028:菜の花(OB ジムジョ)
引っ越したんだと言われて、それじゃ新居を見せてよ、とついて行った。
まだ片づいてないんだけどとジョージが言いながら、恥ずかしそうに玄関のドアを開ける。玄関はオートロック、通ってきたエントランスでは24時間態勢でセキュリティの人間がいる。それを見ただけでも高そうな部屋だってのが想像できる。
ジョージは医者だから、それほどお金に困っていないのだろう。逆にオレは安月給で毎日遅くまで働かされ、帰っては寝るだけの生活だ。そんなの比べたって仕方ないんだけど、ちょっとジョージがうらやましかった。
その日オレは、仕事でちょっとしたミスを連発してしまい、気が立ってたんだと思う。普段なら絶対にしないような失敗だったからだ。
部屋に入ったジョージがぱちんとスイッチを入れると、暗かった部屋にライトが点る。ジョージが言った通り、まだ部屋は全然片づいておらず、辺りにはまだ開けられていない段ボール箱が積んである。それを見ているオレに向かって、
「忙しくて、なかなか片づけがはかどらないんだ」
と、まるで言い訳のように言った。オレは、そんなことオレに言っても仕方ないよと軽く笑ったけど、心の中じゃ部屋の隅に置かれた広いベッドが気になって仕方がなかった。
さすがにベッドだけは寝るために必要だから、引っ越してすぐに整えたのだろう。けれど、引っ越し前に使っていたベッドとは明らかに違っていた。引っ越し前は、普通のシングルベッドよりも少し大きい程度だったのに、今部屋にあるベッドは、どう考えてもダブルサイズ以上に見える。
そこで、ようやくジョージもオレの視線に気がついたのか、ああ、そうだった、と言ってベッドに近づいた。
「新しくしたんだよ」
何のために、とは言わなかった。普通ならそんなことわざわざ言う事じゃないし、オレだってそうなんだ、寝心地良さそうだね、で流していたと思う。でも、このときはちょっとおかしかったんだ。オレの知らない間に、ジョージがこのベッドを使って何をするのかって、考えてしまった。
おかしいだろ、そんなことあるはずないのにさ。でも、一端浮かんだ嫌な考えは、どんどんオレの頭全体に広がって、もうそれしか考えられなくなっちゃってたんだ。
「ジョージってさ、無防備だよ」
「え?」
「簡単に、人に、自分が寝てるベッドなんか見せるもんじゃないよ」
次の瞬間、自分でもそんなに素早く動けるかってほど、衝動的にジョージをベッドに押し倒していた。
「こんな風にされるかもしれないのにさ」
驚きのあまり、大きく目を見開いたジョージが黙ってオレを見ていた。オレだって男だ、普段はジョージにされる側だけど、逆があったっていいんじゃないかなと思う。ジョージの事は好きだから、される側でもする側でも、別にどっちだっていいんだ。
「ジ、ジム、どうしたんだい?」
「たまには、オレにあんたを抱かせてよ」
そう言ってて、自分で泣きそうになった。情けなさとか、嫌われたらどうしようとか、でも抱きたいとか、いろいろ頭の中をぐるぐる回ってて、ぐちゃぐちゃだったんだ。
ジョージは黙って少し考えてたみたいだったけど、いいよ、君がそうしたいならすればいい、と言った。
その途端、オレの中で何かがはじけた。一生懸命ジョージの服を脱がせて、自分の服を脱いで、その白い肌に噛みついた。
その後の事は断片的にしか覚えてないんだ。オレ、きっと必死だったんだと思う。
ただ、ジョージの余裕な表情だけは覚えてる。それを見たとき、ああ、オレは一生ジョージには勝てないなって思った。でも、不思議と悔しくなかったんだ。
オレはジョージのそんなところが好きなのかもしれない。
オレのつけたキスマークが、小さく集まって菜の花みたいに見える、とジョージが笑っていた。
そして、このベッドは、ジムと一緒に寝るために新調したんだ、と言っていた。
「たまには、こういうのもいいかもしれないな」
「また菜の花咲かせても、いいかい?」
「ジムがそうしたいなら」
「…ありがと、ジョージ」
明日は部屋の片づけ、手伝ってやろうかな。ジョージの寝息を聞きながら、オレはそう思った。