060:轍(テニスの王子様 手塚×真田)



 元々、長い滞在ではない事は知らされていた。プロテニスプレイヤーとなり、世間の注目を集める手塚には、日本でやるべき仕事は山のようにある。雑誌のインタビュー、CMやポスターの撮影、新たなスポンサーとの契約、親善試合。まさに分刻みのスケジュールの中で、自分と顔を合わせる時間など取れるはずもないと、最初から諦めていた。
 手塚が一時帰国している旨を告げる報道は、毎日の様にテレビから流れていた。
「手塚国光って、今帰国してるんだってな」
 昼休み。混雑する社員食堂で真田が昼食を取っていた時の事。設置されたテレビから流れるニュースを見ながら、同じ仕事をしている先輩社員がそう呟く。もちろん知っていたが、当たり障りのないように、そうなんですか、と答えた。先輩社員は視線をテレビの方へ向けたまま、話を続ける。
「真田って、学生時代はテニスやってたんだろ?」
「……ええ、まあ」
「手塚とお前って確か同い年じゃなかったっけ? 会ったこととかないの?」
 先輩からの質問に、どう答えるべきか少しだけ悩んだ。中学時代、ライバルとして全国大会で戦い、勝ったことがある事。同時期に日本代表の合宿に招集されたこと。その他、諸々。接点がないと言えば嘘になるが、あまり細かく説明して、それ以上の事を追及されては困る。
「……中学時代に同じ大会に出たことならあります」
「へえ。すごいなあ。強かったんだろうな、その頃から」
 真田が無難な答えをはじき出した頃には、テレビ画面に映る映像は手塚の話題から別のニュースへと移っていた。それと同時に先輩の興味も逸れたようで、それ以上何か尋ねられることはなかった。当たり障りのないところで会話を終えた事に胸をなで下ろしながら、真田はポケットに入れた携帯電話に手を伸ばし、着信を確認する。
 手塚からの連絡は何もなかった。今回は真田に会う時間が取れないのかもしれない。だがそれならそうと、一言入れてくれれば、と思ってしまうのは、身勝手な事だろうか。
 忙しいことは分かっているから、此方から連絡するのも気が引ける。黙って待つのも性に合わないのだが、こればかりは仕方がないと、ここ数年で諦めがつくようにもなっていた。
 真田は相変わらずうんともすんとも言わない携帯電話を仕舞うと、皿の上に残っていた食事を一気に掻き込んで、席を立った。



 帰宅してテレビの電源を入れると、丁度手塚の親善試合が始まるところだった。今日はモニター越しによく手塚を見かける日だなと思いながら、帰宅途中で調達してきた食事をテーブルに並べた。
 着信があればすぐに気付くよう、携帯電話は目の届く場所に置いてある。よく考えれば当の本人は目の前で試合をしているのだから、真田に連絡をしてくるはずがない事に気付くはずだが、今の真田には、そんな事に思い至る余裕すらなかった。食事をしている間も、ちらりと携帯電話に視線を向け、動きがないことを確認して内心ため息を吐く。
 テレビの中の手塚は、普段の試合とは違って、楽しそうにテニスをしている。ランキングが掛かる試合と違って、相手は格下の選手だから、本気を出せば何の面白みもなく試合が終わることは手塚も分かっているのだろう。
 他の人はどう思っているか知らないが、真田にしてみればお遊びのようなテニスにしか見えない。ウォームアップの代わりに真田と軽く打ち合う時のような、真剣味に欠ける空気が漂っているように真田には見えた。
 下らない、と一笑してしまえばそれまでだが、テレビを消す気にはならなかった。真田が食事を終えた後も、試合は続いている。ソファーに座って手塚の姿を目で追っていたその時、手塚が額に滲んだ汗を、ラケットを持ったままぐい、と左腕で拭った。
 その光景を見た瞬間、どくん、と真田の身体が大きく脈打った気がした。
 汗で濡れそぼった肌に、照明の明かりが反射して光る。細いながら、筋肉の付いた手塚の腕を見ている内に、自然と溢れた唾液を大きく飲み込む。
 あの腕が自分を抱いたのは、もう何ヶ月前の事だったかと思い返したその時、真田は手塚に欲情している事に気付いた。股間にある自身の雄は存在を主張し始め、下着の中で苦しそうにその身を尖らせる。
