貴方と過ごす時間



「佐伯くん、二十九日は休暇を取れ」
「え、どうしたんですか突然」
 書類を持ってきた克哉は、内容とは全く関係の無い御堂の言葉にぽかんとした表情を浮かべた。
 問題ない、と言って書類を克哉に返すと、くるりと椅子を回転させる。
「……二十九日、お誕生日ですよね、御堂さんの」
「そうだ。覚えていたのか?」
「当たり前じゃないですか。それでなくても、去年は悔しい思いをしたのに……」
 克哉に背を向けた状態でも、窓ガラスに映った克哉の顔がよく見える。悔しそうに唇を噛む様子に、そう言えばそうだったと去年の今頃を思い返した。
「だから今年は事前に言っただろう?」
「それはそうですが……一体何を」
「ん?誕生日プレゼントを頂こうと思ってな」
 くれるのだろう?と再び椅子を回転させて克哉の方を向く。デスクの前に直立不動の状態で立っていた克哉は、再び当たり前じゃないですか、と言って頷いた。
「でも、まだ決まっていないんです。候補はあるんですが、まだ迷っていて……」
「今年は私が指定しよう。君が悩む必要はない」
「え、でもそれではプレゼントのおもしろみが無いのでは」
 誕生日プレゼントは相手からの厚意だというのに、自ら指定するのは確かにおかしな話だし、包みを解く時に感じるあのわくわくした気持ちを感じることが出来ないのも惜しいとは思う。しかし、御堂には欲しいものがあった。
「いいんだ。君が一生懸命選んでくれたプレゼントも嬉しいが……」
「分かりました。戻り次第休暇の申請をします」
「ああ。と言っても承認するのは部長の私だがな」
 申請が届くのを待っている、と言って、克哉の退室を許可する。持参した書類を大切そうに抱えて部屋を出て行く克哉の背中を見送ってから、さてどうするか、と考える。
 欲しいもの、それは克哉の時間だった。御堂のためだけに克哉が使う時間。その事を正直に言えば、「オレの時間は御堂さんのものです」と克哉は言うだろう。それに、付き合い始めてから仕事関係の土日以外は殆どと言っていい程二人は一緒の時間を過ごしていた。だから逆に時間をくれとは言い出しにくかったのだ。
 また、ここ最近はお互い忙しく、出張なども重なって一緒に過ごす時間が激減していた。仕方ないと割り切っていたものの、もう二週間以上ゆっくりと過ごせていない事を考えると、これ以上この状態が続くのは耐えられそうになかった。だから、二人でゆっくりと過ごす時間が欲しかった。
 幸い来週の土日は接待ゴルフも仕事も何も入っていない。久しぶりにゆっくり出来そうだと、御堂は背もたれに身体を預けて、天井を見上げた。


 克哉は金曜日の夜から御堂の部屋へやってきた。
「何も用意しなくていいと言ってくれましたけど、ケーキくらいはと思って」
 そう言って、手に提げた小振りの箱を渡された。ひやりと冷たいそれは保冷剤の温度か。キッチンまで運んでそっと蓋を開けると、四号サイズの小さなケーキの上に、控えめなプレートが乗せられていた。もちろんプレートには御堂の名前が書かれている。
「まるで小学生のケーキのようだな」
「小学生はショートケーキですよ。こんなに洋酒たっぷりのケーキでは酔ってしまいますから」
 去年教えていただいたケーキ屋さんに注文したんですよ、と克哉は微笑む。その心遣いが嬉しくて、有り難うという言葉が素直に口を突いて出た。
 パウンドケーキに似たケーキ生地にしっとりと洋酒を染み込ませたケーキだ。生クリームたっぷりのケーキと違って日持ちもする。ワインのおつまみにも合うかも知れませんね、と言う克哉に、今度試してみるかと返事をしながら冷蔵庫にそれを仕舞った。
「さて、克哉」
「なんでしょう?」
 リビングのソファーに座って、手招きをする。隣に座った克哉の肩を抱き寄せ、頬に口づけをするとくすぐったそうに克哉が身を捩った。
「私が欲しいものは見当が付いたか?」
 耳元で囁くと、克哉は首を横に振った。
「いいえ……考えてみたんですが、さっぱり」
「そうか」
