054:子馬(ワンダと巨像)
彼はずっと傍にいた。
嬉しいときも悲しいときも、ひたすらワンダの傍に控え、漆黒の瞳でワンダをじっと見ていた。
そんな彼がワンダの傍に現れたのは、もう何年も前の話だ。
ワンダもまだ幼く、今ほど上手に剣を扱えず、今よりも弓の狙いを定めるのが下手な頃、彼はワンダの所へやってきた。
まだ小さい彼をどこから連れてきたのか、ワンダの父親はワンダに言わなかった。
ワンダもそれを気にしなかった。課程などさして重要ではない、今ここにいるという結果が大切だと思ったからだ。
それからワンダは彼にまたがり、野山を駆け回った。狩りに精を出し、それに飽きれば清流で共に喉を潤した。果実を共に食べ、草原で昼寝をした。
それはとても満ち足りた時間だった。
そして、いつしかワンダは少年から青年へと成長し、彼もまた子馬から立派な馬へと成長した。
村の誰もが彼らの姿を見て溜息を吐くほど、ワンダが彼にまたがった姿は凛々しく、立派だった。村中の娘がその姿を見て頬を染めるほどだった。
しかし、そんなことに頓着する様子もなく、ワンダと彼は今までと同じように野山を駆け、様々な所へ行った。
幼い頃は行けなかった遠乗りも頻繁に繰り返すようになった。行ける限り遠く、遠く。ワンダは彼の腹を蹴り、二人風と共に駆けていく。満たされない何かを探すように、ワンダは何度もそうして遠くを目指した。
また、何か思うところがあると、ワンダは彼にまたがり、その腹を軽く蹴って近くの丘へと走っていくのが習慣となっていた。その丘はこの辺りでは一番高く、見晴らしが良かった。また、余り村人が来ない所も気に入っていた。
ワンダはここへ来て遠くの景色を眺めるのが好きだった。
丘の端に腰を下ろして、また時には彼にまたがったまま遠くを見据えるワンダの目には一体何が映っていたのだろう。それは彼も知らない。
ワンダと共に成長し、そして共にこの最果ての地までやってきた彼は、今日も風のように大地を駆ける。砂地を、草地を、石畳の上を、ワンダが持つ剣の光が差すところを目指して。
そこにいるという巨像と戦うために。