あなたの手



 休日は、大抵ベッドの中だ。それは、今週も例外ではない。
 無意識に温もりを探して手を彷徨わせる。しかし、いつもはすぐ傍にあるはずの体温が今日は見つからない。仕方なく目を開け、シーツの中から顔を出す。
「……御堂さん?」
 ベッドの中に御堂の姿はなかった。いつ頃からそうだったのか分からないが、シーツは既に冷たくなっている。ブラインドが上げられ、窓の向こうに真っ青な空が広がっているのが見えた。
 御堂を探そうと身体を起こすと、とろりと昨日の残滓が身体の中から流れ出る感触がして、克哉は顔を赤くする。昨日の情事がまざまざと蘇り、身体の奥が疼くような気がした。
 床に脱ぎ捨てられていたバスローブを拾い上げ、取りあえずそれを身につける。さすがに明るい室内を裸のまま歩くのは躊躇われたからだ。スリッパを引っかけ、ペタペタと音を立てながらリビングに移動した。
 しかし、そこにも御堂の姿はなかった。となるとバスルームか、もしくは御堂が普段書斎として使用している部屋のどちらかになる。いくら広いマンションとはいえ、部屋が無限にあるわけでもないから、行く場所は限られている筈だ。
 克哉は小さな声で御堂の名前を呼ぶ。まずバスルームへ移動し、脱衣所を覗き込んだ。
「御堂さん?」
 しかしバスルームは灯りが落とされ、人の気配は無かった。となると、もう書斎しか考えられない。そっと覗いて、もし仕事をしているようなら邪魔をしないでおこうと思った克哉は、ドアノブに手を掛けてそっと動かす。
 ドアの隙間から部屋の中を覗き込む。窓から差し込む光で室内は明るかったが、そこにも御堂の姿はなかった。いつも御堂が座っている椅子は、主を欠いてどこか寂しそうにすら見える。
 果たして御堂は何処へ行ってしまったのだろう。克哉は急に不安になって、ベッドルームに引き返した。まだ微かに御堂の残り香が漂うベッドに潜り込み、そのまま無理矢理目を閉じる。
 御堂が克哉に何も言わずに何処かへ行ってしまったのには、何か理由があったのだろうとは思う。しかし、寂しいのも事実で、克哉は自分自身をぐっと抱きしめるように縮こまった。
「早く帰ってきてくれないかな……」
 克哉一人にはこのベッドは広すぎた。ベランダに続く大きな掃き出し窓から見える外は、とても気持ちよさそうだ。そう言えば二人で何処かへ出かけた事はないなあ、とぼんやり思う。金曜日の夜に夕食を摂った後は、セックスと、睡眠と、時々食事、といった繰り返しばかりであっという間に日曜日の夜になってしまうのが二人の常だった。
 たまには外へ散歩に行くのも楽しいんだけど、と克哉は思うのだが、どうにも流されてしまって結局御堂の腕の中に収まっている。それはあまりに気持ちよくて、逃げ出す気が起きないのが困ったところだ。
 ……一瞬、御堂に抱きしめられた感覚が蘇って、再び克哉の奥が疼いた。今度は先程よりはっきりと、熱を持った何かが中を動いているような気さえする。まるで、あの時のような。
「んっ……あっ……」
 無意識の内に克哉は後ろに手を伸ばしていた。克哉が眠っている間に、御堂が何かしたのかもしれないと思ったが、手に触れるのは熱を持った克哉の粘膜と、とろりと滑る液体だけで、それ以外のものは何もないようだった。
 それに安心したのもつかの間、結果としてそれが自分自身を煽ることになってしまった克哉は、指を抜くことが出来ない。粘ついた水音が耳についたが、それよりも次第に熱くなっていく身体の欲求を満たす方が重要な気がして、ぐるりと中を掻き回した。
「……っ、ふっ、…あ、ん」
 必死に声を押し殺す。御堂がいつもしてくれるように、指を抜き差ししてみる。それなりに気持ちいいが、肝心なところが足りないような気がして、届きそうで届かない焦れったさに苛々する。
