056:踏切(P3 順平×真田?)



 学校からの帰りにダラダラと歩いていると、踏切に引っかかった。
 順平はチッと舌打ちしながらも、下がってくるバーの前に足を止めた。ここに来るまでだって急いでいたわけでもないし、これから急がなければならない理由もない。
 夕暮れの空はすみれ色だった。変な色、と思いながら空を見上げていると、遠くに小さく飛行機が飛んでいるのが見えた。
 踏切は警報音を鳴らし続ける。カンカンカンカン…早く電車が通り過ぎればいいのにと思う。
 帰宅時間帯だというのに、不思議と辺りには誰もいなかった。順平だけが踏切の前で電車が通り過ぎるのを待っている。
 カンカンカンカン…
 少し身を乗り出して駅の方を見てみるが、電車が止まっている様子は無かった。反対側から来るのか、それとも駅に一度停車してから来るのか、どちらにしてもまだ警報機が鳴り止む様子はない。
 この踏切でこんなに待たされることが今まであっただろうか、と順平が不思議に思い始めたとき、踏切の向こう側から誰かがこちらへ近づいてくるのが見えた。最初は分からなかったが、良く見ればその人は明彦だった。順平は嬉しくなって、おーい、と声を出して手を振ってみた。
 が、順平の声は警報機の音に掻き消され、じっと足元を見ながら歩いている明彦には順平が振った手が見えていない。顔を上げずにどんどん踏み切りへ近づいてくる。
 おおーい、さなださーん、どうしたんすかー
 順平は叫んだ。何度も叫んだ。が、明彦は気づく様子もなく、いよいよ踏切のバーの前まで来ると、それにすら気づいていないのか、ドン、とバーにぶつかった。ぶつかった弾みでバーが揺れ、明彦は前につんのめった。ぐらりと身体が大きく弧を描いて、踏切の中に倒れ込むのが、順平にはスローモーションで見えた気がした。
 その時、今まで全くやって来る気配の無かった電車の警笛が聞こえた。倒れ込んだ明彦はまだ起きあがらない。さなださん、危ないですよ、電車が来ますよ、と大声で叫んでも、それらは全てかき消されて明彦には届かない。ああ、どうしよう、どうしよう、と思ったところで、順平に出来ることは何もなく、ペルソナを召喚しようと腰に手を伸ばしてみても、そこに召喚器は無い。
 その間にも電車は明彦に迫ってきて、嫌な汗が順平の背中を一筋流れた。
「真田さん!逃げて!!!」
 出せる限りの大声で、順平は叫んだ。電車はすぐそこまで迫っていた。
 ああ、愛する人が死ぬ所なんか見たくない、と思わず目を閉じたとき、後ろから凄い勢いで誰かに肩を掴まれ、思わず振り返る。
「順平、どうした?」
 そこには明彦がいた。


 汗だくになった顔を拭いて、ようやく落ち着いた。
 そこは踏切の前でも何でもなく、散らかったままの順平の部屋だった。明彦は寝間着代わりのTシャツとジャージを着た格好で、順平の顔を覗き込んでいる。
「突然叫び出すから何事かと思った」
「…夢だったみたいっす」
「なんだ、シャドウにでも追いかけられる夢か」
 ちょっと待ってろ、と言い残して明彦は部屋から出て行った。
 今でも嫌な汗が背中に流れた感触が残っている。思いっきり叫んだ後のように、喉が貼り付いている。本当にリアルな夢だったと順平は溜息を吐いた。悪い夢にも程がある。
 戻ってきた明彦の手にはスポーツ飲料の缶が二つ乗っていた。
「ほら、喉が乾いてるだろ?飲めよ」
「すいません」
 明彦から受け取ったスポーツ飲料をほぼ一気に飲み干して、順平はじっと明彦の方を見た。
「なんだ?」
「嫌な夢みちゃって」
「シャドウに追いかけられる夢が?」
「いや、真田サンが死んじゃう夢」
「俺が?…それは確実に夢だな」
 今目の前にいるだろう?と明彦は笑う。
「でも怖かった…俺の目の前で、すげえ間抜けな感じで死んじゃうんだもん。オレは見てるのになんにもできなかった」
「だから、死んでないだろう」
「怖かったんすよ!マジで!」
 目の端に涙を浮かべて訴える順平に、明彦は少し考えた後、手にしたスポーツ飲料をテーブルの上に置くと、ほらちょっと詰めろ、と言ってベッドの中に入ってきた。
「へ?」
 そうして順平と一緒に横たわると、順平の手を取り自分の胸に当てた。ドクドクと心臓が動いている様子が手を通じて順平に伝わる。
「生きてるから。俺は死んでなんかいない」
 だから安心して寝ろ、まだ夜明けには時間があるから、と明彦は言う。順平はその音と、明彦の体温と、そして匂いで、今までずっとドキドキしっぱなしだった鼓動がようやくスピードを落としはじめた。
「真田サンって、いい匂い」
「バカな事言ってないでさっさと寝ろ」
「へへ。おやすみなさい」
 狭いベッドで身体を寄せ合っていると、不思議と心が落ち着いてくる。いつもならこういうシチュエーションで元気になる下半身も、今は大人しく眠っているようだった。
 くん、と明彦の匂いを嗅いで、順平は目を閉じた。


 それでも、すみれ色の空に飛ぶ飛行機と、踏切の警報音が頭から離れなかった。