愛に痛みはつきものです



 シャワーを浴びたとき、背中に微かな痛みを感じた。そっとその部分に手を伸ばすと、薄く剥けた皮膚の感触がする。ああ、また傷を付けられたのだと御堂は苦笑した。
 克哉とのセックスには生傷が絶えない。歯形を残されたり、爪を食い込まされたり。また、傷つくのは御堂だけではない。以前克哉が快感に耐えようと唇を噛んだ結果、切れてキスが血の味になったこともある。
 洗面台の大きな鏡に映った自分の身体には、確かに克哉が付けた傷跡があった。赤くなっているものの、幸い血は出ていないようで、御堂はそのままバスローブを羽織った。
「克哉」
 寝室に戻ると、克哉は既に眠っているようだった。シーツを取り替えたかったのだが、仕方がないと克哉の隣に潜り込む。が、すぐに克哉が薄く目を開いて御堂を見た。
「……あ、御堂さん……」
「起こしてしまったか」
「いえ、待っていたんです。ちょっとだけ、うとうとしてしまって」
 それでもまだ眠いのだろう、御堂の胸に顔を埋めるようにしてくっつく克哉の髪をそっと撫でる。バスローブの隙間から触れ合う皮膚の暖かさに心が安まるのを感じていると、再び背中にぴりりとした痛みを感じ、御堂は小さなうめき声を漏らした。
「っ……」
「御堂さん?」
 突然顔を顰めた御堂を心配そうな顔で克哉が見上げる。大丈夫だ、と言うものの、そこはバスローブと擦れて鈍く痛む。自分で思っていたよりも深い傷だったのかもしれない。あのとき絆創膏を貼らなかった自分に舌打ちする。
 克哉はおもむろに御堂のバスローブに手を伸ばした。開いた胸元から手を差し入れ、背中に手を回してそっと撫でる。その指が肩に触れたとき、覚えのある皮膚の感触に、御堂が顔を顰めた原因が何であるか悟った克哉は、ごめんなさいと小さな声で謝った。
「オレが、力を入れすぎたんですね……」
「気にすることはない。すぐに治る」
「でも、痛い……ですよね」
「少しな」
 克哉が悲しげな顔をするので、御堂は再びその髪を撫でた。噛み癖、引っ掻き癖があるのは前からのことだし、傷を付けられたのも今回が初めてではない。それも今まで治ってきたのだから大丈夫だと言いたかったのに、うまく言葉に出来ない。
「もう寝よう。それとも、もっとしてほしいのか?」
 にやりと笑ってみせれば、克哉は慌てて身体を少し離した。
「えっ、そんなつもりじゃ」
「冗談だ」
 御堂さんが言うと冗談に聞こえない、とつぶやく克哉を抱き寄せて、その髪に顔を埋めた。御堂と同じシャンプーを使っているはずなのに、御堂のそれとは違う、克哉の匂いがする。
 その香りをたっぷり堪能していると、苦しげな声が聞こえてきて、御堂は咄嗟に顔を離した。
「……御堂さん、苦しい」
「あ、ああ、すまない」
 強く抱きしめすぎたかと、御堂は腕の力を緩める。自分を見上げる克哉の視線に、僅かだが非難の色が滲んでいる気がして、もう一度悪かったと謝った。途端、今度は克哉の方が恐縮してしまう。まさか、御堂がこんなにあっさり謝ると思っていなかったのだろう。
「いや、そんなつもりじゃ……」
「謝って欲しそうな顔をしていたが?」
 意地悪をしようと思って言ったわけではない。が、克哉はそうは捉えなかったようで、持ち直した表情が再び申し訳ないと言わんばかりに変化した。
「謝りたいのはオレの方です……」
 また傷の事を気にしているのか、と御堂は克哉をたしなめる。
「気にしなくて良いと言っただろう?明日になれば痛みは取れている。いつもそうだからな」
 それに、と御堂は続ける。
「そんなに力を入れなければならないほど、君が感じてくれているのであれば、私も本望だが?……まあ、君はまだまだ足りないようだがな……」
 バスローブ越しに感じる克哉の熱を暗に示して、御堂は意地悪い顔で笑った。
「色恋沙汰に痛みはつきものだ。特に、君との場合は。しかし、痛みに耐え、君の要求に応えることも、悪くない」
「みどう、さん……」
 誘っているのか、と問えば、克哉は否定しなかった。
 自分を見上げる克哉の視線に熱いものを感じながら、御堂はゆっくりと克哉の下半身に手を伸ばした。