日常



 ケビンの勤務時間は不定期だ。勿論夜勤・日勤は決まっていても、一度事件が起きればそれに掛かりきりになる。そして帰宅が遅くなる。それがケビンの言い訳だった。
 デビッドはうず高く積み上げられた洗濯物の山と、シンクを埋める食器類にため息を吐く。最近忙しいからよ、やる暇がねえとケビンは言っていたが、半分はデビッドがやってくれると思って放置したに違いない。
「クソが」
 鍵を渡され、入った部屋の惨状に苛立ちながら、しかしそのまま放置しておく事も出来ず、取り合えず床に落ちたものを拾い始めた。雑誌、服、靴下、灰皿にタバコ、鞄、食べかけたパン、何を拭いたか分からないタオルまで落ちている。いくらなんでも酷すぎる、とデビッドは思った。
 服やタオルの類は全てランドリーに放り込む。その間にシンクに積まれた食器とプラスチックケースを分けて片付けていく。すぐに水切り棚は一杯になり、仕方なく綺麗そうな布巾で拭いて棚に仕舞う事にした。
 ランドリーが何度目かの運転を始めたころ、玄関の外で人の気配がし、続けて扉が開くと、ぬっとケビンが顔を出した。
「デビッード、いるのか?」
「いるのか、じゃない。何だこの汚い部屋は!」
 キッチンからつかつかとデビッドが出てきて、ケビンの胸倉を掴んだ。
「お前、俺がこういう状態を放置できない性格と知って鍵渡しやがったな」
「ち、違うって!離せ!苦しいってば!」
 どたばたと派手な音を立ててケビンが暴れる。仕方なくデビッドはケビンを離すと、すぐに扉を開け、部屋の中に引っ張り込んだ。
「で、今更のこのこ帰ってきたわけか。俺に片付けを押し付けて!」
「悪いと思ってるよ。でもよー、ここ数週間忙しくて…」
「お前はいつもそれだ!」
 洗濯物くらい自分で干せ、とデビッドはまたキッチンへと戻って行った。ケビンの横には稼動を続けるランドリーがある。それに肘を突いてケビンはそれを軽く蹴った。途端、今まで順調に動いていたランドリーは奇妙な音を立てて停止し、それから二度と動くことはなかった。勿論その後でデビッドに怒鳴られた事は言うまでもない。

 キッチンを片付けたデビッドと、部屋を片付けたケビンは、残った洗濯物を持ってコインランドリーへの道を歩いていた。残った洗濯物をビニール袋に詰め、持っているのは勿論ケビンである。
「なー、怒るなよー」
「誰の所為だと思ってるんだこの馬鹿」
 むすっとした様子でデビッドはどんどんと先へ歩いていく。その後をケビンが追いかけ、何かと話しかけるが取り付く島もない。そのうちケビンも疲れたのか、二人は無言でコインランドリーへ向かう。
 幸いにもコインランドリーに他に誰もいなかった。手前のランドリーに残った洗濯物を入れ、隅のほうに置かれたベンチに二人は腰を下ろした。
「デビッド」
「何だ」
「まだ怒ってるか?」
「…もういい」
 むすっとした声ではあったが、それはいつもの事。ようやく態度を軟化させたデビッドに、ケビンから笑みが漏れた。そうして、二人は顔を見合わせた。
 コインランドリーは音を立てて回り続ける。その間、二人は他愛のない話を続けた。勿論普段通り、ケビンが一方的に喋ることが多く、デビッドは時折相槌を打つのみだったが、二人にはいつもの事だった。
「なあデビッド。片付け終わったらさ、食事にでも行こうぜ」
「勿論お前の奢り、なんだろうな?」
 ニヤリとデビッドが笑うと、ケビンはうっと言葉を詰まらせたが、
「仕方ねえな。オレがご馳走してやるぜ」
 ケビンの言葉にデビッドは頷く。そうしているうちに終了のブザーが鳴り、洗濯が終わったことを告げた。
「ほら、そっちしっかり持てよ」
 先ほど洗濯物を持ってきた袋に、今度は洗濯し終えたものを詰める。乾燥したばかりでまだ暖かいタオルに思わずケビンは顔を埋めた。
「あぁ〜気持ちいいなあ!」
「お前が常に洗濯すればいつも気持ちいいタオルだろうが」
「それが出来れば苦労しねえんだよ」
 馬鹿が、とデビッドはケビンの持つタオルを奪って袋に詰めた。

