083:雨垂れ(テニスの王子様 手塚×真田)



 チャイムが鳴ると同時に手塚が扉を開けると、そこには驚いた表情の真田が立っていた。
「どうした」
「いや、ドアが開くのが思いの外早かったのでな……」
 そう言う真田の手には濡れた傘が下がっている。降ってきたのかと手塚が訊ねれば、ああ、と真田が頷いた。
「家を出たときはまだ持ちそうだと思ったのだが、途中で降ってきた。これではテニスは出来そうに無いな」
「そうだな……せっかく来たのだから、入ってはどうだ」
「うむ、邪魔するぞ」
 狭いワンルームマンションに大の大人が二人立てば途端に狭苦しく感じる。床に置かれた小さなテーブルを間に挟んで二人は床に座り込んだ。
「手塚、お前もう少し広い部屋に引っ越してはどうだ」
「いや、この部屋を使うのは帰国した時だけだから、これ以上の部屋は俺には必要ない」
 眠れれば良いのだという手塚に、真田はそうだな、と苦笑した。
 中学生のうちから単身ドイツへと渡り、何度か故障による苦労も経験しながら、それでも手塚は今でもプロのテニスプレイヤーとして活躍していた。
 海外に拠点をもつ手塚が日本へ戻ってくることは少ない。それでも、この小さな部屋を手放そうとしないのは、ひとえに真田のためだった。
 ここに戻ってくれば、真田が来てくれる。それを真田も分かっていて、手塚が帰国すれば必ずこの部屋を訪れた。
 必要最低限の生活用品しか置かれていない部屋は、まるでホテルの一室のようだ。何度も来ているはずなのに、真田にはどうしてもここが「手塚の部屋」だとは思えなかった。
「真田」
 名前を呼ばれて、真田は手塚の方を見た。眼鏡の奥の瞳が僅かに細められる。それでもう何を欲しているのか分かるくらいには、二人の付き合いは長い。
「焦るな、馬鹿者」
「お前がドイツに来てくれれば済む話だ」
「……お前、俺にはそれが出来ないと知っているくせに。懲りないやつだな」
「会うたびに言うぞ、俺は」
 手塚の手が伸び、真田の手を掴んだ。真田はもう抵抗すること無く手塚に近づくと、その肩にあごを乗せて、背中を撫でる。
「分かっている」
 空から雨が降ってきた時点で、俺たちがすることは決まっていたのだ。真田がそう言うと、手塚は満足そうに頷いた。

