094:釦(テニスの王子様 手塚×真田)
学校の帰り、普段は乗らない行き先の電車に乗る時は、少しだけ胸が弾む。
テニス部の皆と別れた後、真田は一人駅へと向かった。夕暮れ時の電車は帰宅する学生で混雑していて、少し身の置き場に困る。何とか入り口近くに空間を確保すると、窓越しに広がる気色を眺める。
今日は、久しぶりに手塚と会うことになっていた。お互い部活が終わった後になるから、長い時間を共に過ごすことは出来ないが、普段は電話や手紙などでしか交わせないやり取りが、互いの顔を見ながら出来るということが、真田には嬉しかった。
手塚は、声や手紙の文字を見ただけでは、何を考えているか見えない事が多々ある。表情も豊かとは言い難いが、僅かな表情の変化があれば、まだ気持ちを察することもやりやすいというものだ。
それに加えて、今日は真田の誕生日でもあった。一年の中でもとりわけ特別な日に、手塚に会えることが純粋に嬉しい。
ターミナル駅で東京方面の電車へと乗り換える。この時間になると、学生に仕事を終えた大人達が加わって、車内の混雑は一層激しくなった。方々から押されて息苦しさを感じながら、僅かな間の我慢だと自分に言い聞かせ、耐える。
息をひそめてじっと混雑をやり過ごし、ようやく目的の駅に到着した。半ば逃げ出すようにして電車を降り、ホームに降り立つ。待ち合わせは改札前ということになっていたが、手塚は来ているだろうか。
逸る心を抑えるように、ゆっくりと改札へ向かった。改札を出る前にぐるりとあたりを見回してみる。駅前はそれなりに人がいるが、手塚の姿は見当たらなかった。
「む、先に着いてしまったようだな」
真田は手塚が自分を見つけやすいように、改札を出てすぐの場所にある銅像の前に立った。
腕時計に目をやると、丁度約束の時間になっていた。駅のホームでは真田が乗ってきた電車とは逆方向の電車が停車し、大勢の乗客がホームへ降りているのが目に入った。あの中に手塚がいるかもしれない、そう思った真田は、期待に満ちた眼差しで改札を見る。
だが、多くの人が改札を通過していき、人の気配が薄くなっても、手塚が現れることはなかった。この電車ではなかったようだ。途端に気が抜けたように、真田の口からため息が漏れた。
一人で誰かを待つことがこれほど苦痛だとは思いもしなかった。特に、逢えることを楽しみにすればするほど、電車が駅に停車する度に期待が膨らんで、そして裏切られる。気持ちの落差が激しくて、普段滅多に揺れない真田の心のメーターがあっちにこっちにと振り回されてしまう。
腕時計の針は着実に時を刻んでいる。仁王立ちのようにして改札を睨んでいた真田も、部活の後と言う事もあって少し疲れが出てきた。ここから離れた場所に見えるベンチをちらりと見やる。座る場所はあるが、もし休んでいる間に手塚が来てしまったら、と思うと移動することも躊躇われた。
あまり遅刻をしたことがない手塚が、今日に限ってどうしたことだろう。約束を忘れたということはないだろうが、何かトラブルがあって来られないのではないかと心配になる。だが、携帯電話を持っていない真田が、手塚に連絡を取る術は無い。ただ待つしか無いのだ。
「手塚よ、早く来い」
小さく吐き捨てるように言った言葉は、僅かに不安が滲んでいた。
待ち合わせの時間から一時間が経過し、辺りはもうすっかり暗く、夜の景色になった。
もう手塚は来ないかもしれないと思い始めた真田が、ゆっくりとその場から動き出した。そして、最寄り駅までの切符を券売機で購入する。そのまま改札の傍へ近づいたものの、次の電車に乗っているのではないか、という期待が捨てきれず、改札に切符を通せない。
その時、アナウンスが流れた。東京都内の路線が人身事故のため運転を見合わせているという。その路線名を耳にした途端、ハッとした。手塚が使っていると言っていた路線と同じだったからだ。