 シーツに潜り込み、完全に閉ざされた世界で、一人自慰をする自分はおかしいんじゃないかと思った。しかし、一度火のついた身体はもう止められない。
「み、みどう、さん……」
 御堂に触れられた時の事を思いだし、御堂に触れられたい、という思いが増してどうしようもなくなる。早く御堂が帰ってきて、そしてまた痛いくらいに自分を抱いてくれることを期待しながらも、克哉はもう我慢が出来なかった。
 先走りが溢れて茂みを濡らしていく。熱を含んだ息がシーツの中に充満して、呼吸が苦しい。荒い呼吸に合わせて前に手を伸ばし、そっと先に触れると、じわりと痺れのような快感が下半身に広がっていくのが分かった。
 その時、出かけていた御堂が戻ってきたことに克哉は気づいていなかった。上着を脱ぎ捨て、まっすぐ寝室に向かう御堂の気配に気づいたのは、御堂が寝室に入ってくる直前だった。軋むドアの音にびくりと身体を竦ませ、咄嗟に手を離したが、熱くなった身体はそう簡単に治まらない。
「克哉。起きているのか?」
 まだ寝ているかのように振る舞うことにした克哉は、不自然に荒い呼吸を何とか抑えようと必死で息を止めた。その間にも御堂はベッドの傍に近づき、克哉がくるまっているシーツに手を掛ける。
「克哉?隠れたって無駄だ……?!」
「み、みどうさん……」
 シーツが少しだけ持ち上げられた。今まで暗闇の中にいた克哉にさっと光が当たる。心臓をばくばくさせながら首だけを動かして御堂を見上げると、御堂は驚いたような顔をして克哉を見た。
 そして、
「全く、君は……私が帰るまで我慢出来なかったのか?」
 にやりと意地悪な笑みを浮かべて、紅潮した克哉の頬に口づけを落とす御堂に、全てお見通しだったことを悟った。ごめんなさい、と小さな声で謝ると、そんな顔をして言われても説得力がないと一蹴されてしまう。
 そして、克哉の身体を隠していたシーツを御堂は全て取り去った。前も後ろもベタベタにした克哉の身体を見た御堂は、全く君は、ともう一度呟くと、徐に克哉の身体に手を伸ばした。
「我慢できない君には、お仕置きが必要だな」
 御堂に触れられた所から再び熱が広がっていく。お仕置きと言われたはずなのに、嬉しいのはどうしてだろうか。御堂の目が欲情の色で染まっているのを見た瞬間、身体の奥が震えたような気がして、克哉は思わず目を閉じた。


 あれから散々御堂に嬲られた克哉は、ぐったりとベッドに突っ伏していた。起きあがる気力もないほど疲れ果てている。喉もからからで声を出すのも億劫な程だ。
 外はすっかり暗くなり、青空の代わりに高層ビルの灯りが見えている。またベッドの中で一日を過ごしてしまったと、克哉は少し勿体ないような気分になった。
「……克哉。起きなさい」
 御堂に身体を揺すられ、顔だけそちらへ向けると、目の前に水の入ったグラスを差し出される。
「こぼすなよ」
 言われなくても、と何とか上半身を起こしてグラスを受け取り、一気に飲み干した。その様子を黙ってみていた御堂は、ベッドの端に腰掛け克哉の髪に手を伸ばす。髪を撫でられながら、克哉は朝からずっと思っていたことを口にした。
「今日、どこへ行っていたんですか?起きたら姿が見えなかったので……」
「君は私がいなければ一人でするのか?」
「み、御堂さん!……違います、その、昨日の夜、御堂さんに抱かれたのを思い出して、その」
 そう口にした途端恥ずかしくなり、かぁっと顔が赤くなるのが分かった。
「自分でするのと、私とどちらが良い?」
「そんなの、決まってるじゃないですか……」
「さぁ?分からないな」
 楽しげに笑う御堂を少し恨めしく思いながらも、空になったグラスをシーツの上に置くと、御堂に身体を寄せて耳元で囁く。
「そんなの、御堂さんに、決まっています」
 それを言うのと同時に、いつの間にか後ろに回っていた御堂の手が克哉の背中を撫でた。ぞわりとした感触に肌が粟立ち、思わず克哉は御堂に抱きついていた。