 帰り道は既に暗く、街頭の明かりが等間隔で暗い道に光っていた。
「飯、何食う?」
「そうだな…」
 そんな話をしながら歩く。いつものことだ。

 食事を終えて帰ってくる。手には途中のスーパーで買ったビールとウィンナーを持って。
 身体をソファに沈めてビールのプルトップを引く。そのまま軽快な音と共にビールを飲んでいると、後ろからデビッドに殴られた。
「いってえなあ!」
「ウィンナー炒める前に飲む馬鹿がどこにいる」
「かたい事言うなよ、一本くらいいいじゃねえか」
 お前も飲むか、と飲みかけの缶を差し出すと、デビッドは無言でそれを掴み、ぐいっと飲み干した。そして、空になった缶をケビンに投げて、
「後はウィンナーが炒めあがるのを待て」
 と言い残してキッチンへ戻っていった。はいはい、と生返事を返しながら、ケビンはテレビのスイッチを入れる。画面には近頃流行のアイドルが司会者との会話に笑い声を上げていた。途端に部屋が賑やかになる。
 部屋を見渡せば、床に散乱していたものがすっかり片づいている。しかしデビッドが片づけたのはそこまでのようで、向こうに見える戸棚は物が溢れたままだ。それを見るたびに片づけなければ、と思うが、実行できたためしがない。
 ぼんやりとテレビを眺めていると、キッチンから香ばしい匂いが漂ってきた。くんくん、と匂いを嗅いでいると思わず唾液が溢れる。早くもってこいよ、とキッチンに向かって言うと、じゃあお前がやれ、と言い返された。
「かなわねえなあ」
「何が、だ」
 そう言ってデビッドは持ってきた皿をテーブルの上に置いた。こんがりと程よく焦げたウィンナーはとても美味しそうだ。じゃあ今度こそ、と先ほどの袋からビールを二つ引っ張り出すと、一つをデビッドに渡し、自分で持った分はプルタブを引く。
 乾杯、と言うわけではないけれど、二人は軽くビールの缶を当てて、それから喉に流し込んだ。
「働いた後の一杯はいいな」
「お前、先に飲んでいただろうが…」
 呆れた、と言わんばかりの表情でデビッドが言う。まあまあ、と曖昧な返事でその場を濁し、皿に盛られたウィンナーを囓った。
 そんな事をしながら、二人の時間はゆっくりと流れていく。いつの間にかウィンナーはすっかり無くなっていた。

 ベッドに横たわりながら雑誌を眺めていると、シャワールームから出てきたデビッドが現れた。
「おう」
 相変わらず良い身体してんな、とケビンが言う。デビッドは何も言わずにシーツに潜り込んだ。そして後ろからケビンの腰に腕を絡ませて、首筋に噛みつくようなキスをする。
「そんな急ぐなよ」
「今日働いた分の報酬を貰う」
 いつの間にか手はケビンの股間に。そしてそれは既に硬くなっている。デビッドのも同様だ。
「明日は非番なんだけどよ。お前は?」
「…仕事だ」
「休めよ」
「そうしたいところだが、食いっぱぐれるのはごめんだ」
 デビッドの手がケビンの中に秘められた熱を徐々に引き出していく。ケビンは次第に荒くなる呼吸を忌々しく思いながらも、デビッドに身を任せた。
「…あぁ、お前、やっぱり上手いぜ」
 ケビンの赤く上気した顔を見て、デビッドは返事をせずにそのまま手の動きを早める。
「…悪くないぜ」
「何、が」
 呼吸の合間にそう尋ねると、デビッドは笑いながら、
「お前とのこんな関係が」
 ケビンは何か言おうと口を動かしたが、それは言葉にならなかった。
 こうして二人の一日は終わろうとしていた。