 最早試合の内容など頭に入ってこなかった。瞼を閉じれば、数ヶ月前の手塚の姿が脳裏に蘇る。
「……手塚……」
 その時の情事を思い返しながら、自分の身体に触れる。ズボンを脱ぎ捨て、下着から取り出したそれは硬くなって先端から液体を滲ませている。液体を全体に広げるようにして扱きながら、夢中になって快感を追い求めた。
 このところ仕事が忙しいことを理由に、まともに処理していなかった身体は、あっという間に絶頂を迎える。先端を覆った手のひらの中にどくどくと欲を吐き出していると、わあっとテレビから歓声が聞こえてきた。試合が決まったらしいことはアナウンスで分かる。だが、敢えてテレビの方は見なかった。いや、見られなかったと言う方が正しい。
 乱れていた呼吸が落ちついたところで、ようやくテレビに目を向けた。試合は予定通り手塚の勝利で終わったようだ。インタビューボードの前に立った手塚の顔が大写しになる。
 手塚の顔を見た瞬間、一度は落ちついたはずの欲望が再びわき上がる。身体はまだ満足していないのか、自分では届かぬ奧がちりちりと疼いて、刺激が与えられるのを待っている。抱かれることに慣れてしまった身体は、一度射精した程度では収まらなくなっていた。
 だが、真田を満足させてくれる男は、今ここにいない。モニターの向こうでインタビューを受けているのだから。
 何とか欲求を押さえ込もうと、指で後ろを探ってみるが、欲しいところには届かない。仕方なくもう一度性器を刺激して身体の疼きを忘れようとした。
「はぁ、あ、て、手塚……」
 二度目の絶頂が訪れた時もまだ、手塚はインタビューを受けていた。
 今日の試合に対するコメントを求められている手塚を横目で見ながら、先端を覆った手のひら一杯に吐き出された精液をティッシュで拭っている内に、惨めさから泣きたいような気持ちになってくる。
「俺は、何をしているのだろうな……」
 プロテニスプレイヤーとして世界を相手に戦う恋人の姿をおかずに性欲を処理してしまった自分が酷く下品な存在のように思えて、真田は自分に対する嫌悪感で一杯になっていた。



 それから二日経っても、手塚からは何も連絡がなかった。
 真田もあの日以来携帯電話の着信を気にすることを止めた。仕事に集中し、手塚の事を意識的に頭から追い出そうとしたのだ。週末に掛けて処理する仕事が溜まっていたこともあり、作戦は成功したかのように思えた。
 金曜日の夕方、定時を告げるチャイムが鳴り響く中、真田は真剣な表情でキーボードを叩いていた。
「お先に失礼します、真田さん」
「お疲れ様、あんまり根詰めるなよ、真田」
「真田、お疲れさん。先に帰るからな」
 一人、また一人と同僚や上司が帰宅していく中、夢中になって仕事に取り組んでいた真田は、時計のアラームで日付が変わったことを知った。辺りを見合わせば他に仕事をしている人は誰もおらず、真田のいる場所だけが明るい。
「やり過ぎたか……」
 長時間コンピュータに向かっていた所為で凝り固まった肩を大きく回しながら、真田は椅子から立ち上がった。幸い仕事は切りの良いところまで終わっていて、後は週明けに上司が決裁処理をするのみだ。
 真田は開いていたファイルを全て保存した後でコンピュータの電源を落とした。荷物を纏めて、オフィスの明かりを落とすと退勤処理をして、駅へと向かった。
 吹き付ける風が冷たく、コートの襟に顎を埋める。そういえば誰かが今日の夜中から雪が降ると言っていた事を思い出す。まだ降り出す気配はないが、この寒さの中ならば溶けることなく積もるかもしれないな、と思った。
 終電間近の駅は、多くの人でごった返していた。飲み会帰りの人が多いのか、あちこちから居酒屋の煙とアルコールの混ざった臭いが漂ってくる。その臭いに顔をしかめながら、極力人が少ない車両を選んで乗り込むと、運良く窓の傍に立つことが出来た。
 暗いガラスに映るのは、疲れ切った自分の顔だ。明日は休日なのだからゆっくりしようと思う一方で、時間が出来ればまた手塚の事を考えて、自慰行為をしてしまうのではないかという不安が拭えない。