 別に構わないが、と言いながら、ゆっくりと克哉を押し倒す。克哉も抵抗はしない。まるで何をされるか分かっていたかのような態度に嬉しさ半分、つまらなさ半分と言ったところか。
 ジャケットのボタンを外し、脱がせて床に投げる。ネクタイを解いて引き抜くと、シャツのボタンを外していく。下半身には触れないようにしながら、御堂は露わになった克哉の肌に手を置いた。じわりとした温もりが伝わってくる。そのままじっとしていると、僅かに手に伝わってくる温度が上がった気がした。克哉の体温が上がったのか。
「御堂さん、何を」
「君を、感じているんだ。この肌に触れるのも久しぶりだからな」
「それなら、もっと……」
 触って欲しい、と言う克哉の声が耳に届いたが、敢えて聞こえないふりをして、克哉の肌に置いた手を動かさずにいた。焦れた克哉が耳まで真っ赤にした顔で御堂をじっと見上げてくる。
「何だ、克哉。我慢できないのか?」
 克哉の下半身が熱を持って苦しげに膨らんでいる事にも気づいている。しかし下半身はベルトすら外していない。だから圧迫されて苦しいはずだ。
「まだ胸にも触れていないというのに、どうしたんだ」
「だ、だって……御堂さんに触れられるのが、久しぶりだから……」
 恥ずかしげに顔を背ける克哉の顎に手を伸ばし、ぐっと固定する。鼻先が触れんばかりの距離に顔を近づけて、目の中を覗き込んだ。
「ねだってみろ。どこをどうして欲しいか、具体的にな」
「で、でも」
 克哉が言いたいことは分かっている。御堂の誕生日のことが頭に引っかかっているのだ。むしろ自分が奉仕しなければならない立場だというのに、ねだれとはどういうことか、と。
 しかし、そう簡単に克哉が欲しがる全てを与えるほど、御堂は素直な人間ではない。
「ただし、君が思っている様に私が動くかどうかは、分からないが」
 低い声で笑って、御堂は再び顔を離した。そして、克哉の上に置いていた手をそのままに、もう片方の手でベルトを外そうと克哉の下半身へ手を伸ばした。
「……もう硬くなっているじゃないか」
「あっ……み、どうさん……」
「どうして欲しい?言わなければずっとこのままだ」
 金具を外しはしたが、引き抜くことはせず御堂は克哉の言葉を待った。しかし克哉は黙ったまま、動く気配も見せない。
 先に焦れたのは御堂の方だった。が、敢えて抱くことはせず、克哉の身体から手を離す。
「こんなの、嫌です」
 克哉は自分の手で顔を覆って、絞り出すように呻く。突然の事に、御堂には克哉が言っている言葉の意味が分からなかった。何が嫌だというのか問えば、克哉は首を振りながら言う。
「だって、オレばっかり……オレは、御堂さん、あなたに気持ちよくなって欲しいのに」
「克哉……」
「だから、御堂さんがしたいようにしてください。オレは、あなたに求められなければ、嫌だ。……ねだれと言われればそうします、でも……」
「分かった。分かったから克哉」
 泣くなと言いながら克哉が顔を覆っていた手を掴む。下ろすように言えば、目の縁に涙を乗せた克哉の顔が露わになった。
「こんな事で泣くとは。以前の君は私が何をしても泣かなかったではないか」
「おかしいんです、オレ、あなたと付き合い始めてから……」
 こんなに簡単に泣くようになってしまったと自嘲する克哉に、御堂は問うた。
「私の所為か?」
「欲張りになったんです、オレ。あなたを好きだと思えば思うほど、大切にされたいと思う自分がいて、だから、少しでも御堂さんの役に立ちたい、御堂さんが気持ちいいと思うことをしたいって。すごい身勝手な考えなんですけど、それでも、オレの事、」
「それ以上言うな」
 克哉の懺悔はもう聞きたくなかった。それと同時に、これまでずっと大切に思ってきた気持ちが伝わっていなかった事に少なからずショックを受けた。これでも、思いはなるべく口にしてきたつもりだったが、それでもまだ克哉は不安だという。
「いいか、もう一度言う。私は君の事を大切に思っているし、手放したりしない。頼まれたってするものか。そして、私は君の全てが欲しい。私に啼かされる君もそうだが、自ら私を求める淫乱な君も、どんな君であっても全て欲しいんだ。これで分かっただろう、欲張りなのは私の方だ……だから、克哉。君が気に病むことなど一つもない」
