043:遠浅(ペルソナ3 順平×明彦)



 屋久島でのナンパ対決は、結局アイギスという新しい仲間の登場のインパクトが大きすぎて、何だかうやむやになっていた。リーダーに言わせれば、アイギスとの会話を成立させたのは自分だけだから自分が勝者だそうだが、そんなの順平も明彦も納得できるはずがない。
「なあ、どうしてナンパなんかしようと思ったんだ?」
 ベランダに置かれた椅子に座った明彦が、順平に言った。
 何とか落ち着いてそれぞれが与えられた部屋に引っ込んだのがついさっき。リーダーはもう眠っていた。順平と明彦はそのまま寝てしまうのが勿体ない気がして、こうしてベランダで夜風に当たっている。
「そりゃ、夏に海と来ればナンパに決まってるでしょーが!そしてあわよくば一夏の想い出……なーんて」
 ゆかりが聞いたら即ガルダインで攻撃されてもおかしくない回答に、明彦は溜息を吐いた。
「やっぱり女子の方がいいんじゃないか」
「いや、そんなこと言ってないっすよ。それに真田サンは別格っすから」
 もしかして、やきもちだったりします?とニヤニヤ笑いながら顔を近づけてくる順平が腹立たしい。
「やきもちなのか?お前が俺以外の人間と一緒にいるところなんか見たくない……ような気がする」
「……微妙な回答っすね。『ような気がする』って。で、結局どうなんですか。もしオレっちがナンパ成功させちゃってたら、やっぱり悔しい?」
「悔しいというよりは、きっと、そうだな、がっかりするだろうな。お前と一緒に遊べないから」  明彦の回答を聞いた順平は、真田サンって時々真顔で恥ずかしいこと言いますよね、オレどうしていいかわかんなくなっちゃうんで止めてくださいよ、と捲し立てた。そして、僅かに赤く上気した頬を手で押さえて、順平は椅子の上で身体をくねらせた。馬鹿か、と呆れながらも、順平の事を見放せないのはどうしてか。
「でも、オレの方が真田サンの事好きですから!」
 冗談めかして言っているが、目は本気だった。威張りながら言うことか、と明彦は思ったが、嬉しくないといえば嘘になる。過去にも未来にも、ここまで自分のことを慕ってくれる人間はいないのではないかと思うくらい、順平はまっすぐに明彦を見てくれている。
「……お前くらいだ」
「へ?何が?」
「こうして、俺のことを見てくれるヤツが」
 順平は、何を言っているのか分からない、という顔で明彦を見た。
「見てますよ?誰だって。真田サン、自分が学校で有名人なの知らないっしょ?」
 あーあーこれだから天然は!と順平が大げさに溜息を吐いた。明彦の意図が伝わっていないことは明らかだったが、詳しく説明する必要もないかとそれ以上何も言わないことにする。
 突然順平の口から盛大なあくびが漏れ、明日の出逢いに備えてオレっち寝るっす、と言って椅子から立ち上がった。ああ、お休みと言うと、順平は二度目のあくびをかみ殺しながら、おやすみなさいという挨拶と共に部屋の中に消えた。
 ベランダに一人残された明彦は、夜の闇の向こうにある遠浅の海に思いを馳せた。楽しい時間はあっという間で、明後日には屋久島を離れ東京に戻らなければならない。
 ここに来る少し前まで、明彦と順平はある意味人生の岐路に立っていた。七月の作戦の時から今までずっと抱いてきた気持ちの意味を、お互い考えようと約束してから二週間。お互い答え合わせをしてもいい頃だ。
 明彦の中では答えは出ていた。後はこの気持ちをどう順平に伝えるか、それだけだ。
「ずっと見ていてくれるか?順平」
 ぽつりと呟いた言葉は誰に届くこともなく、暗闇に溶けて消えた。