039:オムライス(OB ジョジム)
何を食べたい、と聞かれたジムが答えたのは「オムライス」。
君の食べたいものなら何でも食べさせてあげるよと言ったのに、結局安上がりになってしまった。
「好きなんだよね、これ」
オレンジ色のチキンライスの上にふわふわの卵がのり、赤いケチャップが掛けてある。至って普通のオムライスを前に、ジムは子供のように喜んだ。
「違う店の方が良かった?」
そう言われて慌てて首を振る。別にジムと一緒に食事が出来るなら何だって良かったのだ。
スプーンで一口分を掬い、口に運ぶ。出来たてのオムライスはほかほかと暖かい湯気を立ち上らせ、ジムでなくても美味しそうだと言ってしまうほどだった。後で聞いた話では、この店の看板メニューだったらしい。
ジムが食事を続ける様子を黙って見ている。自分の前に置かれた食事はまだ手つかずだ。早く食べないと冷めるよ、と気にするジムに、いいんだよ、と先に食べるように促す。
ジムは本当に美味しそうに食事をする。仕事の合間に素早く食べることが日課となっていた私は、食事の意義を教えてもらったような気になる。一人で食べる食事は本当に味気ないから、いっそのこと必要な栄養だけ点滴で注入するくらいでもいいと思っていたからだ。
一度そんなことを冗談で言うと、信じられないという顔をして、ジムが言った。
「食事ってさ、一人と二人じゃ全然違うんだよ」
それなら、一緒に食事をしないか、と誘ってから、今日はもう何度目だろうか。
取りあえず、片手で数え切れないほどは一緒に食事をした気がする。もしかしたら両手かもしれない。
「ああ、美味しかった」
ジムがすっかり食べ終えた頃になり、ようやく私は自分の前に置かれた食事に手をつけ始めた。ジムには猫舌だと嘘をついた。君の食べる姿を見るのが好きだなんて、私に言われても困るだろう。
私が食事をしている間、先に食べ終えたジムは一人で喋り続ける。時々相づちを打つものの、基本的に聞いているだけだ。
私とは違い、賑やかな家庭に生まれたというジムは、静かなところが耐えられないのだという。話題は仕事の事、趣味のこと、今気になってること。色々だ。
「ジョージはさ、」
「何だい?」
この時間がいつまでも続くようにと、私はゆっくりとオムライスを食べ続ける。すっかり冷えたオムライスだったが、それでも美味しいのはさすがと言えるだろう。
「今夢中になってることってある?」
「夢中になっている事?」
私が聞き返すと、ジムは頷いて、
「オレはさ、今パズルやってるんだけど。知ってる?パズル雑誌ってのが売ってて、そこにいろんな種類のパズルが載ってるんだ」
この前買った奴はもう半分以上解いてしまったから、また買いに行くんだと楽しそうにジムが喋る。私はそれを聞いている。結構バランスが取れた関係じゃないかと思っているんだが、ジムはどうだろう?私と食事をすることに、何か特別な感情を抱いてくれたりはしていないだろうか。そうだととても嬉しいのだが。
「私は…特にないな。うらやましいよ、君みたいに夢中になれるものがあるというのは」
「駄目だよジョージ!そんなんじゃ人生楽しくないって」
そう言われて、思わず君がいれば十分楽しいよ、と言いそうになって、慌てて口を塞いだ。まだ言うべきじゃないと判断したからだ。ジムは多分、私を友人くらいにしか見ていないだろう。そんな男にいきなりそんなことを言われても、気分を悪くするだけじゃないだろか。
肝心の所で臆病になってしまい、私は真実を言い出せないでいる。それがジムを騙しているようで、辛かった。
ゆっくりゆっくり食べたオムライスも既に皿の上から姿を消し、最後のコーヒーを飲むだけとなってしまった。これで楽しい食事は終わってしまう。次にまた会えるのはいつだろう?
「今日はいっぱい喋れて楽しかったよ!また一緒に食事してくれるかい?」
「もちろんだよ、ジム。私で良ければいつでも」
そう、いつでもいいんだ。君の予定に合わせるよ。仕事があっても必ず時間を作るよ。それくらい、好きだと思った。
じゃあ帰ろうか、とジムが言って席を立つ。私は会計を済ませて外に出ると、ジムが待っていてくれた。
「今度はオレにご馳走させてくれよ」
「私から誘った事だから気にしなくていいんだよ」
「駄目駄目、ご馳走になってばっかりじゃ悪いからさ!それに、オレジョージといるの好きだから」
ジムは恐らく深い意味など無く、思ったことを言っただけだろう。その好き、が、私がジムに感じている好きと違うものであると分かっていても、嬉しかったのだ。まるで初恋をしている少女のような気持ちを自分が持っていたことに驚いた。
「…有り難う」
人間は案外単純に出来ているのかも知れない。そんなことを考えながらも、私は涙が溢れるのを堪えることに必死だった。