「……鍛え方が足りんのだ。たまには実家に帰ってお祖父様に稽古を付けてもらわねば」
 長らく続けている剣道も、一人暮らしを始めからはあまり稽古に参加出来ていない。週末は実家に帰ろうと決めた真田が最寄り駅に降り立つと、いよいよ空から白いものが降り始めていた。
「予報は本当だったのだな」
 真田は敢えて傘を差さず、家までの道程を歩いて行く。夜中の住宅街は人影もなく、この街には誰もいないのではと錯覚させるほど静かだ。途中にあるコンビニエンスストアの明かりだけが人の存在を感じさせてくれた。
 十分ほど歩いて我が家にたどり着いた頃には、既に二時近い時間となっていた。普段真田が目を覚ます時間まで、あと二時間ほどしかない。だがこのまま雪が降り続けば早朝のランニングは難しいだろう。
 とりあえずシャワーを浴びた真田は、時間を確認しようとして、鞄に入れたままとなっていた携帯電話を取りだした。ボタンを押して液晶を表示させたその時、メッセージが届いている事に気が付く。
「誰だ、こんな夜中にメールなど……迷惑メールか?」
 新着フォルダを開いたその時、差出人の名が表示されて、真田は指を止めた。
 そこには、待ち焦がれるあまり、その存在を思い出さないようにした、恋人の名前が表示されていた。
「今頃、何の用件があって」
 チッと舌打ちしたものの、無視するという選択は出来なかった。真田はメールを選んで開封ボタンを押す。その指が少しだけ震えていたのは、内容が想像出来ない事に対して恐怖を感じていたからだ。
 いつもと変わらぬ、簡潔な本文。日本に帰国している旨ーーそんな事くらい知っているわ、と真田は内心悪態を吐いたーーに加えて、明日の飛行機で出国することが記載されている。
 そこまでならば、そうか、で終わっていた内容だ。だが、まだメールは終わっていない。それで、と手塚の言葉は続いていた。
『今からお前の部屋に行きたいのだがどうか』
「何だと!?」
 思わず大声が出てしまっていた。慌てて口を噤み、両隣に迷惑でなかったかと様子を伺う。幸い壁を蹴られたりすることはなく、詰めていた息を吐き出した真田は、メールの受信時刻を確認した。
 届いていたのは、今から一時間ほど前。丁度真田が電車に乗っていた頃合いだ。だから携帯電話が震えた事に気付かなかったのだろう。一体何時の飛行機に乗るのか知らないが、これから返事を出したとしても、手塚は果たしてメールに気付くだろうか。むしろ仮眠を取っていたとしたら邪魔になるだけではなかろうか。
 だがこれは、直接手塚に会えるチャンスでもある。このチャンスを逃せば、次またいつ会えるか分からない。
「……ええい、ままよ!」
 真田は手塚からのメッセージに、一言返事を打った。
『起きている。来るなら早く来い』
 そして勢いで送信ボタンを押した。すぐに送信が完了しました、と画面に表示され、真田のメッセージは手塚の携帯電話に届いたはずだ。
 眠っているかもしれないと、返事が来なかったときの為に真田が心の中で予防線を張っていると、握っていた携帯電話が震えた。慌てて画面を確認すると、やはり手塚からで、後十分ほどで着く、と書かれている。
 一体手塚はどこにいるのだろうと疑問に思わないでもなかったが、真田は分かった、とだけ返信した。
 それから本当に十分ほど経った時、マンションの外で車が止まる音がした。そして、誰かが降りてきたのか、ドアの閉まる音も聞こえる。真田はそわそわとしたまま、床に正座して待っていた。
 その時、とんとんと誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。真田は立ち上がり、玄関に向かうと、念のためにドアスコープから外の様子を伺う。魚眼レンズを通して見えたのは、数日前にテレビで見た手塚と同じ顔だったので、真田はドアチェーンを外して鍵を外し、ドアを開けた。
「手塚」
「真田。夜分遅くに済まない、眠っていたか」
「いや、仕事で先ほど帰宅したばかりだ。此方こそ連絡に気付くのが遅れた」
「構わない。返事が来ないことを覚悟の上で送ったメールだ。むしろ返事が来たことに驚いたぞ」
