悪くない(「特別なひと」・その後)



「っ……あぁっ、も、っ……!」
「もう、か?」
 御堂のささやきにがくがくと首を縦に振り、克哉は呆気なく達した。ぽたぽたとだらしなく垂れる液体がシーツを汚す。それに構わず御堂は律動を繰り返し、克哉の中に欲を吐き出した。中を満たされる感覚に、克哉は恍惚の表情を浮かべる。
 無理矢理顎を引き寄せ、唇を奪う。繋がったまま舌を絡めて、どちらの物ともつかぬ唾液が口元から一筋流れるのにも構わず、ただひたすら互いを貪った。
 漸く満足した御堂が唇を離すと、克哉の舌が名残惜しそうに離れていった。上気し、うっすらと色づいた顔の克哉が御堂の方を見る。
「どうした」
「いえ、あまりにも気持ちよかったので……」
 まだ意識がはっきりしていないのか、何処かぼんやりとした表情の克哉を御堂は抱きしめた。克哉もそっと御堂の背中に手を回し、それに応える。
「克哉。愛している」
 耳元で囁かれたその言葉があまりにも甘くて、克哉の下腹部が疼く。
「オレも……御堂さんの事が好きです。愛しています」
 幾度となく繰り返されたやり取りだが、何度聞いても胸が詰まるのは何故だろうか。
 そのまま暫く抱き合ってお互いの体温を感じていたが、温もりに眠りを誘発された克哉は重くなってきた瞼に逆らえず、そのまま瞳を閉じる。
「克哉?」
「すみません、ちょっと、眠くて……」
 何とか瞼を開こうにも、もう開けていられないほど疲れていた。御堂の肩に顎を乗せ、もたれ掛かるようにして眠りに落ちた。
 すやすやと寝息を立て始めた克哉を見て、御堂は軽く溜息を吐くと、そっと自分の身体毎ベッドに横たえようとして、はたと気づいた。ベッドは先程の行為でぐちゃぐちゃになっており、このまま眠れる状態ではないことに。
「仕方ない……」
 克哉を汚れていない場所に横たえて、御堂は一人、寝室を出た。シーツを何とかしなければあのベッドでは眠れないし、それに克哉と違ってまだ眠れそうになかった。興奮の残りがじりじりと御堂の内部に燻っている。
 ミネラルウォーターを取り出そうと冷蔵庫を開けると、目にケーキの入った箱が飛び込んできた。誕生日だからと言って克哉が買ってきたケーキだ。ケーキを用意することが出来なかった、としょんぼりしていた克哉だったが、御堂が行きつけの洋菓子屋を紹介すると、ケーキの希望なども聞かずに飛び出していったのが数時間前。
 ホールは無かったんですけど、といくつかのカットケーキの一つに、チョコレートで出来たプレートが飾られていた。こういう祝い方はもうずっとご無沙汰で、懐かしさとむず痒さと嬉しさに、御堂は克哉を抱きしめた。そして、そのままベッドに連れ込んだ。だから、ケーキは手つかずのままここにある。
「……全く、私としたことが」
 克哉を前にすると、今まで我慢できていたことが出来なくなる。どれだけ抱きしめても不安が無くなることはなく、いつかこの腕の中から抜け出していくのではないかと心配で仕方がない。
 そう思うからこそ、克哉がこうして自分の誕生日を祝ってくれようとしたりすることが嬉しかった。
 冷蔵庫の扉を閉めて、ミネラルウォーターで喉を潤してから、御堂は再び寝室に戻る。そして、眠る克哉の傍に腰掛けると、そっと頬を指で撫でた。
「私の中に、君を慈しめる心があるとはな……」
 こんな誕生日も、悪くない。克哉を独り占めし、愛でながら緩やかに流れていく穏やかな一日。御堂はもう一度、悪くない、と呟いた。