春の誘惑



 克哉はコーヒーが入ったカップを片手に、膝に置いたノートパソコンを前にしてぼんやりしていた。
「何を見ている?」
 後ろからすっと手が伸びてきて、いつの間にか掛かっていたスクリーンセーバーを解除した。しかし既にログアウトされていたためディスプレイには何も表示されていない。
「君が熱心に見入っているから何かと思えば……」
 面白くないな、と御堂は独りごちた。
「すみません、少しぼーっとしていたみたいで……」
「少しではない、かなり、だ。私がいつから君のことを見ていたか、君は気づいていなかっただろう?」
 御堂が言い直すと、克哉はもう一度すみません、と謝る。
「春になると、どうにも眠くて……コーヒーで何とか凌ごうと思ったんですけど、駄目だったみたいです」
 モニターの方を向いたまま、僅かに困惑を滲ませながら克哉が呟く。ヒーターを使わなくても十分暖かいこの頃、ぽかぽかとした陽気に誘われるように眠気に襲われることが多くなった。仕事中はまだいい。ただ、休日に一人こうしてノートパソコンの画面を眺めていたり、本を読んだりしていると、いつの間にか極度の睡魔に襲われるか、自分でも気づかないうちにぼんやりしてしまう。
「そんなに眠いのなら、眠ればいいだろう」
 御堂の提案に、克哉は頭を振る。
「御堂さんが起きているのに、オレだけ寝ているなんて嫌です」
「私は構わないが。それに、君がここに座っていると、仕事にならない」
 君がMGNに異動してきたとき、君の机を私の部屋に置かなくて正解だったと御堂は笑う。それが意味するところが分かった克哉は、かっと顔を赤くして、手にしたカップをローテーブルの上に置いた。
「克哉」
 後ろから伸びていた手が、そのまま克哉の首に絡み付く。顔が寄せられ、克哉の鼻に御堂の香りが届いた途端、あれだけ克哉を悩ませていた眠気は吹き飛び、代わりに身体が火照っていく。こんな事じゃ駄目だと必死に自分に言い聞かせてみても、勝手な身体は克哉の意志を無視するかのように、更に御堂を求め始める。
「御堂さん、もう仕事は終わったんですか?」
 少しでも気を紛らわせようとして、答えの分かりきった質問を投げかける。そして、御堂の手から逃れようと身を捩った。
「まだだが、君が眠らないというのなら相手をするのはやぶさかではないぞ?」
「オレの事はいいですから、先に仕事を……」
「本当にいいのか?」
 御堂は気づいているのだ。克哉の体温が急に上がったことに。後ろから覗き込むようにして、パソコンの上に置かれた克哉の手に自分のそれを重ねる。御堂の指はするりと克哉の肌を滑って指の間に落ち着き、ぐっと食い込んだ。その手が離さない、と暗に克哉に訴えている。
「……これ、片付けますから離して下さい」
「分かった」
 そう言いながらも、御堂は指を離そうとしない。それどころか、食い込ませた指で克哉の指の間をぐにぐにと押してくる。止めてください、と言ってその手から逃れようとしても、それを簡単に許す御堂ではない。
「御堂さん」
 少し強めに名前を呼ぶと、君は反応が面白い、と御堂は笑う。ノートパソコンを移動させようにも、両手がこの状態では何も出来ない事くらい分かっているはずなのに。
「……目は覚めたか?」
 その言葉でようやく御堂の意図が分かった克哉は、ええ、と苦笑する。何かに意識を取られていれば、自然と眠気は引いていく。今は離せと言っても離してくれない御堂に苛立ったりしていたから、先ほどまであれだけ眠かった事もいつの間にか忘れていた。
「結構。それでは、私に付き合ってもらおうか」
 すっと御堂の手が離れる。克哉はノートパソコンをコーヒーカップと同じくローテーブルの上に置くと、立ち上がろうとした。が、気づいたときにはその身体は反対にソファーの上に横たわっていた。一瞬何が起きたか分からず、したり顔で自分を覗き込んでいる御堂を見てようやく何が起きたか悟った。
「御堂さん!」
 この体勢ですることと言えば一つ。克哉は焦りを滲ませた声で御堂を呼ぶ。灯りを点けたまま事に及んだことは何回もあるが、明るい日差しの元では抵抗がある。以前、電話を掛けている最中に無理矢理嬲られた時の事を思い出してしまうのだ。あの日も、外は良い天気で御堂の執務室には明るい日差しが差し込んでいた……
 しかしそんな克哉を見た御堂は、喉の奥で笑って、
「何を恥ずかしがる事がある?誰も見ている人などいないだろう。それとも、君は誰かに見て欲しかったのか?」
「だからって、こんな時間に……」
 克哉の抵抗もむなしく、御堂の手と、いつの間にか割り裂かれた足の間にあった御堂の身体があっという間に克哉をソファーに縫いつけてしまう。こうなればもう克哉は御堂の手の中で転がされるしかなかった。