きっと手塚も足止めを食らっているのだろう。それならばここに来られないのも仕方がないことだ。
理由が分かってすっきりした真田が改めて切符を改札に投入しようとしたその時、背後から誰かに腕を掴まれた。
「待て、真田。何処へ行く」
続いて背後から聞こえてきた声は、まさに真田が待ち焦がれていた男のものだった。驚いて切符を落としそうになるのを何とか耐えて、振り返ろうと首を右に向けた真田の目に、見たことのある毛髪が飛び込んできた。
「て、手塚!? お前、どうしてここに!?」
間に合った、と真田の手から切符を奪い取った手塚の呼吸が乱れている。よく見れば額に汗も滲んでいて、まるでテニスをした後のような様相だった。
「大丈夫なのか?」
「ああ、少し走ってきたから……もう大丈夫だ。それよりも時間に遅れてすまなかった」
「お前が使っていると言っていた路線が、運転を見合わせているとアナウンスが流れていたが、一体どうやってここへ来た?」
「少し離れた位置に別の路線の駅がある。遠回りになるが、来る事は出来る」
それで走ってきたのかと真田が言うと、手塚は一つ頷いた。
「危ないところだった。もう少し遅ければ、すれ違いになるところだった」
「ああ……俺はもう、今日はお前に逢えぬものだと」
「それで、帰ろうとしたのか」
手塚の手には真田が先ほど購入した切符がある。それを見て、待たせて済まなかった、と手塚が謝った。
「俺は今日、どうしても、お前に逢いたかった」
「手塚……」
「少し話をしないか、真田」
そう言われて、断る理由など何処にもない。真田は頷いて、二人は場所を移動した。
駅に近い場所にある、ごくごく小さな公園の、一つしかないベンチに並んで腰掛ける。遊ぶ子供もおらず、人気のないこの時間帯は格好の逢瀬の場だった。
手塚は横にある真田の腕を再び掴んだ。真田は振り払いこそしないが、不思議そうな表情を浮かべて、
「何故腕を掴むのだ」
と尋ねる。すると手塚は、当たり前だというような表情で、こう言った。
「お前が一人で先に帰らないようにだ」
思わぬ回答だったが、真田はあくまでも真剣に返す。
「まだ帰らんぞ。お前が来たからな」
「そうか。だが、このままお前に触れていても、いいだろうか」
手塚が少しだけ手に力を込めたのが分かった。真田はそれに気付かない振りをして、ああ、と頷く。そして、自分の腕を握る手塚の手に視線を落とした。
骨張った、細い指。普段はラケットを握り、あのショットを生み出している手が、今は自分の腕を握っている。その事に気付いた真田は、心の奥にじわりと得体の知れない感情が湧き上がるのを感じた。
だが、今の真田は、その感情に名を付けることは出来なかった。
それから二人は、他愛ない話をぽつりぽつりと交わした。学校での事、テニスの事、家の事。会話というよりは、一方が話してもう一方が相槌を打つというような形だったが、二人にとってはそれで良かった。
そうこうしているうちに、二人の時間が終わりに近づいてきた。まだ中学生である二人は夜遅くまで外出しているわけにはいかない。家族が心配しない程度の時間に、家に帰り着かなければ。
「手塚、そろそろ」
帰らねばならない時間だ。真田がそう言うと、手塚の表情が一瞬、曇った。それを見た真田は、手塚がこの時の終わりを惜しんでくれている事が分かった。これが電話や手紙などの言葉だけであったとしたら、きっと分からない。
自分の腕を掴む手塚の手に、もう一方の手を重ねた。
「手塚、別れが惜しい気持ちは俺も同じだ」
「真田、また逢えるか」
「ああ、もちろんだ」
ずっと掴まれたままだった真田の腕から、手塚の手がようやく離れていった。残ったのは、手塚の体温で、真田はそれを守るように、同じ場所に自分の手を当てる。