 ドアの前でぼそぼそとそんな会話をしていた二人だったが、空気の冷たさにハッとした真田が、部屋に入るよう促した。手塚は頷いて真田の後に続いて部屋に入ってきた。
 まあ座れ、と手塚に座布団を差し出し、真田も床に座った。
「雪は降っていたか?」
「ああ。降り続いている。うっすらと白くなってきていた場所もある」
「そうか……心配だな。所で手塚、お前は何時の飛行機に乗るのだ?」
「朝八時発だ。五時半にはマネージャーが迎えに来る事になっている」
 そう言われて真田は部屋に掛かっている時計に目をやった。現在の時刻を確認し、手塚がここを出るまでの時間を計算する。
「……三時間ほどだな」
「ああ。今回は予定が立て込んでいて、出国ぎりぎりまで時間が取れるか分からなかった。結果、このような時間の訪問となってしまった。すまない」
 手塚が頭を下げる。それを見て、仕方あるまい、と言おうとした真田は、思わず口を噤んだ。ここで本当の気持ちを取り繕って見せるのは容易いが、それに何の意味があるだろう。言いたい事も言えずにこの先付き合っていくことは出来ないと、腹を括る。
「……会えぬのなら、その旨連絡を寄越せ。会えるか会えないか分からないまま待たされる方の身にもなってみろ」
「真田?」
「……お前が忙しいことは分かっている。会えない事に文句を言うつもりは無い。だが、はっきりしない状態に置かれるのは、正直気分が悪い。お陰でいつ来るか分からぬ連絡を待つ事に」
「真田」
 手塚の声が真田の話を遮った。人がまだ話をしているというのに一体何事か、と不機嫌さを露わにして手塚の顔を見れば、手塚は驚いたといわんばかりの表情を浮かべていた。その反応は予想外で、真田も呆気にとられる。
「……なんだ、手塚、その顔は。何が言いたい?」
「お前は、俺に会いたいと思っていたのか?」
「は?」
 思いがけぬ質問に、真田は思わず、何の話だと尋ね返してしまった。
「先ほどのお前の話では、俺から会えるか会えないかの連絡が来ない事を不満に思っていると、そう言っていたな」
「そうだが、それがどうした?」
「お前は、俺に会いたいと思ってくれているのか」
「……何を言っているのだ、手塚。そのような質問、今更……当たり前だ。そうでなければ、このような時間に部屋を訪れる事を許可するようなメールを送るはずがなかろう」
 真田が答えた途端、手塚の頬に赤みが差した。そして、そうか、と納得したように呟く。
「お前は俺にそれほど会いたいとは思っていないとばかり……俺ばかりがお前に会いたがっていると思っていた」
 手塚の発言に、今度は真田が驚く。
「お、お前は馬鹿か!?」
「馬鹿ではない。だが、お前は滅多にメールも手紙も寄越さないし、今回の帰国の話を出したときも、いつ会えるか等一度も訊ねて来なかっただろう」
「それは、お前が今回の帰国は予定が詰まっていて忙しいと言っていたから、余計な負担は掛けるまいと思ったからで……手紙は、大体お前、世界を飛び回っていて家にいないだろうが……だから送っても、と……」
 最後は若干言い訳がましくなってしまったことで、真田の声は勢いを失った。
 二人の間に沈黙が落ちる。
 互いに胸の内を吐露した事で、二人はそれぞれが思い違いをしていた事に気付いた。顔を付き合わせる機会が少ないが故に、見えない相手の表情を必要以上に伺っていたのだろう。二人にはそんな事をする必要などなかったというのに。
「……メールを送っても、構わないということか」
「もちろんだ。お前からのメールはどんな内容であっても嬉しい。すぐに返事を返すことは出来ないかもしれないが」
「分かっている。それは俺も同じだ……なるべく送るようにする」
 真田がそう言うと、手塚は嬉しそうな表情を浮かべて、頷いた。そして、手を伸ばし、膝の上で硬く握られた真田の握り拳を自分の手で覆う。
「何のつもりだ」
「俺は、お前にこうして触れていたいと思っている。今も、昔も、この先もだ」
 だが真田は、そんな手塚の言葉をハッと鼻で笑った。さすがの手塚も気に障ったのかむっとした表情になったが、真田は構わずに手塚の手を払いのけ、
