069:片足(テニスの王子様 手塚×真田)



 手塚にとって、真田と二人きりで周りの視線を気にすること無く逢える機会はそう多くなく、今日の昼から明日の昼過ぎまでがその貴重な機会だった。祖父は昔からの同期達と同窓会を兼ねた温泉旅行、母と父は商店街のくじ引きか何かで引き当てた旅行券でこれまた別の温泉へと出かけていった。明日の昼過ぎには真田の分の土産も持って帰ってくるだろう。
 そう、両親は真田が今日家に来ている事を知っている。もちろん二人の本当の関係は知るはずも無いが。




 手塚の母が作っておいてくれた食事を二人で食べて、交互に風呂に入り、手塚が録画したというウィンブルドンの試合を見ていると、いつの間にか時間は十時を過ぎようとしていた。
 試合が終わったと同時に、真田の口からあくびが漏れる。決して見ていた試合がつまらないものだったということはなく、単に普段の就寝時間に近づいていることから起きた生理現象だ。
「真田?」
「すまない」
 もう一試合あるが、どうすると手塚が訊ねると、真田は少し迷っている様子を見せた。今晩泊まりに来るにあたって、真田が毎日欠かさずしているトレーニングについて訊ねた事を思い出す。その時は、手塚の家に来てまで朝四時に起床するつもりはないと言っていたが、だらだらと夜更かしをすることで、普段の規則正しい生活のリズムが崩れることを危惧しているのだろう。手塚も休日だからといって起床時間を変えたりすることはしないため、真田の気持ちがよく分かる。
 だが、家族が全員留守にしており、真田と二人きりというこの状況で、仲良く布団を並べて寝るようなことはしたくなかった。これまで人目を忍ぶように逢瀬を重ねてきた二人にとって、今日のように誰の視線も気にすることなく過ごせる時間は貴重だ。
「残りは明日見ることにしよう」
「分かった」
 真田からの了承を得て、手塚はレコーダーのスイッチを切った。途端に部屋が静かになる。歯を磨いてくる、と真田が立ち上がったのに合わせて手塚も立ち上がると、部屋を出て行こうとする背中に声を掛けた。
「真田」
「ん?何だ?」
 手塚の声に反応して真田が一瞬動きを止めたのを良いことに、すぐに後ろからその広い背中に抱きついた。突然背中に寄りかかられた真田は僅かに身じろぎ、何事だと手塚を詰る。
「セックスがしたい。お前と」
 つぶやきのようなその要望を聞いて、真田はため息を吐く。手塚はいつもこうだ。前後の話や雰囲気など全く関係なく、突然自分の要望を直接的に伝えてくる。最初は面食らった真田だったが、それが何度か続いた所で、これが手塚流の「誘い方」なのだとようやく気が付いた。
「……分かった。分かったから離せ」
 動けん。そう言われて、手塚は素直に真田に巻き付いていた手を解くと、少しだけ身体を離す。真田はきびすを返して手塚の方へ向き直った。その頬に微かに赤みが差しているのは、手塚の目の錯覚ではないだろう。
 顔を伏せている真田の唇に自分のそれを重ねる。最初は触れるだけ、次は少しだけ長く、そして三度目に舌で相手の唇を割る。口内へ侵入した手塚の舌は、奥の方へ引っ込んでしまった真田の舌を見つけ出すと、引き出すように絡め取る。
 そうして暫く遊んでいると、鼻に掛かった声が聞こえた。真田はあまり長いキスをすると上手く呼吸が出来ないのだ。絡めた舌を解いて唇を離すと、涙で潤んだ目で睨まれた。
「おまえはっ……!いつも、やり過ぎだと……!」
「すまない」
 面白かったからと言えば今からでも拒否されかねないので、手塚はそれ以上何も言わなかった。代わりにベッドへ行こうと左手で真田の手を掴み、部屋の奥へと引っ張っていく。真田はその手を振り払わない。手塚の利き腕だと知っているからだ。
 真田が先に座り、手塚がその前に立つ。互いに服を脱いで素肌を空気に晒す。真田の下半身は既に硬くなっており、下着の中からでもその存在がはっきりと現れていた。それを見て手塚が微かに笑った。
「お前もしっかり硬くなっている」
「み、見るな、馬鹿者」
「それは無理だ。それとも、触らない方が良いのならそうするが」
 するりとそれを布越しに撫でるように手を動かせば、びくりと身体が震える。恨みがましい目で睨まれたので、今度は掠めるような距離で手を動かした。決して触れないように何度か繰り返せば、その度に震えて下着の下から存在を主張する。
「手塚、早く」
 耐えかねた真田が僅かに腰を揺らめかせる。早く直接触れて欲しいと、言葉はなくても全身で訴えていた。もう少し反応を楽しみたかったのだが、あまり我慢をさせて今後の付き合いを考えなおされては困る。