「今日はすまなかった」
「もういい。それに、手塚の所為ではないのだから、謝るな」
「そうではない。もう一つ、俺はお前に謝らなければならないことがある」
「何だ?」
「お前への贈り物を、部室に置いてきてしまった」
贈り物。その言葉を聞いて、どくんと真田の鼓動が大きく跳ねた。
先にベンチから立ち上がった手塚が、真田の正面に立った。
「真田、誕生日おめでとう」
真田は驚きのあまり、口をあんぐりと開けて手塚の顔を見るしかなかった。手塚の口から出た言葉こそ、真田が今日一番聞きたかった言葉だった。だが。
「お前、今日が俺の誕生日だと言う事を知っていたのか?」
「当たり前だ。好きな人の誕生日だぞ」
だから今日逢おうと誘ったのだ。そう手塚は言うが、真田は全く気付いていなかった。むしろ偶然だとばかり思っていたのだ。
「そ、そんなそぶり一つも見せていなかったではないか!」
「言わなかったか?」
「聞いていないぞ。それに……俺はお前の誕生日を知らん」
申し訳なさそうに言う真田に、手塚は鞄からメモを取り出し、何やら書いて真田に差し出した。
「俺は十月七日だ。覚えておいてくれるか」
「わかった」
受け取ったメモを、制服のポケットから取り出した生徒手帳に挟む。後でカレンダーに書き写さねば、と考えながら。
その間に、手塚は己の制服からボタンを一つ取ると、真田に向かってへ差し出した。
「これはなんだ?」
「制服の第二ボタンだ。今日はこれくらいしかお前に渡せるものがない。用意した贈り物は、別の機会に渡そう」
「馬鹿を言え。いらんぞ、お前のボタンなぞ。それに手塚、明日からボタン無しでどうするつもりだ」
手塚は、うむ、と少し考え込むようなそぶりを見せた。だがすぐに顔を上げて、
「それならば、今度逢った時に、返してくれれば良い。学校で訊かれたら、貸していると言えばいいだろう」
「俺に預かれということか」
「ああ。それを返してもらう事を口実に、お前と逢う約束が出来るだろう?」
「そんな回りくどいことをせずともよいだろうに」
「理由が必要だろう。俺とお前には」
同じ学校の同級生でもない、同じ部活でもない、むしろ他校のライバルとしての関係しかない二人が、こうして二人きりでの逢瀬を重ねるための理由が必要だと、手塚は言った。
逢う理由が欲しいのは真田も同じだ。手塚と「お付き合い」をしていることは、まだ誰にも言っていない。もし、ライバル校の部長である手塚と、立海の副部長である真田が二人でいるところを誰かに見られた場合、理由を説明できないのでは困るなとは思っていた。
「では、預かろう」
「よろしく頼む」
傍から見ればおかしなやり取りだったが、二人は真剣そのもので、真田はハンカチを取り出して、手塚から受け取ったボタンをそっとくるむと、鞄の奥へと仕舞った。
「まるで宝物か何かのようだな」
「まあ、間違いではないな。預かりものは大切にせねばならない」
「そうか」
それは嬉しい、と、手塚が微かな笑みを浮かべて言った。
その顔があまりに穏やかで美しく見えて、真田は一瞬視線を奪われる。そして、何故か衝動的に、腰を上げて前に立つ手塚の唇に、己の唇を重ねていた。どうしてそのような行動をとったのかは自分でも分からないが、突然強く、そうしたいと思ったのだ。
わずか一秒にも満たない、微かに触れただけの口づけだった。
「真田?」
手塚に呼ばれて、はっと我に返った真田は、とんでもないことをしてしまったのではないかということに気づいた。そして、そのような行動に出てしまった自分にも驚く。
「す、すまない! 今のは」
恥ずかしさの所為で、真田の顔がみるみる赤く、熱くなっていく。まともに手塚の顔を見ることが出来ず、俯いたまま、己の手に視線を向けた。
「今のは何だ」
