絡まる視線



 目の前の扉を開けたとき、克哉は想像を絶する光景に暫く開いた口がふさがらなかった。
「どうした、早く入れ」
「あ、はい……」
 二人を部屋に案内したベルボーイは、荷物を部屋の片隅に置くと、ごゆっくりお過ごしくださいと恭しく礼をして出て行った。ばたんと扉が閉じられ、広い部屋に二人きりとなる。
「み、御堂さん、この部屋……」
「せっかくの君の誕生日だ、いい気分で迎えたかったからな」
「で、でも、オレ、御堂さんの誕生日には何も出来なかったし……」
 未だ部屋に入ったばかりの所に立ちつくしている克哉に近づくと、御堂は肩を軽く抱き寄せ、耳元で囁いた。
「私がしたかったのだから君が気にすることはない。さあ」
 促されるまま、克哉はそろそろと部屋の中へ歩いていく。広い部屋だ。中央に優に大人三人は座れるだろうソファーとローテーブルが置かれている。扉が二つ、寝室と浴室に続いており、その向こうもそれぞれに広さが取られていた。
「オレ、こんな所じゃなくても、良かったんですけど……」
「気に入らなかったか?」
「いえ、でも御堂さんと一緒に過ごせるなら、それだけで十分です」
 口に出して初めて、それが恥ずかしい言葉だと気づいた克哉は、とっさに顔を伏せた。それをさせまいと御堂は克哉の顎に指を当て、上を向かせる。
 御堂がじっと克哉を見つめている。射抜かれそうな程強い視線を受けて、克哉はどきどきした。視線を逸らせたいのに出来ない。そのうち、ゆっくりと御堂の顔が克哉に近づいてきた。克哉もそっと目を閉じて、甘い口づけを受け入れた。
 何度も唇を重ねては離してを繰り返していると、自然とその先を期待してしまう。来たばかりなのに、と思わないでもなかったが、頭のどこかで期待していたのも事実だ。
 二人はこの年末、今日まで一緒にいられなかった。御堂はぎりぎりまで出張を重ね、克哉は克哉で抱えたプロジェクトが思いの外忙しく、毎日終電近くまでの仕事を強いられていた。御堂がこちらに戻ってきていても、すれ違ってばかりの毎日で、抱き合うどころか満足に言葉を交わすことすら難しい状態だった。
 だから、こうしてゆっくり二人きりの時間を過ごせるのは久しぶりだ。早く抱かれたい、抱きたいとお互いの欲望が既に形となって現れている。
「み、どうさ、ん……」
 克哉が名前を呼べば、それは潤んだ音で御堂に伝わる。御堂は返事の代わりに、克哉の唇ではなく首筋に口づけた。ざらざらとした舌の感触が克哉の欲を煽る。
「今日は、君がして欲しいようにしよう。君の誕生日祝いなのだから」
 克哉の首筋から唇を離した御堂は、ネクタイを解き、上着を脱ぐと乱暴にソファーに放り投げた。そして、未だ上着を着たままの克哉に脱ぐよう指示する。克哉も御堂に倣って、上着とネクタイを取り去ると、きょろきょろと辺りを見回した。
「どうした」
「カーテン、閉めますね」
 カーテンを閉めようと窓際に近づくと、克哉は眼下の光景に目を奪われた。それまで気が付かなかったが、漆黒の闇に浮かぶビルや車の照明がきらきらと輝いていて美しい。滅多に見られるものじゃないな、と暫くそれに見惚れていた所為で、克哉は御堂がすぐ後ろまで近づいてきている事に気づかなかった。
 突然抱きすくめられて顔を上げると、ガラスに映った御堂と目が合った。
「あ、御堂さん……」
「気に入ったか?」
「ええ……すごく、きれいです」
「それは良かった」
 窓ガラスに置いた手に、御堂の手が重ねられる。
「え?」
