依存性



 散々身体を重ねた後の気怠さに身を任せながら、御堂はぼんやりと天井を見上げていた。
 隣にいたはずの克哉はシャワーを浴びたいと言って部屋から出て行ってしまった。汗を掻いたのは御堂も同じなのだが、後でも良いと言って克哉に譲ったのだ。
 寝室の中には先程までの情事の跡があちこちに残っている。脱ぎ散らかしたパジャマ、乱れたシーツ、そして雄の匂い。お互いの汗と体液が混ざり合った匂いは、最早嗅ぎ慣れたものだ。
 暫くその雰囲気を堪能した御堂だったが、克哉が戻ってくる前に、と起きあがった。汚れたシーツを剥がして新しいものにしなければ、眠れたものではない。
 御堂がベッドメイキングを終える頃になっても克哉は戻ってこなかった。余程念入りに洗っているのだろうか。それとも、まさか、バスルームで倒れているということはあるまい、と俄に不安になった御堂は、脱ぎ捨ててあったバスローブを掴んで羽織ると、慌ててバスルームへ向かった。
 どの部屋も灯りを落としていた中で、バスルームだけが唯一明るい。脱衣所には克哉の下着が置いてあり、中からは水音が聞こえる。
「克哉」
 声を掛けるが返事がない。聞こえなかったのだろうかともう一度、今度は少し大きめの声で声を掛けると、ようやく返事が返ってきた。
「あ、はい。ごめんなさい、そんなに時間が経ちましたか?」
「いや、君が倒れているのではないかと心配になって見に来ただけだ」
 きゅっとコックを捻る音がして、水音が止んだ。そして、ガラス越しに何かが動いた気配がしたと思った次の瞬間、がらりとガラス戸が開いて克哉が姿を見せた。
「もう出ましたから、御堂さん使ってください」
「克哉……君は、その」
「はい?」
 珍しく歯切れの悪い御堂の顔を見て首を傾げる克哉だったが、ようやく自分が全裸だということに気づいたのか、慌てて近くにあったタオルを手に掴むと腰に巻き付けた。
 それでも、上半身は露わになったままだし、御堂が付けた赤い跡が身体のあちこちに散らばっているのが妙に艶めかしい。
「す、すみません、すぐ着替えるので少し出ていてもらえますか……?」
「駄目だ」
「ええっ?」
「こんな君の姿を見せられて、黙っていられるほど私は出来た人間じゃないようだ」
 そんな、と克哉が抗議する前に、御堂はさっさと克哉の手を掴むと、洗面台に手を付くように促した。克哉も一応抵抗してみるが、こうなってしまっては御堂の手から逃れる事は出来ないことくらい分かっている。大人しく洗面台に手をつくと、大きな鏡に全身が映った。白い肌のあちこちに散らされた赤い痕が恥ずかしい。
「み、御堂さん」
 後ろから御堂に抱きすくめられ、克哉は身を固くする。鏡には今自分が御堂に何をされているのかがはっきりと映っていて直視できない。目を逸らそうとする克哉の顎を掴んだ御堂は、その鏡を見ろ、と命じた。
 先程散々達したはずの下半身が反応している様子が映っており、恥ずかしくて死にそうだった。しかしそれから目を背けることも、目を閉じることも許されず、ただ唇を噛んでその光景を見ているしか克哉に残された術はない。
 後ろから手を伸ばして克哉のそれを弄りながら、御堂は首筋にキスを落とす。一つ、二つ、と消えかけている赤い痕の上から、より長い間自分の付けた痕が残るように。
「君は、自分の事をもっと知るべきだ」
「自分のこと、って……あっ、んんっ!」
「君は私を狂わせる。まるで、強い依存性がある薬物のようだ……君を見ると私は我慢が出来なくなる」
「そ、んなっ!…あぁっ、いや、くっ……あ」
「嫌ではないだろう?もっとして欲しくて仕方がないくせに。見てみろ、鏡に映っているのは誰だ?物欲しそうに腰を揺すっているのは、誰だ、克哉」
 鏡の中の克哉は顔を真っ赤にして乱れている。これが本当にオレなのか、知らない誰かの情事を見ているだけなのではないか、という錯覚すら覚えてしまう。しかし、御堂の手をべたべたにして、淫らに腰を振っているのは、紛れもなく自分自身だった。
「あ、ああっ、いや、……んっ」
 後ろに固くなった御堂の下半身が当たっている。その存在を認識した瞬間、次にもたらされるであろう快感を想像して思わず身震いしてしまう。熱い御堂のそれが自分の肉を割って入ってくる瞬間を、克哉は待っていた。
「どうした、これが欲しいのか?」
「ほし、いです……あなたの、それが」
「どこに欲しい?言わなければ分からないぞ」
「はぁ、あ、い、じわ、る……ああぁ、い、んっ」
 握られた前の先端を爪で引っ掻かれ、身体に電気が走ったような衝撃が克哉を襲った。そろそろ限界も近い。身体を支える手が震えている。御堂の方に突きだした腰がゆらゆらと誘うように揺れているのが見えたが、もう止めることは出来ない。
「いれて、くださ、い……オレの、後ろに、あなたの、それ、を」
「フン……仕方ないな」
 仕方ないと言いながらも、御堂自身も我慢の限界だった。散々弄られて柔らかくなった後ろに自身を押し込んでいく。ず、ず、と粘膜の擦れる音が耳につく。
 全てを埋めてしまってから、御堂は腰を動かし始めた。御堂の動きに合わせるかのように克哉も腰を動かす。ひりひりとした感覚が徐々に潤んできた粘膜に絡め取られていく。後に残るのは快感のみ。
「みどうさんっ、ああ、いいっ、いやぁっ、んっ」
「克哉、克哉っ」
 互いの名前を呼びながら、激しく動き肌をぶつけ合う。じゅぷじゅぷと水音が聞こえてくるようになった頃、二人はほぼ同時に果てた。

「すまなかった」
 湯船に浸かりながら、御堂は克哉に謝った。結局もう一度シャワーを浴びることになった克哉に、それならば一緒に入ろうと提案したのだ。
 乳白色のお湯に浸かった克哉は、拗ねたように言った。
「気持ちよかったですけど……でも、あんな突然」
「君を見ていたら我慢できなくなったんだ」
「御堂さんっ!」
 いくら御堂の家のバスタブが通常より広いとは言え、大の男二人で浸かるには少々無理がある。それを、御堂が後ろから克哉を抱きかかえる格好で無理矢理入っているのだ。必要以上に肌が触れ合うこの状態を、克哉はどう思っているのだろうか。
 少し試したくなって、御堂は克哉の首筋に軽くキスをする。そして、克哉の顔を後ろに向かせて唇にキス。
「……オレはキスじゃ騙されませんよ」
「それじゃあ、これなら騙されるのか?」
「ちょっと、どこ触って……あっ」
 克哉の反応に、御堂は思わず笑い声を漏らした。くっくっくと声を殺しながらも楽しげに笑う御堂に、一杯食わされたのだと克哉が気づいたのは暫くしてからだった。