液でべたべたになっていた。俺の顔も相当ひどいだろう。しかし、顔なんてどうでもいい。今生きて二人でここに居る事だけで、俺は嬉しかった。
 デビッドは黙って俺に肩を貸してくれた。いつもなら強がって拒否する所だが、今くらいはいいかな、とか思って、俺はそのまま肩を預けていた。
「なあ、デビッド」
「ん」
「脱出したら、お前どうする?」
「仕事を探す。そうしないと生きて行けないからな」
「そりゃ違いねえ」
 普段なら黙れ、の一言で片付けられるような質問にも、デビッドは答えてくれた。今なら言えるかもしれない。そんな気がして、俺は言いたくても言えなかった一言を口にした。
「デビッド、無事脱出出来たら、俺と…」
 その台詞は最後まで言えなかった。正門広場に着き、ヘリが降りて来るのを待っている最中、またあの怪物が現れたのだ。このしぶとさには感服だ。
「何か言いかけたか」
「無事こいつを倒せたら、その時に言う」
 きっと、いや必ず、ヘリの中で。ラクーンシティが燃え上がるのを見ながら、俺は言おう。デビッドの事が好きだと。
「分かった」
 デビッドも察したらしく、それ以上何も聞かなかった。何より目の前に迫るこいつを倒すのが先決だからだ。
 雄叫びをあげる怪物に向かって、俺とデビッドは武器を構えた。