***

 互いの昂ぶりを口で慰め合い、苦い液体を嚥下してすぐのこと。
 固く閉じられた中への入り口に指を這わせて、手塚は良かったと呟く。
「何がだ」
 一糸まとわぬ姿になった真田が、足下にいる手塚を睨む。
「お前が浮気をしていないかと、いつも心配しているのだが」
「たわけ。誰が好きこのんでお前以外の男に抱かれようと思うか」
「……真田。お前もう少し考えて発言してはどうだ。まさか俺以外でも誰彼構わずそんなことを言っているのではないだろうな」
「言うわけがなかろう!」
 逢うたびに、二人の間では同じ会話が繰り広げられる。普段は何事にもとことん無頓着なくせに、嫉妬は人並み以上だと真田はため息と共に不満を漏らす。
 だが、手塚は平然とした様子で、真田のそこをするりと撫でた。
「俺が執着するのは、テニスで勝利すること以外では、お前だけだ」
 ボトルから取り出した粘度の高い液体を指先に絡めて、そこをゆっくりとほぐしていく手塚に、真田は翻弄される。初めは僅かな痛みと違和感しか覚えなかったそこが、徐々に熱を持ち、手塚によって広げられていく。
 間は空いているが、既に数え切れないほど侵入を許してきたそこは、すぐに思い出したように指の動きから快感を拾い始めた。中を犯す指が二本、三本と増えていくほどに真田の呼吸が荒くなっていく。
 既に一度達したはずの下半身は再び頭を持ち上げ、先端から透明な液体を滲ませている。直接的な刺激が欲しくて無意識に手を伸ばそうとする真田を、手塚の手が遮った。どうしてだと目で訴えれば、返事の代わりにその先端が手塚の口に含まれる。先ほど同じ刺激を受けたそこは、過敏に反応を返した。
 ざらりとした感触にぞわりと背筋にむず痒いものが走る。手塚が舌を動かす度、あ、と短い喘ぎが真田の口から零れていく。
 そのうち、中を侵食していた指が引き抜かれ、代わりに手塚自身があてがわれる。ローションが助けてはくれるが、それでも引き攣れる痛みが僅かに真田を現実に引き戻す。
「くっ……」
「真田、力を抜け」
「む、無理だっ……!これ以上は」
 もう無理だと首を横に振ると、手塚が昂ぶった真田の下半身を手で包んだ。思わぬ刺激に高い声が漏れて、羞恥で顔が真っ赤になる。もう数え切れないくらい身体をつなげているのだから、今更と言われるかも知れないが、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「入ったぞ」
「い、言わんでもいい、そんなこと」
「真田」
 顔を背けると、手塚が真田の両手を取って自分の方へと引き寄せる。その自分を掴む腕を見ながら、プロになっても相変わらず細い腕だなどと考えているうちに、ベッドの上に横たわっていた真田の身体は起き上がり、手塚の上に座っているような格好になっていた。
「この方がお前の顔がよく見える」
「馬鹿者……」
 どちらからともなく唇を重ねる。その感触はずいぶん昔に初めて唇を重ねた時と何も変わっていなかった。
 手塚が突き上げるように律動を開始する。その動きに合わせて下半身に血流が集まっていくのを感じながら、真田は手塚の肩に口づけを落とすと、そのまま強く吸い上げる。自身も快感を追うことに一生懸命になっている手塚は、真田の行動に気が付いているのかいないのか、特に止める様子もなかった。
 真田のペニスが手塚の腹に擦れて水音を立てている。より快感を得ようと、真田は手塚の背中に手を回して身体を密着させた。互いに汗が滲んだ肌が吸い付くようにくっつき、相手の熱が直接伝わってくる距離に、どこか安心するのは、普段離れて暮らしているからだろうか。
「真田……さな、だ」
「手塚、手塚ぁっ!」
 手塚の手が伸びてきて、真田の髪を掴むとやや強引に口づけられた。荒い呼吸の合間を縫って何度も唇を重ねると、汗なのか唾液なのか分からない液体でぐちゃぐちゃだ。身体も汗と混じり合った真田の先走りがあちこちに付着して滑っている。
 どくん、と手塚のそれが真田の中で大きく脈打つ。と同時に、熱い液体が中に放たれるのを感じた。その快感に耐えるように真田が手塚を抱きしめる。密着した身体に挟まれた真田自身も、堪えきれずに液体を吐き出した。
 手塚は自分の耳元で呼吸を乱している真田の背中を撫でた。途端、真田が顔を上げて手塚を睨む。
「き、きさま、俺が、そこが弱いことを、知っている、くせに」
「何の事だ」
 一度達した後は身体中が敏感になっているのか、真田はことさら背中を触られる事を嫌がった。だがそれが、快感を感じている事を悟られたくないが為の拒絶だったことを知ってからは、手塚は敢えて背中に手を這わせる。
「くっ……あ、はっ……」
 唇を噛みしめて声が漏れるのを堪えようとする真田の口元に、背中を撫でているのとは逆の指を近づけると、僅かな隙間に挿し入れる。
「声を我慢しなくてもいいんだぞ」
「誰の、所為だと……!!」
 手塚の手はプロテニスプレイヤーの手、噛んで怪我などさせるわけにはいかないと、真田は口が閉じられなくなった。その間にも指は真田が噛んでいた唇を掠め、そのまま口内のに侵入し粘膜を撫でながら舌へ到達する。奥の方に引っ込んでいた舌をむに、と押せば、まるで生き物のように動いて手塚の指を舐め回してきた。
 触れる背中が小刻みに震えている。浮き出た背骨をなぞるようにゆっくりと手を上下していると、いつの間にか真田の下半身が再び硬くなりはじめていた。かくいう手塚も、真田の中に入ったままだ。
「もう一度してもいいか?」
「俺に訊くなっ!」
「だが、断りを入れねばお前はうるさい」
 後で文句を言われるのはごめんだという手塚をにらみつけた真田だったが、頬が赤く上気した顔では全く効果が無いどころか、余計に手塚の欲望を煽る結果となった事を、真田はこの後嫌と言うほど思い知らされることとなった。


***


「真田?」
 狭いユニットバスから身体を洗い終えた手塚が出ると、先にシャワーを浴びた真田がベランダへと続く窓の傍に立って外を見ていた。
 手塚はエアコンのスイッチを入れた。先ほどは行為に夢中で気が付かなかったが、室内にはまだなお情事の余韻を残すむっとした熱気がこもっている。
「どうしたんだ」
 近寄り、並んで同じ方向を見つめる。外では真田が来たとき以上に強くなった雨が降り続いていた。空は厚い灰色の雲に覆われていて、辺りは昼間とは思えないほど薄暗くなっている。
 ベランダの上からは、絶え間なく水滴がぽたぽたと落ちて、コンクリートの上に水たまりを作っていた。
「いや、晴れそうにないなと思ってな」
「今日は他に予定でもあるのか」
「いや、特に無いが」
「それならば」
 真田の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せる。シャワーから出てきたばかりの手塚はもちろんのこと、真田の身体もまだ火照っていた。すぐに汗が噴き出し、真田が暑い、と文句を言う。
「もう少しここにいてくれ」
「……言われずとも、そのつもりだ。それに、このひどい雨では帰りたくても帰れん」
「そうか」
 それなら良かったと表情を緩める手塚に、真田もまた微笑んだ。
 一秒でも長く一緒にいたいと思う気持ちは同じ、そういうことだ。