「今のは……そう、接吻だ! 前にテレビで見たことがあるぞ!」
「それくらい俺にも分かる。だが、今のは……正直、驚いた。お前からしてくるとは、思いもしなかった」
真田、と手塚に名前を呼ばれたが、顔を上げることが出来ない。
すると、手塚が真田の顔を覗き込んできた。そして、真田の唇を指でなぞる。
「俺もしてもいいだろうか」
「な、何をだ!?」
手塚は真田の答えを聞かず、己の唇を真田のそれに重ねた。今度はしっかりと重ねられた唇からは、じわりとした温さが伝わってきた。得体のしれない感触に恐怖を感じ、咄嗟に逃れようと首を動かした真田だったが、いつの間にか手塚の手が真田の後頭部に回されていた。固定された状態では逃げることが出来ない。
手塚のキスは、真田がしたものとは、全く異なるものだった。
酸欠で意識が遠のきそうになるくらいまで、互いの唇の感触を堪能して、ようやく解放された。はあはあと肩で息をしながら、真田が手塚を見ると、手塚は涼しい顔だ。
「貴様、一体何を」
「キスだ。お前が俺にしたのと同じものだろう?」
「これが!? 本来はこんなにも苦しいものなのか……」
「鼻で呼吸をすればいい」
「そ、そうなのか?」
「そうだ。そうすればもっと長い間、口づけていられる」
練習をしてみるかと言われて、思わず頷いてしまいそうになったが、寸での所で思いとどまった。
「いや、待て手塚。俺たちはこのようなことをしてもいいのだろうか」
「もともとはお前が仕掛けてきたことだろう。俺はもう少し待つつもりでいたのだが」
こうなっては仕方が無いと、手塚がため息を吐く。だが、真田は手塚の言葉に引っかかりを覚えた。
「ちょっと待て。待つつもりでいた、とはどういうことだ。お前は、前から俺と、その、接吻をしたいと思っていたというのか!?」
「そうだが、何かおかしいことがあるか?」
手塚の答えに、真田はショックを受けた。隣にいて、話をしているだけで楽しいと思っていたのは自分だけだったのか、手塚はもっとよこしまな思いを抱えていたというのか、などと、これまでの楽しかった日々が信じられなくなってくる。
「真田?」
どうしたんだ、と真田の肩に触れようとした手塚の手を咄嗟に振り払う。手塚は驚いた表情で、真田を見た。
「ええい、近寄るな!」
「真田、何を怒っている」
「俺は、俺は……俺自身が信じられないのだ。せ、せ、接吻など、俺たち中学生がしていいものではないと……なのに、俺は自らお前に……どうすればいい!?」
「真田、落ち着け。俺たちは付き合っているんだろう。ならば、そう思うことは自然なことではないだろうか。そもそもお前は、どういうつもりで俺と付き合うことを承諾したんだ?」
「……お前のことは好きだ。その気持ちに偽りはない。だが、このようなことは、俺たちには時期尚早だと思っていた」
それが、まさか自分から仕掛けることになろうとは。自分の本能が起こしたであろう行動に、真田は戸惑っていた。
手塚はもう一度、落ち着け、と言って、ベンチに座るように促す。そして自分も真田の隣に腰を下ろした。
「真田。俺たちは俺たちのペースで物事を進めていけばいいのではないだろうか。だから、別に悪いことではないと俺は思っている」
「そのようなものだろうか……」
「俺は、お前が俺に対して、キスをしてもいいと思ってくれたことが嬉しい。それだけ俺を好いてくれているということだろう? 俺は真田のことが好きで、こうして触れていたいと思うし、キスをしたいとも思っていた」
手塚は再び、真田の手を取り、自分の手を重ねて指を絡ませた。これは不快かと問われて、真田は首を横に振る。
「嫌ではない。むしろ、心地良いとすら思う」
「そうか」
手塚が詰めていた息を吐き出した。そして、また振り払われるかと思ったと、安堵の表情を浮かべる。
