正しい愛し方がわからない(人でなしの恋5題:2)



「旅行?」
「ええ、今度の連休に。どうでしょう?」
「俺は構わないが……こいつらの世話はどうするんだ」
 克哉は顎で奥に置かれた鳥かごを示す。中にはボタンインコが二羽さえずっている。
「本当は連れて行ければいいんですけどねぇ……可哀想ですが、お留守番していてもらいましょう。といっても、ここに置いておくわけではなくて、預かってくれるという人が見つかったんですよ」
 片桐にしては、手際のいい話だった。仕事もこれくらい手際よくして欲しいものだ、と克哉は思ったが、それは敢えて口に出さずにおく。
「で、何処に行くんだ?」
「まだ決めてないんですけどね、候補はいくつか」
 そう言って片桐は傍らに置かれた鞄から、旅行会社のパンフレットを数冊取り出した。
「……渋いな」
「え?……ああ、ごめんなさい。この歳になると、どうしてもこういうところばかり選んでしまうみたいですね……」
 克哉に指摘されて初めて気づいたのか、申し訳なさそうに顔を伏せる。
 片桐が出したパンフレットは、山奥の秘湯だとか、露天風呂だとか温泉ばかりで、更にバスツアーなんてのもある。おおよそ、克哉が絶対選びそうにないものばかりだった。
「大体バスツアーなんか、男二人で参加してみろ。あんた、普段は一緒に通勤すらしてくれないくせに、こういうところは平気なんだな」
「あ、え、いや、そんなつもりは……」
 未だに一緒に通勤することを拒む片桐に、少し厭味を込めて言うと、ますます小さくなって恐縮してしまう。それを見て、困らせるつもりはなかったんだが、と克哉は少し反省した。
「悪かった。で、何処に行きたいんですか?あんたがこういう事を言い出すってことは、何処か行きたい所があるんだろ?」
「はぁ、佐伯君は何でもお見通しなんですねぇ」
 少し浮上したらしい片桐は、ようやく笑みを取り戻した。そして、数あるパンフレットの中から一つを抜き出すと、パラパラとページを捲り、とある温泉を指さした。
「連休の頃になれば大分寒くなるでしょうし、それに紅葉も見れますよ」
 片桐が言うとおり、その温泉周辺の山は週末が丁度紅葉の見頃だと書かれていた。恐らく、これを見に行きたいのだろう。克哉は少し迷ったが、ふと片桐の指の端に気になる記述を見つけて目をとめる。
「貸し切り露天風呂……?」
「ああ、そうなんです。この旅館は一部屋に一つ露天風呂が付いているようなんですよ。勿論大浴場もあるようですが……佐伯君は大浴場は苦手ですか?」
「そういうわけじゃないんだが……そうだな、ここにするか」
「え、いいんですか?」
 克哉があっさりと承諾したのが意外だったのか、片桐は驚いた顔をしていたが、すぐに嬉しそうに笑い、じゃあ予約しますね、と電話の所に立った。
 が、受話器を持ち上げてボタンを押そうとした横から、克哉にそれを阻止される。
「佐伯君?どうしたんですか?」
「片桐さん。これは俺が予約しておく」
「いいんですよ、僕の我が儘で行くんですから、佐伯君に迷惑は……」
「迷惑なんかじゃない。それに、今時インターネットで予約した方が安いんですよ、片桐さん」
 片桐はコンピュータ全般が苦手だ。だから業務でも必要最低限の事にしか使っていないのを克哉は知っている。インターネット、という単語を出されて、片桐は溜息を吐く。
「そうなんですか……でも僕の家ではインターネットが出来ないけど」
「携帯を使えば出来ますよ」
 克哉は仕事用の鞄を開け、いつも持ち歩いている薄型のコンピュータを取り出すと、起動して携帯を接続し、インターネットに繋げてしまった。その素早い動きに片桐はただ感心の溜息を漏らすばかりだ。
 幸い空室もあるようで、十分ほどで予約が出来てしまった。
「僕も、コンピュータを勉強した方が良さそうですねぇ。いつも佐伯君に助けて貰ってばかりですし」