「御堂さん、オレ」
 克哉が再び口を開こうとするのを口づけで塞いだ。そして、克哉の手に自分の手を重ねる。指を絡ませて簡単には離れないようにしながら、夢中で口づけを交わした。
「はぁ、はぁっ……」
 肩で息をしている克哉の胸に顔を乗せて、上下する胸の動きを楽しむ。落ち着いてきた所を見計らって顔を上げると、真っ直ぐにその瞳を捉えた。
「好きだ、愛しているなどと言った言葉では到底言い表せないほど私は君のことを欲している」
「……嬉しいです」
「そして、私が君を欲する気持ちと同じくらい、君にも私を欲して欲しい。ねだれと言ったのは、そういうことだ。分かったか?」
 こくりと克哉が頷いた。御堂は中途半端に外したベルトを外し、ボタンも外してジッパーを下ろした。身体を克哉の足下の方へ移動させ、柔らかくなった克哉のペニスに下着の上から口づけると、それは途端に熱を取り戻す。
「みどう、さん」
「言ってみろ、どうして欲しいか」
 下着にじわりと先走りが滲むのを確認して、御堂は克哉を見上げた。ふるふると身体を震わせながら、克哉はようやく御堂の欲しかった言葉を口にした。
「オレの……それを、な、舐めて……」
「『それ』では分からないな」
「ぺ、ペニス、を……お願い、します」
「分かった」
 下着の縁に手を掛けて一気に引き下ろすと、露わになった克哉のペニスを手に取った。先端の滲む液体を掬うように舐めると、克哉の身体が跳ねる。感度の良さは出会った頃と変わっていない。むしろ、より敏感になっているほどだ。
「この後は、どうして欲しい?」
 裏筋を何度も舐め上げて、克哉の口から熱を含んだ喘ぎ声が漏れ始めた事を確認してから尋ねる。本当はこの後どうして欲しいと克哉が言うか分かっているのだが、克哉の口からそれを聞きたかった。
「後ろ、に、指……あっ!ああっ」
 克哉が答えようとしている間にも容赦なく刺激を与える。乱れた呼吸に混ざって聞き取りにくい克哉の要求を聞き逃さないようしっかり耳を働かせながら、御堂は自分の指を二本、克哉の口に含ませた。
「入れて欲しいならしっかり舐めろ」
「は、いっ、くふっ、あ、はっ」
 水音を立てながら必死に御堂の指に自分の唾液を絡ませている克哉を見ていると、御堂の下半身が疼いた。どうして克哉はここまで自分を煽る事が出来るのだろうと不思議に思う。無意識だからこそなのかもしれないが、他の誰かに気づかれては困ると心配になるほどだ。
「克哉、もういい」
 すっかり濡れそぼった指を克哉の口から取り出すと、そのまま後ろにあてがい、ゆっくりと差し込んだ。久しぶりの身体は僅かに抵抗の色を見せる。それでも空いた手で尻肉を揉みながら出し入れすれば、時間をおかずにスムーズに出し入れできるようになった。
「従順な身体だ」
「そんなこと……」
「否定できないだろう?ほら、もうこんなになっている」
 二本目の指も容易く飲み込み、押し広げるような抽送も難なく受け入れている克哉の身体を見ながら、御堂は更に激しく指を動かす。その度に先ほどまで触れていたペニスがぴくりと動いて、まるで触れてくれと言っているようだ。
「どうだ、気持ちいいか?」
 言葉にしなくても、克哉の身体は正直だ。御堂が克哉の感じるところを引っ掻く度に、身体がびくびくと跳ねる。喘ぎ声に切れ切れの言葉が混ざる。
「いいっ……!気持ち、いい、ですっ……」
「そうか。それなら暫くはこのままで良いな?」
 わざと音が聞こえるように中をかき回して、御堂は克哉に訊いた。しかし克哉は首を横に振って、嫌だと言う。ならどうして欲しいのだと問えば、克哉は今度は躊躇いなく自分の希望を口にした。
「御堂さんが、孝典さんが、欲しい……あなた、で、俺の、中を……満たして、ほしい」
「……それが君の望みか、克哉」
「は、い」
 それならば仕方がないな、と御堂は克哉の中から指を抜くと、ベルトを外し、ズボンのジッパーを下げて硬くなった自身を取り出した。どうせ汚れることが分かっているのだから上半身も脱げば良かったのだが、御堂にもそんな余裕は残っていなかった。
