朝の風景



 布団から身体を起こすと、既に腕の中は冷たく、そこにあった人の姿はない。
 ただ、少し離れた場所にあるキッチンから、微かに人の気配がする。
 克哉は脱ぎ捨ててあった服を身につけて、キッチンへ足を向けた。
 時間はまだ午前八時前。休日にしては、少々早起き過ぎる位だ。ただでさえ、昨日眠ったのが遅かった筈なのに、どうして彼はいつも同じ時間に目を覚ますことが出来るのだろう。克哉には分からなかった。
 キッチンに足を踏み入れたとき、克哉の気配に気づいたらしい片桐は、振り返らずに、
「もう起きたのかい?もう少し寝ていても良かったのに」
「ああ、誰かさんが勝手にいなくなるからな。目が覚めた」
「君があんまり気持ちよさそうに眠っているから、起こすのは可哀想だと思ったんだよ」
 微かに甘い卵焼きの匂い、香ばしい味噌の匂い、そして炊きたての白米の匂いがキッチンに漂っていた。片桐は手にした豆腐を細かく刻んでみそ汁の鍋に入れていく。
「もう少しで出来るから。お腹が空いただろう?」
「……そうだな」
 そう言いながら、片桐との間を一気に縮め、片桐の手から包丁が離れた瞬間、後ろからその手を掴んだ。突然の事に何が起きたか分かっていない片桐は、ポカンと克哉の顔を見ている。
「俺はこっちのほうが食べたいんだが」
 片桐のうなじに舌を這わせると、ぶるりと身体が震えるのが分かった。
「さ、佐伯君、だめだよ」
「そうか?あんただって、本当はこうしてほしいんだろう?」
 片桐の返事を聞く前に、左手を前に動かした。いつからそうなっていたかは知らないが、既に固く熱を持った片桐のペニスをズボンに上から軽く擦った。
「あっ、ああっ……やめてくれ」
「嘘を吐け。止めて欲しくなんかないくせに、な」
 そうだろう?と耳元で囁かれた片桐は、顔を真っ赤にしながらも首を横に振る。いつまでそう言ってられるかな、と意地悪く微笑んだ克哉は、片桐のズボンの前を寛げると固くなったそれを取り出す。既に先走りによってぬらぬらとした手触りのそれは、克哉の愛撫に喜んでいるようにぴくりと震えた。
「んっ、あ……危ない、から、佐伯君」
 手元にあった包丁を何とか脇へ避けて、片桐は自分に覆い被さる克哉から逃れようと身を捩る。しかし、片桐の力ではそんなことが出来るはずもなく、ますます克哉に捕らわれていく。
「ここはもうこんなになっているぞ?」
 片桐に聞こえるように、克哉は大げさに手を動かして音を立てる。ことことと味噌汁が煮える音と、自分から溢れる汁の音が耳について仕方がない。
「……ぁっ、はぁ、あ…さえき、くっ!」
 強烈な快感が全身を駆け抜け、片桐はあっけなく達してしまった。克哉の手の中でびくり、びくりとはね回り白濁した精子を放っていく。ようやくそれが収まる頃には、既に足に力が入らなくなっていた。シンクの縁に手を掛けて、立っているのもやっとの片桐を、克哉が後ろから支える。
 自分の手で達した片桐を、満足げに見ながら、
「案外、早かったな。昨日したばかりだったと思ったが?」
「それは……」
 恥ずかしそうに顔を赤くする片桐に顔を寄せ、耳元で囁く。
「……悪かった。食事を作ってくれるのは嬉しいが、毎回毎回先に布団から抜け出される方の身にもなってくれ」
「佐伯君……」
「俺が起きるといつもあんたは隣にいないんだからな」
 片桐はますます顔を赤くして、ごめん、と呟くのが精一杯だ。
 克哉はふと、片桐の近くで煮立つ鍋に視線を移した。すっかり味噌汁が煮立ってしまっている。それを見て、せっかく作ってくれたのにな、と僅かな罪悪感が胸を掠めた。
「……取りあえず食事をするか……なに、続きは何時だって出来る」
「え、まだするのかい!?」
 驚きの声を上げた片桐に、克哉は当たり前だと言わんばかりの顔をして、
「何を言っている、自分だけ気持ちよくなって終わりだと思うな?」
 そんな克哉に苦笑しながらも、克哉が喜んでくれるのなら、と片桐は思ってしまう。この年若い恋人が、片桐にとって何より大切な存在になったあの時から、ずっと。