033:白鷺(OB ジョシン)



 ハーブケースの中に残っているハーブの数を確認して、シンディはこっそりため息をついた。
 たどり着いた避難所には大勢の人が詰めかけていた。子供から老人まで、老若男女が疲れた表情をしてあちらこちらに座り込んでいる。そして、ここまで来る途中に奴らに襲われた人も多い。シャツに滲んだ血は一体誰のものだろうか。
 そんな人たちを少しでも助けようと、ジョージとシンディは各自が持つスキルを生かして治療に当たっていた。勿論シンディは医者でも看護婦でもないから、出来ることは家庭でやるような止血方法だとか、簡単な怪我に包帯を巻くことだとかに限られていたが、それでも何かしたかった。
 有り難うと言われるたびに心が安らぐのを感じた。けれど、シンディがやっているのは単なる応急処置でしかない。今は安全なここも、いつあの化け物たちが入り込んでくるか分からないのだ。いました治療が、次の瞬間無駄になる可能性もある。
 そして、大勢の人へ治療を施すには物資的に限界があった。出来るだけ子供やお年寄りなど体力の無い人を優先的に治療したものの、それでもまだ怪我をした人は大勢いる。援助は来ないのかと、祈る思いで空を見上げても、星すら見えない漆黒の夜空しか見えなかった。
「疲れただろう、シンディ。君も少し休むといい」
 動き回ったからか、額に汗を浮かべ、シャツの袖を捲ったジョージがそう言った。ええ、でもまだ、と言葉を濁すが、
「私も一度休もうと思っていたんだ。どうだい、こっちへ来ないか?」
 ジョージが手を差し出した。シンディは少し考えてからその手を取り、二人は避難所の隅へ移動した。

 壁に身体を預け、冷たい床に座る。
「ねえ、ジョージは不安にならないの?」
 シンディの問いかけに、ジョージは暫く考えた後、
「不安かい?」
 と逆に聞き返してきた。ええ、と答えれば、私も同じだよ、と言う。
「今だけじゃない、病院で治療を行っているときも、私の手の中にある命が急に消えてしまうのではないかと、常に不安がつきまとう」
 命を預かるって事は、不安との戦いだというジョージの言葉を聞いて、シンディは自分が抱えていた不安の元を知った。
「それに、治療すると情が移るだろう?もし今彼らが化け物に襲われても、私は全員を助けることは出来ない。非力な自分が恨めしいくらいだ」
 かといって、困っている人を見て放っておくことも出来ない。医者は人を助けることが仕事だからだ、と自嘲気味に言ってジョージは黙り込んだ。彼も知っているのだ、自分がしていることが気休めでしかないこと、そして一度化け物に傷つけられた人々は、恐らく助からないだろうということを。
「どうして、こんな事になってしまったんだろう…」
 シンディはそんな言葉を聞きながら、ジョージの肩にそっと手を乗せる。
「あなたが悪いんじゃないわ。原因を作った人たちが悪いのよ」
 その言葉がとても薄っぺらく感じられるのは何故だろう。そう、原因の末端は自分たちにもあるのだ。原因を作り出したアンブレラ社を誰一人として疑わなかった。ラクーン山中の猛犬のニュースなど、前触れはいくらでもあったはずなのに、だ。
「それでも、諦めては終わりだわ。今は一人でも多く、この街から脱出する方法を考えなくちゃね」
 無理に声を明るくしようとしたが、思わず声が裏返ってしまい、変な声が出てしまった。それがおかしくて、二人同時に吹き出した。
「まだ、笑う元気は残っていたみたいだ」
「ええ、そうね」
 ひとしきり笑った後、二人は立ち上がった。
「君は看護婦に向いているよ。人を思いやる心と、場を明るくする雰囲気を持っているから」
 いい看護婦になるだろうに、と突然そんなことを言われて、シンディは照れてしまった。紅潮した顔を隠すようにして首を振り、
「じゃあ、無事ここから逃げ出せて、開業することがあったら、看護婦になってもいいわ」
 と茶化して言う。本当はあなた専属の、と言おうとして止めた。それはあまりにも恥ずかしすぎる。それに、今はそんなことを言っている場合ではない。
「その時はしっかり勉強してもらうから覚悟しておいてくれ」
「んもう、酷いわ、ジョージ」
 さ、もう一頑張りしようか、と言うジョージに続いて、シンディは歩き出した。