「そんなぬるい接触では満足出来ん。俺は……お前に抱かれたいと、思っていたぞ」
 そう言って、手塚の肩をとん、と軽く押した。不意打ちを食らった手塚は、そのまま後ろへと倒れ込んでいく。
「何を」
「疲れているのだろう。暫く黙っていろ」
 立ち上がった真田は、手塚の身体に覆い被さるようにして顔を近づけた。鼻先がぶつかる程の激しい口づけは、まるで手塚の唇を、舌を、貪る肉食動物そのものだった。
 油断した手塚の隙を突き、真田は手塚のベルトに手を掛けるとあっという間にバックルを外してズボンのジッパーを引き下げた。驚くばかりでまだ何の反応も見せていない下半身に手を添えると、ゆるゆると撫でていく。
「うっ……さ、真田」
「お前がぬるい相手とテニスコートで遊んでいる間、俺がどれだけお前の事を思い焦がれていたか、お前は知らぬだろうな」
「そんな事、知るわけがないだろう」
「……このような惨めな思いをするのならば、お前と付き合うことを了承するのではなかった」
 真田の手の中で、手塚の雄が育っていく。硬く輪郭を持ちはじめたそれは、下着の中で苦しそうに震えていた。先走りが下着に染みを作っていく様子を満足げに眺めた上で、真田は自分のベルトを外し、そのまま下着ごとズボンを取り払ってしまった。
 既に硬くそそり立った真田の雄が露わになる。だが真田は自身のそれには触れず、目の前にある手塚の下着から取り出し、舌を這わせ始めた。
「真田っ……!」
 もう止めてくれと手塚が制止するのも聞かず、真田は一心不乱に手塚の雄を口に含んで舐め上げる。四つん這いになった真田の腰がゆらゆらと揺れているのを見せつけられながら、手塚もまた、久し振りに感じる快感に抗うことが出来ない。
 限界が程近い状態まで育てた上で、真田は一旦唇を離した。ひくりひくりと小さな痙攣を繰り返すそれを見て、ニヤリと笑いながら口から溢れた唾液を手の甲で拭う。そして、
「入れるぞ」
 手塚の身体を跨ぐような体勢となった真田は、ゆっくりと腰を下ろしていく。だが、さすがにそれなりの質量を持つ性器を、身体は簡単には飲み込んではくれない。まだ十分に緩んでいない入り口は、飲み込む事を拒否しているかのように、固く口を閉ざしていた。
 焦れた真田は、仕方なく自分で入り口を広げようと、指を使ってかき回し始めた。
「はっ、はっ……くっ……」
 指を一本から二本へと増やし、何度か抜き差しを繰り返して徐々に拡張していく。真田が身体を動かす度、揺れる性器を伝って先走りが手塚の腹の上に落ちていった。
 そろそろいいか、と指を抜いた真田は、再び手塚のものを手に取り、広げた入り口へ押しつけると、腰を落とした。今度はずぷり、と音を立てて、真田の身体に侵入し始める。
 それまでにはないきつい締め付けに、呆然としたままされるがままになっていた手塚も、眉根を寄せた。
「真田、きついぞ」
「わ、分かっている!」
 多少指でほぐした程度では痛くないはずがない。だが、真田は自重の力を借り、一気に根元まで銜え込んだ。
「あうっ!」
 強烈な刺激に、手塚は視界がチカチカしてきた気がした。
「入った、ぞ」
 満足げに笑った真田は、今度は腰を上げようと足に力を入れた。だが手塚は、その動きを邪魔するかのようにして、思い切り腰を突き上げる。予想外の刺激に、真田の足はバランスを崩し、そのまま身体は手塚の身体に覆い被さるように倒れ込んだ。ぶつかる、と思った瞬間、手塚の手が真田の肩を支える。
 目に飛び込んできた手塚の腕は、真田は思わず先日の事を思い出させた。汗で濡れた腕と、それに欲情した自分。
 頬が熱くなる。と同時に、二人の身体に挟まれた真田の性器がさらに膨張したような気がした。
「て、手塚、お前」
 何をするのだと不満を露わにする真田に、手塚は涼しい顔で、
「積極的なお前を見ているのも悪くはない。だが、見ているだけというのは、俺の性に合わない」
 と言った。
「それに、お前が俺に抱かれたいと思ってくれていたように、俺もお前を抱きたいと思っていた。帰国してから、ずっとだ」
「そ、そんな事一言も言っていなかったではないか」
「お前はそういったことを嫌っていると思ったからだ。だが、真田がそのつもりなら、俺も容赦はしないぞ」
