あなたへのプレゼント



「その、良かったんですか?」
 隣に座った克哉の顔を上目遣いで見ながら、片桐は申し訳なさそうに言った。
「……何度言えば分かってもらえるんですか」
 そんな片桐にため息を吐きながら、克哉は眼鏡を人差し指で押し上げる。
 克哉が片桐の家に泊まっていく事を言っているのではない。そんなことは今までにもう何度もあったことだし、それだけならば片桐もとやかく言わなかった。実際、克哉と一緒に過ごせる時間は長ければ長い方がいいと思うし、本当ならば喜ぶべき事なのだ。
 ただ、それが年末でなければ。
「なんだか、佐伯くんのご両親に、申し訳ない気がして……」
 こたつ布団に顔を埋めそうな勢いで俯いた片桐の背中に、克哉はそっと手を当てた。そのままゆっくり何度か往復させる。まるで、小さな子供を宥めるように。
「いいんです。俺にとっては、家族で正月を過ごすよりも、片桐さんと過ごす方が大事ですから。それに、俺の両親はどちらも健在ですから、俺が帰らなくても二人で過ごすでしょう」
 確かに帰省すれば両親は喜ぶだろう。社会人になって三年目、正月に実家に帰らないのは今年が初めてだった。帰れない、と電話をしたときも分かったと言っていたものの、その声に寂しさが含まれていなかったかと言えば嘘になる。
「俺が実家に帰ったら、片桐さんは一人でしょう。一体誰と正月を過ごすんですか。俺以外の人と過ごすなんて許しませんよ」
「まさか、そうなったら一人で……」
「俺がいるんですから。そんな事はさせない」
 ぎゅ、と突然手を握られて片桐は身を固くした。こたつの中で十分すぎるほどに暖められたそれは、じわりと片桐の手を焼いていくかのようだ。克哉の手は片桐の指を一度に包み込んだかと思えば離れ、五本の指でゆっくり一本ずつなぞられる。親指、人差し指、中指、薬指、小指と順番に。全てこたつの中で行われているそれは目で確認することが出来ず、まるで、口の中に含まれているかのような錯覚を覚える。
 ぶるりと片桐が身体を震わせた。それを見た克哉が愉しそうに笑う。
「俺の誕生日祝いなんでしょう?」
 二人の前には、空になった皿と紅茶のカップが二組。普段は日本茶ばかりの片桐だが、ケーキには合わないだろうとわざわざ買ってきたのだ。
「え、ええ……さえき、くん」
「プレゼント、頂けるんですよね?稔さん」
 一文字ずつ区切るように名前を呼ばれた時には既に限界だった。部屋は寒いはずなのに、顔が火照って仕方がない。片桐は呻くように、布団を敷きましょうか、と克哉に言った。
「俺はただ、プレゼントが欲しい、と言っただけですよ?何を想像したんですか?……いやらしい人だ」
「あ……その……」
 淫らな事を考えたのは自分だけだったのかと、片桐は己を恥じた。克哉と付き合い始めてからますます身体が敏感になり、ちょっとした刺激でもすぐ熱が集まってしまう。もちろん誰に触れられてもそうなるわけではなく、克哉に限ったことなのだが。
「あんまり、意地悪しないで……」
「全く、あんたという人は……その態度が俺を煽るってことを知っていてやっているのかと疑ってしまいますよ」
 その間にも克哉の手は執拗に片桐の指を撫でている。絶えず刺激され続けている左手は、それ全体が性感帯になってしまったかのようだ。くすぐったさと気持ちよさの狭間で、片桐は必死に最後の理性と戦っていた。
「プレゼント……何か欲しいものが、あ、ありました……か」
「いいえ。俺が欲しいものは今目の前にあるからな」
 そう言って片桐の方を見た克哉は、少しだけ口の端を上げて見せた。それで、克哉の言葉の意味するところを悟った片桐は、思わずありがとう、と口にしていた。
 誰からも必要とされないと思いながら生きてきた年月が嘘のように思えてしまうほど、その言葉は強く片桐の胸を打った。だから、感謝の気持ちを伝えずにはいられなかった。
「俺は感謝されるようなことはしていませんが」
 面食らった克哉は、素っ気なく片桐を突き放す。
「いいえ。僕は佐伯くんに感謝しているんですよ。……久しぶりなんです。誰かと過ごす年末年始、というのは……」
「それなら、忘れられない年末年始にしてあげますよ」
 片桐の手から克哉の手が離れた。あ、と思った次の瞬間、こたつの中から克哉の手が出てきて、同じようにこたつの中にあった片桐の手をつかむ。そして、引き寄せた片桐の指を、今度こそ本当に克哉は口に含んで見せた。
「あんたの指、熱いな……」
 ぴちゃぴちゃと水音を立てながら、先ほど手でしたのと同じように一本ずつ舐められていく指の刺激と、上目遣いで自分を見つめる克哉の視線に、片桐はあっけなく陥落してしまった。
「あ、さ…さえき、く……」
「プレゼント、頂きますよ」
 背中に畳の感触を感じたかと思った次の瞬間、克哉に唇を奪われていた。最後の理性を手放す瞬間、控えめの音量で、テレビから紅白歌合戦の開始が告げられたのが聞こえた。