032:鍵穴(OB ジョジム)



 渡された鍵を見るたびに心が震える。
 握る手はしっとりと汗ばんで、そのうち汗が鍵を侵食して壊しちゃうんじゃないかと思うほどに、ぎゅっと握りしめた。今日こそはこの鍵を使おうと思う。
 目の前にある鍵穴に差し込んで、回してしまえばそれで終わり。たったそれだけの行為に何の躊躇いがあるのかと友人は笑うけど、オレにとっちゃ一大事だ。
 この鍵が最近流行のカードキーとか、そういう類でなかった事だけは感謝したい。もしカードキーだったら、握りすぎてすぐ壊していたと思うから。
 この扉を開けて、あんたの所へ行きたいって思うよ。あんたはオレの心を察してこれを渡したのかな。それともまた違った考えがあったのかも知らないけど、これを貰ったってことは、少しは自惚れてもいいって事だよね。
 あまり長い間同じ所に立っているわけにもいかない。周りに変に思われてしまう。そういう焦りが余計にオレを急き立てる。本当に、単に鍵を開けるって事に何でこんなに躊躇っているんだろう。バカみたいだ。
「ジム、どうしたんだい?鍵を忘れてきたのかい?」
 今オレが鍵を手のひらから指先へ移動させようとしたその時、後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、思わず手を引っ込めた。
「ジョ、ジョージ…」
 振り向くと、その家の主がオレを見ていた。手にはスーパーの袋を持って。
「電話してくれれば良かったのに」
「ごめん、ちょっと近くに寄ったから来てみたんだけど、鍵忘れちゃって」
 嘘だった。でも、恥ずかしくて鍵を使えなかったなんてもっと言うわけにいかないだろう?
「それは済まなかった、ちょっと買い物に行っていたから…今開けるよ」
 つまり、オレが散々迷っていた頃、家の中にはジョージはいなかったって事だ。いない間に上がり込んでいるのもどうかと思うし、良かったのかな…
 ジョージはポケットからキーケースを取り出し、その中の1つを何事もなく鍵穴に差し込んで、鍵を開けた。本当にそれだけの行為だ、5秒も掛からない。
「入らないのかい?」
 オレがぼんやり立ったままなのを見て、ジョージはそう言った。慌ててオレは玄関の中に入る。でもこれじゃ鍵を貰う前と何にも変わらない。
 明日こそは、自分で鍵を開けよう。オレはそう思った。