「それでも、キスが俺たちにはまだ早いと思うのならば、もうしない。お前が、してもいいと思うまでは」
「手塚……お前、それでいいのか? お前はしたいと思っているのだろう?」
「それはそうだが、嫌がるお前に無理強いはしたくない」
手塚はそっと、絡ませていた指を解いて真田の手を放す。そして、再び椅子から立ち上がると、駅に戻ろうと言った。
「そろそろ帰らねば、遅くなってしまう。家ではお前のことをご家族が待っているだろう」
その言葉に、真田はハッとした。今日は母が真田の好物を作って待っていると朝言っていたことを思い出したのだ。
「そうだった。あまり待たせては、母上に申し訳がない」
「この話の続きは、そのボタンを返してもらう時にしよう」
「分かった。考えておく」
真田もベンチから立ち上がる。二人は並んで、駅へと向かった。その道中、始終無言のまま。
改札前で、そうだと手塚が切符を真田に渡した。
「すまない、返していなかったな」
「ああ、そうだったな……」
差し出されたそれを受け取ろうとして、少し躊躇った。切符を受け取ってしまえば、帰らざるを得なくなる。もちろん帰らなければならないのだが、もやもやとした気持ちを抱えたまま手塚と別れるのは初めてだったから、どうしても後ろ髪を引かれる思いがする。
「手塚」
「なんだ、真田」
「今日はいろいろと、すまなかった」
「お前が謝ることなどなかったと思うが?」
「その、お前の手を振り払ったり、いろいろとな」
手塚は首を横に振り、構わないと言ってくれた。今日はその言葉に甘えてしまうことにして、真田はありがとう、と頭を下げる。
「それではな」
「ああ。またな」
別の駅から戻るという手塚とは、ここでお別れだ。名残惜しさを振り切って、真田は切符を改札に通すと、一人ホームへと向かった。
***
家で好物ばかりが並ぶ食事に舌鼓を打ち、疲れた身体を風呂で癒やした真田は、布団に転がり天井を見上げていた。
今日の放課後から家に帰るまでの数時間がまるで夢のようで信じられない。だが、手塚の唇の感触は、何故かはっきりと思い出せた。
そっと、自分の唇に触れる。手塚が最初に、真田に触れた時のように。
今は乾いてかさついているだけの唇が、あの時は違っていたように思う。それが何故かは真田には分からない。手塚は、その理由を知っているだろうか。
無性に、手塚と話がしたいと思った。だが、電話を掛けるには遅すぎる時間だ。普段は不要だと思う携帯電話も、こんな時は持っていたら、と考えてしまう。
今度はいつ逢えるだろう。制服のボタンを返すと言う口実で、約束を取り付けなければ。預かったボタンは鞄の奧に仕舞ったまま、その日を待つことになるだろう。
「とんだ誕生日だったな……」
だが、望んでいた事は叶えられた。手塚と同じ時を過ごし、おめでとうと言って貰えた。元々は、それが真田の望んだことだったのだから。
その時、手塚から渡されたメモ用紙の事を思い出した。身体を起こし、制服のポケットから生徒手帳を取り出すと、そのメモ用紙はちゃんと挟まっていた。
メモ用紙をつまみ上げ、そこに書かれた日付を確認する。そして、部屋に掛けてあるカレンダーを捲ると、その日付に丸印を付けた。
五月二十一日に初めて口づけを交わした二人は、十月七日には一体どのような関係になっているのだろう。その頃には中学最後の全国大会も終わっているはずだ。
半年先の事など、想像すら出来ない。だが、手塚への気持ちは変わっていないと、自信を持って言える。
歳を重ねたと同時に、一つ大人への階段を上ることとなった真田は、丸が書かれたカレンダーを満足げに眺めて、そしてメモ用紙を再び生徒手帳に挟むと、部屋の明かりを消して、今度はしっかりと布団の中へと潜り込んだ。
2015/05/21 up