「……気にするな」
「でも、あんまり佐伯君に頼ってばかりなのも、申し訳ないと思うんですよ」
「申し訳ないと思うのなら、そうだな、身体で払ってもらおうか」
「え?」
 どういう事ですか、と片桐が口にしようと思った次の瞬間には、床に押し倒されていた。視界が逆転し、手を固定されて、自分の上に克哉が覆い被さってくるのをただ見ていることしか出来ない。
「佐伯、くん」
 克哉の名前を呼ぶ声が思っていたよりも甘く響いて、片桐は恥ずかしさを覚えた。克哉は喉を鳴らして笑い、とっくにその気なんだろ、と片桐の首筋を舐めた。ぶるっと身体が震え、感じている事を克哉に知らせる。
「気持ちいいのなら、素直にそう言えばいいだろう」
「でも、恥ずかしくて……」
「まだ慣れないのか。それに、俺しか見ていない」
 最も、誰か他の人に見せる気など更々無かった。
 温厚で、誰にでも優しく、頼りないこの上司が、自分に縋って腰を揺する姿を見るのは克哉にとって至上の悦びだった。
「いいんですよ、片桐さん。もっと声を出しても」
 声を漏らすまいと口を覆う手を無理矢理剥がしながら片桐の下半身を強く撫でると、甘やかな声が口から漏れる。
「んっ、あぁっ……」
 まだ直接触っていないというのに、この感度の良さはどうだ。克哉は楽しそうに片桐のベルトを外してズボンの前を寛げ、下着の隙間に自分の手をねじ込んだ。既に先走りを漏らして滑るペニスを執拗に弄れば、声が自然と溢れていく。
「ぁっ、いや、だ……うぅっ、んっ」
「嫌?もうこんなになっている人が、嫌だって言うんですか?そう言うのなら、もう触るのを止めてしまいますよ」
「あっ、ご、ごめん……佐伯君……もっと、触って、くだ、さい」
 克哉が扱く手を緩めると、片桐は困ったような顔をして克哉に懇願する。大分素直になったなと克哉は内心ほくそ笑んで、再び片桐のペニスを握る手に力を入れた。同時に唇を重ねて舌を絡め取ると、苦しそうに呻く。たっぷり口内を蹂躙してから、克哉は唇を離した。唾液がつぅ、と糸を引く。
「好きなんでしょう?ねぇ、片桐さん」
 何が、とは敢えて言わなかった。片桐は分かっているのかいないのか、こくこくと頭を振って克哉の質問に答えようとする。口を開けば言葉よりも喘ぎ声が先に出るのだから仕方がない。
 克哉の手の中で、片桐が限界を訴えていた。いいぜ、一度イけよ、と先端に爪を立てれば、それはあっけなく達して克哉の手を白く汚した。

 片桐の背中に畳の跡が付いているのを見つけた。
 長い間床に押しつけていたからだろう。両肩についたその跡をそっと指で撫でる。
 片桐はまだ起きない。二度イってすぐに気を失ってしまったのだが、克哉は敢えて起こさず、じっとその身体を抱きかかえていた。
 辺りに散乱したティッシュと、触れた肌に滲んだ汗が先程までの激しい行為を思いださせて、思わず笑ってしまいそうになるのをぐっと堪える。
 早く起きろ、と心の中で念じながら、窓の外を見るとすっかり日が暮れていた。
 インコが鳥かごの中で騒いでいる。最近新しく覚えた言葉を連呼しながら、嬉しそうにさえずっている。
「サエキクン、サエキクン」
「……あんた、どれだけ俺の事を言い聞かせているんだ」
 片桐が、無理矢理自分を組み敷いた克哉をとても愛してくれているのは痛いくらい分かっている。しかし、自分は片桐を正しく愛せているのだろうか、と考えてしまう。
「まあ、愛し方に正しいなんて無いからな」
 愛の形など、人ぞれぞれだ。克哉と片桐がお互い満たされているならば、他の人からどう見えようとも、二人にとってはそれが正しい愛の形となる。少なくとも、克哉は自分と片桐の関係に満足していた。
「俺なりの『正しい愛し方』でずっと愛してやるよ、片桐さん」
 まだ起きない片桐の額に、克哉はキスを落とした。