眩暈



 ぐらっと世界が回転した。
 あ、と思った次の瞬間には、すぐ目の前に地面が見えた。咄嗟に手を出そうとしたが間に合わず、そのまま強かに顔をぶつけた。ぐわん、と頭が振動して、そのまま目の前が暗くなった。
 フェードアウトする瞬間に、デビットがジョージの名前を呼んだ気がしたが、それを判断するまもなく、ジョージは意識を手放した。

「ジョージ!ジョージ!くそ、どうしたってんだ」
「目を覚ませ」
「…おい、デビット。やばいんじゃないか?そんなに顔叩いたら…」
「一発殴るより良いだろう」
「…お前にしちゃ手加減してる、って事かよ」
 バタッとジョージが倒れる音がして、互いに敵と交戦中だったデビットとケビンは、慌ててジョージに駆け寄った。もちろん、走りながらも敵にとどめを刺すことは忘れない。
 そうしてジョージの身体を起こして息を確認すると、微かではあるが呼吸はしているようだった。単に気絶しているだけならば、その内目を覚ますはずだ。しかし、この場に放置しておく訳にもいかないし、かといって引きずっていくわけにも行かない。その結果、こうして二人でジョージの目を覚まさせようと必死になっているというわけだ。
「ああもう、俺に替われよ」
 ケビンは半ば強引にジョージの身体を奪い取ると、肩を掴んでゆさゆさと揺すぶり始めた。
「ジョージ!ほら起きろ!!」
「お前も俺と大して変わらんと思うが」
「うるせえ、殴ってないんだからマシだぞ」
 二人でそんなことをしていると、ようやくジョージが身じろぎした。そしてゆっくりと目を開ける。
「ん、ぅん…デビット…?ケビンも…」
 大の男が二人自分の顔を覗き込んでいる状況が不思議だったのだろう。ジョージはきょとんとした顔をして二人を交互に見たが、どうやら倒れる前の事を思い出したらしく、
「そうだった、私は倒れ込んでしまったんだな…済まない」
「焦ったぜー、後ろでバタンって音がしたから見てみたら、あんたが倒れてるんだもんなあ!」
「何があった」
「別に何も…というか、眩暈がしたのでどうやらバランスを崩したらしい。気がつけば倒れて…」
 ジョージがそう説明すると、二人は溜息を吐いて、
「あんまり無理するなよな。見てるこっちがヒヤヒヤするぜ」
「済まない…心配を掛けてしまった」
 気にするなよ、とケビンはジョージの肩を叩く。もう一度済まない、と言って、ジョージは立ち上がった。まだ多少ふらつく気がしたが、何とか歩けそうだ。
「じゃあ行こうぜ」
 ケビンは地面に置いてあった銃を拾い上げ、先程消費した分の弾薬を補充すると、先頭に立って歩き始めた。その後ろにジョージ、そして少し離れてデビットが続く。
 眩暈が頻繁になるのは、そろそろ身体の限界が近づいているからか…ジョージは身震いした。自分が街を歩く彼らと同じものになってしまうのは耐えられない。生きて逃げ出したかったが、それが無理ならばいっそ人間として死にたいと思った。
「おい、何考えてる」
 ハッと後ろを振り向けば、デビットがいつの間にか近くにいた。否、ジョージが立ち止まってしまったのだろう、ケビンの背中は先程よりもずっと遠くに見えた。
「…私が彼らと同じものになってしまったら、容赦なく殺してくれ」
 突然の申し出にデビットは少なからず驚いたようだった。しかし、その驚きも一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻ってしまった。そして、
「今は生きることだけを考えろ」
「…そうだね…」
 遠くでケビンが早く来いよと呼んでいる。今行く、と大声で返事をし、足を踏み出そうとしたその時、デビットに腕を掴まれていたことに気がついた。
「何だい?」
「俺たちはそんなに頼りないか」
「そんなことはないよ。ケビンは銃の扱いに長けているし、君も一般人とは思えないナイフ裁きだ。どうしてそんなことを?」
「あんたは無理しすぎだ。休みたかったらそう言え。我慢して突然倒れられるほうが迷惑だ」
 今回のようなことが度々起こるようでは困るとデビットは言った。それを聞いたジョージは、確かに一理あると思った。それに、自分の所為で彼らに迷惑を掛けたことも十分承知している。
「…分かったよ」
「おい、どうしたんだよ、何かあったのか?」
 しびれを切らしたのか、向こうにいたケビンが走り寄ってきた。何でもない、とデビットが言うと、俺だけ仲間はずれにするなよ!とケビンが騒ぐ。
「ケビン、煩い」
「お前一人でジョージ独り占めすんじゃねえよ」
「本当に何もないんだ。足を止めてしまって済まない」
「ジョージは謝らなくてもいいって。謝るべきはデビット、お前だ」
「フン…」
 付き合い切れんという表情を浮かべて、デビットはその場を離れた。本当に自分勝手な奴だよと悪態を吐きながら、ケビンもそれに続く。ジョージも遅れまいと歩調を早める。
 その時、突然ケビンが口を開いた。
「…その、俺もデビットも、あんたに死なれちゃ困ると思ってるからよ、無理するなよ」
 その言葉は、表現方法こそ違えど、先程デビットがジョージに言ったことと同じだった。自分が思っていた以上に二人に心配されていたのだと思い当たって、ジョージは無理をしていた自分が急に滑稽に思えた。
「君たちといれば、生き延びることが出来るような気がするよ」
「おう、三人で絶対逃げ出そうぜ!」
 身体を蝕むウィルスと、それによる眩暈にも負けまいと、ジョージは強く足を踏み出した。