 心では抵抗しようと思っていても、身体は正直だ。大きな手で撫でられた箇所は熱を持ち、思わずその先を期待してしまう。はっとしたときには既に遅く、先ほど後ろから抱きしめられた時から燻っていた熱に火が付いて、一瞬のうちに全身に燃え広がっていた。
「やはりな。君は本当に、淫乱だ」
 窓から差し込む日差しを背中に受けながら、御堂は艶然とした笑みを浮かべた。
「誰も所為だと……」
 思って、と最後まで言わせてもらえなかった。口を塞がれ、御堂の舌が克哉の口内をまさぐる。
「ふっ……あ、は、っ……」
 口の端からこぼれ落ちる唾液すら構わず舌を伸ばす。そうしながら閉じていた目をそっと開くと、目を閉じた御堂の顔がすぐ側にあって、どきりと胸が鳴った。それを見ていたかのようなタイミングで、御堂は克哉が着ていた薄いシャツの下に手を差し入れ、胸を摘む。キスに集中しろと言われているような気がして、克哉は再び目を閉じた。
 唇が触れ合い、離れる度に聞こえる水音が二人を煽っていく。克哉の下半身はもちろん、身体に当たる御堂のそれも既に熱く猛っていた。いつこれが自分を割り裂いてくるのかという期待が一瞬克哉の脳裏を掠めたが、口にはしなかった。
「克哉」
 その名前を呼ぶ声に込められた意味を察した克哉は、自ら腰を上げ、自分の下半身を覆っていた物を全て取り去る御堂に協力した。着ていたシャツはいつの間にか取り払われ、今は肩に引っかかるのみだ。殆ど全裸になった克哉に対して未だ全ての衣類を身につけた御堂は、良い眺めだなと言って額に口づけてきた。
 御堂の身体と、克哉の身体の間に挟まれたペニスが大きく脈打つ。早く触れて欲しくて、腰を擦りつけてしまいたい衝動を何とか堪える。
「あ、ああ、御堂さん、早く触って……!」
 声に出して強請るが、御堂はそれを聞かなかった振りをして、先に克哉の後ろを解し始めた。いつの間に用意したのか、とろりとしたローションを指に絡めて何度か抜き差しされると、じわりと奥が暖かくなってきた。
「御堂さん、これ、何ですか……?うっ、あっ!」
「ローションだ。ただし、多少催淫剤が入っているようだが」
 面白いだろう?と微笑む御堂と対照的に、今までに感じたことのない熱を奥に点された克哉は我慢できないと身を捩る。
 奥だけだったその熱は次第に広がり始め、脈打つ様子が分かるほど腫れ上がっているような感じがする。御堂の指は既に三本にまで増やされ、克哉の中をかき回しているというのに、それでは足りないと脳の奥で誰かが叫ぶ。
「あっ、んあ……っ!みど、さんっ、御堂さん、が欲しいっ」
 御堂の手の動きに合わせながら腰を動かすと、触れてもいないペニスからとろとろと先走りが溢れて茂みを濡らしていく。本当は触りたいのに、固定された手ではそれも出来ない。
「今日は素直だな」
「だって、そんなの、使うから……」
 余裕の笑みを浮かべる御堂を睨んでみても、潤んだ瞳では全く効果がない。御堂も克哉の痴態に煽られて表情ほどには余裕があるわけではなかったので、克哉の要望通りに自身を後ろへ挿入した。
 指とは比べものにならない質量に身体を割り裂かれる。一瞬息が詰まったかのような感じがして、その後猛烈な快感が克哉の全身を駆け抜けた。
「んっ……!」
「息を止めるな……」
 一度すっかり収めてしまった御堂は、全身で克哉の中を穿っていく。その度に腰が跳ね、精液が溢れる。御堂に腰を抱えられ、背中で下半身を支えた体勢では、勃ちあがったペニスがよく見えて克哉の羞恥心を煽っていく。
 中に点された火は消えることなく、更に大きくなって克哉の全身を焼き尽くそうとするかのようだった。限界が近いことを訴えているのを察知したのか、御堂はより深くペニスを突き立てた。
「いやっ、あ、ああ、でるっ……」
 克哉が息を詰めたのと御堂が腰を打ち付けたのとはほぼ同時だった。決壊したペニスは白い精液を辺りにまき散らす。勢いよく飛んできたそれがいくらか克哉の顔に掛かり、恍惚とした表情を更に彩っていく。御堂も克哉の中に己の欲を吐き出してしまうと、満足した表情で克哉を見下ろした。
「君は、最高だな」
 何に対して最高なのかは言わなかったが、大体想像は付く。瞼に掛かった精液を指でぬぐい取り、その指を舐めてしまった克哉は、口に広がる苦さに顔をしかめた。
「……ありがとうございます」
 でも、やっぱりベッドでしたかったです、と零した克哉に、それでは今から寝室に行こうか、と御堂が誘う。まだ燻っている身体の事を考えて、克哉は頷いた。
 それは、抗うことが出来るはずもない、魅力的な誘いだった。