 その間に克哉は自分の足をより高く持ち上げると、自ら尻肉を掴んで入り口を広げるようにしていた。そんなに欲しくてたまらないのかと御堂は喉の奥で笑う。本当に、欲望に素直な恋人だ。
「入れるぞ」
 ポケットに忍ばせておいたローションを適度に垂らして、滑りを良くしてから先端を埋める。最初はやはり抵抗があったものの、ゆっくりと腰を進めれば、いつの間にか根本までおさまっていた。
「ああ……熱いな、君の中は」
「そんな、こ、と」
 言わないでください、という言葉は声にならず、代わりに悲鳴のような喘ぎ声に変わった。御堂が遮るようにして動いたからだ。引き留めるように絡まる内壁のざらつきがたまらない。
「中が動いているぞ……淫乱な、身体だ」
「ああっ……!はぁ、あんっ、いや、ああ」
「男に尻を掘られてこんなに感じているなんて、な」
「たか、のりさんっ、もっと、もっとぉ……っ、ああっ」
 足を抱え込んだまま、克哉が啼く。それに覆い被さるような体勢で腰を動かす。
「言われなくてもっ……」
 克哉の限界が近い事は分かっていた。だから少し早めに腰を動かす。息も絶え絶えに喘ぐ克哉の顔を見ながら、より深く中を貫いたとき、びくりと克哉の身体が硬直した。
「んっ、ふっ、ああ……」
 吐き出された精液は辺りに飛び散り、克哉の服だけではなく御堂の服も汚していく。腹の上に白く溜まったそれを指で掬って、喘ぐ克哉の口元へ持って行く。
「舐めろ。自分が出したものは自分で始末するんだ」
「は、はい……」
 ぼんやりとした表情で、克哉は御堂の指を舐める。ぺちゃぺちゃと舌を使いながら、綺麗に舐め取った所で、ぐい、と顔を突き出してきた。
「孝典さん、キスして……お願い……」
 御堂は身体を乗り出して軽く口づける。そして再び、腰を動かし始めた。一度達して敏感な身体になっている克哉は、瞬く間に股間を硬くする。
「もっとっ……!ああっん、あっ!」
 二人の夜はまだ始まったばかりだ。額から落ちる汗にも構わず、御堂は目の前に迫った快感を掴み取るために深く深く貫いた。


「……どうして、休みを取る必要があったんですか?」
「君の時間が欲しかったからだ。だから月曜は私のために君の時間を使ってもらうぞ」
「そんなこと、言われなくても、一緒にいますよ?」
「そう言うと思ったから、言わなかったんだ」
 場所をベッドに移して、何度抱き合っただろう。気怠い身体を横たえて二人は視線を絡ませた。
 もうどれくらい時間が経ったのか分からないくらいどろどろに溺れて、時々買い置きしてあった簡単な食事と克哉が買ってきたケーキを食べて過ごした。カーテンは引いたままだから今が昼間なのか夜なのかも分からない。まるで、付き合いだしたばかりの頃のようだと御堂は思った。
「まるで……あの時みたいですね」
「あのとき?」
「ほら、雨の中、孝典さんを待っていたオレを部屋に入れてくれて……初めてあなたの気持ちを知った、あの時もずっとベッドから出られなかった」
「……私も今、同じ事を考えていた」
 君が誘惑するから、と言えば、孝典さんがいじめるからだと克哉は口を尖らせる。
 その時、ピピッと何処かで電子音が鳴った。日付が変わったのだ。ああ、月曜日かと思っていると、ぐい、と克哉に手を引かれた。
「お誕生日、おめでとうございます」
 克哉が僅かに身体を動かして、御堂に近づくと、ぐっと背中を伸ばして啄むような口づけをした。それを黙って享受する。甘い甘い、砂糖菓子のような口づけを。
「覚えていたのか?」
「それ、会社でも言ってましたよね……忘れるわけないじゃないですか」
「そうか。ありがとう」
 君と付き合い始めて二度目の誕生日も、一緒にいてくれて。そこまでは口には出さなかったが、きっと克哉には伝わっているだろう。言葉に出す代わりに背中に手を回して克哉を抱き寄せた。
「さて、少し眠るか、その前にシャワーへ行くか、それとも?」
「もちろん……孝典さんが、いい」
 そう言って見上げてくる克哉の誘惑にあっさりと捕らわれて、御堂は克哉に口づけた。