 御堂が何をしようとしているのか悟った克哉は、とっさに抵抗しようとしたが、既に手は固定され、ガラスに押しつけられる格好になっていた。無理な体勢では足下が不安定で、御堂の身体を押し返す事もままならない。
「ちょっ、と!」
 克哉の抵抗する声を聞き流し、御堂は克哉のベルトを器用に抜いてしまうと、スラックスのボタンをはずしてジッパーを下ろした。支えを無くしたスラックスを下着とともに引っ張れば、いとも簡単に床へと落ちてしまう。
「夜景を見ながらするのも、悪くないだろう?それとも、君はしたくないのか?」
「そんな……したいです、けど」
 こんな所じゃ、と思うより先に、先ほどの口づけと抱擁で熱くなりかけていた身体に一気に火がついた。露わになった下半身と、シャツだけを羽織った上半身がはっきりと窓ガラスに映り込んでいる。
 御堂が克哉のペニスを握り込んだ。それが御堂の手の中で震えているのもはっきりと見える。
「ああっ……!!い、あぁ……んっ」
「もう硬くなっているぞ?」
 御堂は後ろから克哉の首筋に顔を埋めて細かいキスを繰り返しながら言った。強く吸われる感触に、痕が残るなどとおぼろげに思ったものの、それを拒否する事も出来ない。痕を残されるよりも、今ここでやめられる方が何倍も辛いことくらい今の克哉にだって分かる。
 後ろに御堂の硬くなったペニスを感じた。途端、ぞくりと期待による快感が背筋を走り抜けた。既に前は先走りでべたべたになっており、克哉はそれをガラスに付けないようにするのと、御堂が欲しいのとで、腰を引いた。御堂の下半身に押しつけるように。
「御堂さん、挿れて……お願い、します……」
「もう欲しくなったのか?」
「はい……お願いです……オレの、後ろに……」
 息も絶え絶えに吐き出される懇願に、御堂は嬉しさのあまり口を歪めた。それも全てガラスに映っていたのだが、今の克哉にはそれも、夜景も、何も見ている余裕など無かった。ただ与えられる快感を貪ることばかり考えている。
「あ、くっ……はぁ、や、く……」
「焦るな」
 御堂は重ねていた克哉の手から自分の手を離すと、手早く自分の前を寛げた。そして、克哉の前を握っていた手を後ろに添えて指を差し入れた。
「ああっ!」
 内壁が全てを飲み込もうとうねる。指を二本、三本と増やしてやると、ますます身体を折り曲げて下半身を押しつけてくる。ガラスに押しつけられた手はかなりの力を入れているのか、指先が白くなっていた。
「いく、ぞ」
 ずるりと指を引き抜くと、御堂はぽっかり開いた克哉の中へ自分自身を挿れた。悲鳴にも近い声で克哉が喘ぎ、きゅうっと中が締め付けられた。
「あ……ああ、いいっ、い、あ、たか、のりさっ……!!もっと、あぁああ」
「克哉……かつ、や」
 克哉が快感に溺れていくのと同様に、御堂も克哉に溺れていた。彼がいなければ駄目なのは自分の方だと、今まで抱いたことのない感情に恐怖すら覚える。
「だめ、もう……あぁっ!!」
「んっ……」
 達した克哉のペニスから白濁した液が吐き出される。勢いよく吐き出されたそれが幾滴かガラスに付いた。白い跡を残してゆっくりと下に落ちていく。
 御堂も遅れて克哉の中に吐き出した。ぶるりと震えた克哉が強く締め付けてくるのに意識を持って行かれそうになる。
 克哉の吐く息で白くなったガラス窓がゆっくりと透明に戻っていく様子を、二人は繋がったまま見ていた。そして、ガラスに映った御堂の視線に自分の視線を合わせた克哉が柔らかく微笑むのを見て、御堂もまた微笑んだ。
「誕生日おめでとう、克哉」