ハニカミプロジェクト:ドリンクを『ラブラブ飲み』



 その日は初夏にしては暑すぎる程の天気で、俺も例に漏れず汗をだらだら流しながら歩いていて、ふと目に付いたカフェにふらふらと引きつけられるように入った。
 店の中はクーラーが効いていたが、それでも普段よりは若干暑く、できる限り涼しいところを求めて俺は店の一番奥にあるテーブルに座った。手にはきんきんに冷えたビールグラスを持って。
 あんな光景を目の当たりにすることになったのは、真っ昼間からビールなんか飲んだ事に対する報いかとも思ったが、今更そんなこと考えても仕方ないだろう?

 席に着くなり、我慢の限界だった俺は、手にしたビールを一気に流し込んだ。グラスの半分のビールが俺の腹の中に消え、体にまとわりついた汗も引っ込んだ。ようやくあたりを見回す余裕も出来た俺は、ぐるりと視線を巡らす。
 カフェの中は、俺と同じ考えだろうと思われる客が多く、この時間にしてはあり得ない位混雑していた。レジ前にも注文を待つ客が数人並んでいる。それを順に見ていくと、ふと見慣れた顔が俺の目に止まった。
「ジョージ?」
 それは確かにジョージだった。しかしこちらには気づいていないようで、真剣にメニューを見ている。まだ何を注文するか決まっていないようだった。
 声を掛けようかと思って、半分程手を挙げた俺は、ふと思いとどまった。見たところ一人のようだが、もしかすると誰か連れがいるのかも知れない。もしそうなら、せっかくの休みを邪魔しちゃ悪いかな、と思ったんだ。
 今考えれば、この時ジョージに声を掛けていれば、あの光景を見ずに済んだかも知れない。
 俺は声を掛けるのを止めたかわりに、ジョージを観察し続けることにした。ついでにジョージの彼女の顔でも拝めればラッキーだ、と思ったからだ。
 順番が回ってくるまでに、ジョージは注文を決めたらしい。何を注文したかは分からなかったが、支払いをしているのは分かった。ジョージは今度は商品受け取り口へと並ぶ。
 程なくして、ジョージが注文したものが出来たらしい。カウンターに近寄り店員から受け取ったものをみて、俺は思わず声を上げそうなくらいに驚いた。
 ジョージが手にしたトレイの上に乗っていたのは、特大サイズのコカコーラだった。それはあまりにもジョージのイメージとかけ離れすぎていて、変に目立っていた。俺以外の客が数人、同じように驚きの表情を浮かべたままジョージを見送っている。が、ジョージは気にしていないようで、平然とした顔をして歩いていく。
 ジョージが持つトレイには、その特大コーラ以外のものは見あたらなかった。他に何か飲み物が乗っていれば、誰かと一緒なんだと察することも出来るが、期待に反して、ジョージは一人で、アレを飲むつもりらしい。
 店は相変わらず混雑していたから、空いている席が見つからなければ声を掛けようと見守っていたが、ジョージは俺が声を掛ける前に何かに気づいたらしく、そこへ向かって歩いていく。ジョージが見ている先にいた人物を見て、俺は再び声を上げそうなくらい驚いた。
 ジョージがにこやかに笑顔を向けた相手は、デビットだった。
 ”何でデビットとジョージが二人でこんな所に来ているんだ?”
 ”てかデビットはジョージ以上にこの店が似合ってない…”
 ”一緒に来たのか?それともたまたま一緒になったのか?”
 俺の頭の中はこの状況を整理するだけでもう一杯一杯だった。それでも興味の方が勝った俺は、再びそちらを見た。
 さすがに席が遠いため、二人が何を話しているのかまでは分からない。しかし、デビットの表情が普段よりも随分柔らかいことや、ジョージが何かを話して笑っていることは分かった。随分楽しそうに話しているが、あの二人、あんなに仲が良かったなんて俺は知らなかった。
 その時、今まで以上に信じられない光景が目の前で繰り広げられて、俺は危うく手にしたグラスを床に落とすところだった。
 何と、その特大コカコーラにジョージが二本ストローを差し、それを二人で飲み始めたのだ!!まさに、恋人同士がするであろう飲み方だ。それを、よりによって俺の知り合いの男二人がやっているシーンを見ることになるなんて、誰が想像しただろう。
 大体、ジョージはシンディと付き合っているんじゃなかったのか?デビットとシンディじゃ全然タイプが違うぞ?
 二人は俺がここでショックを受けていることに気づくはずもなく、そのまま特大コカコーラを飲み続け、時折談笑しては二人だけの時間を満喫しているようだった。俺はもうこれ以上二人を見ているのが辛くて、飲みかけのビールを置いて、席を立った。今俺に出来ることは、二人に気づかれないようこの店から立ち去ることだけだと思ったからだ。
 その時、歩き始めた俺の足下に、誰かの足が飛び出してきた。あ、と思った瞬間にはもう間に合わず、俺は派手に全身を床にたたきつけることとなった。全く、ついてない…



「って夢を見たんだ」
 俺が真剣にそう言うと、ジョージは困った顔をして、
「ははあ、それは災難だったね…」
 と言った。そして、俺の腫れ上がった額に消毒液を含ませたガーゼを当てる。
「いてててて!」
「君の夢も、この怪我もとてもユニークだね、ケビン」
「うるせえ」
 俺がなんでジョージの治療を受けているかというと、先程話した夢を見たときに、ベッドから転げ落ちたのだ。つまり、夢で倒れた時、俺は現実でベッドから落ち、額を強かにぶつけていた、というわけだ。
「はい、これでいいよ。また3日後に見せに来てくれ」
「分かった。サンキュージョージ」
 俺は立ち上がり、診察室を出ようとして、思わずジョージに訊いてみた。
「なあ、ジョージ。まさか本当にデビットと恋人同士、ってことはないよな?」
「冗談は夢の中だけにしておいてくれよ」
 だよな、本当に夢で良かった。また来るぜ、と俺はジョージに向かって手を振り、診察室を後にした。


「…どこかで見られたのだろうか?」
 ケビンが立ち去ったあと、ジョージがぼそりと呟いた。