 そう言うや否や、手塚は再び真田を突き上げた。奧を擦られるような刺激は、真田の身体が欲しいと焦がれた刺激そのものだ。快感が全身を駆け抜け、情けない声が喉から飛び出した。
「ひぁっ……!? 手塚、貴様、卑怯だぞ!」
 俺も動くと身体を起こした真田と同時に、手塚もまた上半身を起こした。手塚に抱きかかえられるような体勢となったと思った次の瞬間、そのまま逆に床へ押しつけられる。
「何をする!?」
「先ほどの体勢では動きにくいからな」
 あっさりと立場が逆転した状態で、手塚が律動を開始した。自慰では得られない、相手が手塚だからこそ感じられる快感に、真田は最早限界に達していた。
 押しつけられたままの指が、手塚の指に絡む。手は傷つけないようにしなければと思うものの、どうしても制御出来ずに強く握りしめてしまっていた。
「うあっ、あ、ああっ!」
 手塚、と何度も名を呼びながら、弾けた性器が精液を腹の上にまき散らす。だが、真田が達した後も、手塚は構わず腰を動かし続けた。出し入れされる度に水音と肌がぶつかる音が部屋の中に響いて、二人の欲を更に煽っていく。
 ふと、真田が見上げた先に、手塚の顔があった。目を伏せ、額に大粒の汗を浮かせた状態で、歯を食いしばっているのは、快感をやり過ごしているからか。
 だが、その表情に、真田は見覚えがあった。
 手塚も真田が自分を見ている事に気付いたのか、視線がぶつかった。
「お前がそのような必死な表情をしているのを見るのは、いつ以来だろうか」
「そういうお前は余裕の表情だな、真田。これでは足りないか」
「いや、そういう訳では……!」
 手塚は真田と繋いでいた手を解くと、真田の腰に手を当て、より深く中を抉った。
「あああっ!!」
 大きく仰け反った真田の身体に、手塚の汗が降り注ぐ。互いの汗と精液にまみれた状態で、二人は欲をぶつけ合い、激しく求め合った。



 どろどろになった身体をシャワーで洗い流し、身支度を調えた手塚は、時計を見た。予定の時間まであと僅かな時間しか残っていない。
「すまなかったな」
 どこかぼんやりとした様子で、残滓の中に横たわっている真田は、そう呟いた。
「何を謝ることがある?」
「折角貴重な時間を割いて来てくれたというのに、その、セックスしかしなかったのだから……」
 俺のせいだという真田に、手塚は首を横に振った。
「俺は構わない。それに、そのつもりで来たのだから」
「そうなのか?」
 真田が身体を起こし、手塚の方を見る。手塚は頷いて、
「そうだ。お前に触れたいと思っていたと、言っただろう? 電話を掛ければ声を聞くことは出来るし、手紙やメールで近況をやり取りする事も出来る。だが、お前の肌に触れるのは、同じ空間にいるときでなければ出来ない事だからな。離れている時間が長い分、触れたいという気持ちも募る」
 お前は違うのかと問われた真田は、首を横に振った。
「俺も……同じだ。時折、どうしようもなくお前に触れたくなることがある」
 そうか、と言う手塚の表情は、どこか喜んでいるように真田には見えた。
 その時、手塚の携帯電話が震えた。それは、二人の逢瀬の時間が終わったことを告げる電話だ。
 真田は脱ぎ捨ててあった服を身につけ、手塚を見送るため玄関に立った。
「またお前のテニスが見られる事を楽しみにしている」
 手塚は頷いて、新しいスケジュールが分かったらすぐに送る事を真田に約束した。
「それでは、また」
 手塚は一人、来た時と同じように部屋を出て行った。ドアが閉まる瞬間、手塚の後ろに雪がちらついているのが見えた。あれから降り続いていたとしたら、雪が積もっているのではないか。
 真田は思わず、外に飛び出した。だが、手塚の姿は見当たらない。もう下に降りたのかと手すりに駆け寄ると、案の定外は真っ白な雪に覆われていた。
 その時、マンションの前の道路を、一台の車が走り去って行くのが見えた。車が走り去った後に、うっすらと轍が残っている。それは、先ほどまでの出来事が真田の夢などではなく、手塚が本当にこの部屋へ来ていた事を示す、唯一の証のように思えた。