 手塚は真田の下着を下ろすと、既に先走りが滲んでいる下肢を両手で包み込んだ。と同時に真田の身体がはねる。直接的な刺激を待ち望んでいたのだろう、ふっ、と甘い声が漏れた。
「真田」
 乗りかかるようにして真田をベッドの上に押し倒す。その上に自分の身体を覆い被せるようにして、手塚は自分の下肢と真田の硬くなっているそれとを同時に握った。熱同士がぶつかり、どちらのものともつかない先走りが絡んでぴちゃぴちゃと卑猥な音を立てる。
「くっ……あ、ううっ……」
「真田、真田っ……!」
 直接の刺激に耐えきれなくなった真田が先に果て、その後すぐに手塚もまた限界を迎えた。二人の精が混ざって真田の腹に落ちる。肩で息をしながら真田の表情を見れば、ぎゅっと目を固く閉じて、眉間に皺まで寄っている。快感に流されそうになるのを必死で堪えているような、そんな表情だ。
 ベッドに横たわった真田の足を割り裂いて、固く閉じられたままのそこをそっと撫でる。腹に溜まった精液の助けを借りて、手塚は指を差し入れた。
 一瞬、真田の身体が強ばったのが分かった。だがすぐに弛緩して、入り口が少しだけ緩む。
「気持ちいいのか?」
「っ、……そんな、ことを……聞くな……っあ、ああっ!」
 指で内側の粘膜を擦り上げると、悲鳴のような声が漏れた。普段は絶対に聞くことの出来ない真田の声に、手塚の背筋がぞくりと粟だった。再び下半身に血液が集まり始め、硬くなっていく。
 指を一本から二本、三本と増やしていき、抵抗が弱くなった所で、手塚自身を挿し入れた。指とは比べものにならないくらいの質量に身体が驚いたのか、拒むように入り口をきつく締め付けてくる。
「っ、真田。動けない」
 文句を言うが、そこが緩む気配は一向に無く、真田はぜいぜいと中の熱を外に逃がすかのように浅い呼吸を繰り返していた。
「はあっ、はあっ、はあ、はっ……くっ」
 それでも身体は快感を感じているのか、真田のものも再び硬さを取り戻して、先端から透明な液体が玉を作っていた。その玉を潰すようにぐり、と指で強く押せば、真田の背中が大きく反り返る。その隙に全てを中へと納めた。
 一度最奧まで挿れてしまえば、後は快感を追いかけていくだけだ。深く埋め込んだ目の前であえぐ真田の前髪を掻き上げて額に口づけを落とした時、真田が顔をしかめた。そして、
「お前の、口づけは、冷たい」
 何のことかと首をかしげると、横から真田の手が伸びてきて、手塚の顔に掛かっている眼鏡を外してしまった。途端に視界がぼやけ、直ぐ近くにいるはずの真田の表情すらはっきり見えなくなる。
「眼鏡を返せ」
「駄目だ」
「真田、返せ」
「返さん」
 不毛なやり取りを二度三度繰り返すうちに、手塚は我慢できなくなって腰を動かし始めた。真田の顔が見えないのは面白くないが、それならば顔が見えない分盛大に鳴いてもらおうといつもより強く打ち付ける。
 眼鏡を取られて視界がぼやけていたのと、額から流れた汗が目に入ってしまい、少し目を閉じていた所為で、真田の両腕が自分に迫っている事に気づくことが出来ず、気づいた頃にはぐいと強く引き寄せられ、真田の顔がすぐ側にあった。
「!?何をする……」
 真田、と名前を呼ぼうとした口は真田の唇によって塞がれた。唾液が零れるのもお構いなしにひたすら互いの唇をむさぼる。倒れ込んだ手塚の身体に圧迫された真田のものが腹の下で小刻みに震えてるのが分かった。限界が近いのだろう。
「て、づか……っ、あっ」
 真田の舌がちろりと手塚の唇を舐めた。こんな些細な行動が手塚を煽っていることを、真田は知っているのだろうか。
「真田」
 好きだ。何度もそう言って、腰を深く打ち付けた。腹の下で真田の下肢がはじけたのを感じながら、手塚もまた真田の中に吐き出していた。





 喉の渇きを覚えて目を覚ました手塚は、漆黒の暗闇の中をゆっくり歩いて行く。足音を立てて、眠っている真田を起こさぬように。手探りで廊下へ繋がる扉を探り当てると、これまたそっとドアノブを回して扉を開けた。室内の湿った熱が外に逃げていき、代わりに冷たい空気が流れ込んでくる。
 部屋を出ようとした時に、ふと真田の方を見たら、だらりと脱力しきった足が片方だけ布団からはみ出しているのが見えた。
 足の持ち主は未だ眠りの中におり、目を覚ます気配は無い。隣に眠っていた手塚が身体を動かしてもそうなのだから、案外こんな所は鈍感なのだなと、変なところで感心した。
 まだ夜明けにはほど遠い。風邪を引かれては困るから、戻ったら真田の足を布団の中に戻しておこうと考えながら、手塚は階下のキッチンを目指した。