025:のどあめ(OB デビケビ)



「お前さ、これやるよ」
ケビンが差し出したのは、とても大の男が持ち歩くようには見えない、ファンシーな柄が描かれた紙に包まれた缶だった。デビッドは顔を思いっきりしかめて、ケビンの顔と、その手に乗っている缶を見比べた。なにを考えているのだと言わなくても伝わってくるほどだ。
「まあそう怒るなって。お前の声があんまり辛そうだからさ、これでも食べたら少しは良くなるかなと思ってよ」
缶の蓋を開けると、中にはころりとした丸いものが数個入っていた。
「何だこれは」
「のどあめ。さっきの家で見つけた」
それじゃ窃盗じゃないか、とデビッドは思う。こいつは本当に警察官なんだろうか?という疑問が頭から離れない。
確かに銃器の扱いなんかは他の仲間達に比べれば抜きん出ていたし、この辺の道をよく知っているのも、パトロールなどで通った頃があるからだろう。しかし、思考がどうも警察官のそれとはかけ離れているような気がするのだ。
「な、やるよ。お前、あんまり強い酒ばっかりかっ喰らってると本気で喉痛めるぞ」
その言葉を聞いて、ようやくデビッドは何故ケビンがのどあめを持ち出して来たかが分かった。自分のかすれた声が、酒の飲み過ぎでのどが荒れているからだと思っているのだ。
確かに先ほどのバーではバーボンをロックで飲んでいたし、強い酒を飲む事も多々あったが、この声は元々だった。酒の所為では無い。
「…黙れ、これは地だ。よけいな事しなくていい」
「あ、そうだったのか?…わりぃ、オレ、気が付かなくてよ…」
そんじゃこれ戻してくるわ、と蓋を閉めかけようとしたケビンの手を、デビッドはとっさに掴んでいた。そして缶の中からあめを一つ摘み取ると、ぽいっと口に放り込む。
「いらないって言ったじゃねえかよ」
「せっかくだ。貰っておく」
「…素直じゃねえな、お前って」
じゃあ戻してくるから、待ってろよ、とケビンは言い残して、先ほど立ち寄った民家へ戻って行った。それを待つ間、デビッドはころころとあめを口の中で転がした。このあめはどうやら子供用だったようで、いやに甘かった。
暫くしてケビンが戻ってくると、じゃあ行くか、と二人は先に進む事にした。とりあえず先ほど仲間たちと決めた合流地点まで行かねばならなかった。他の仲間は、今頃他のルートを探索しているはずだ。…無事で。そう思うしか無かった。
「あのさ、それ美味いか?」
「は?…ああ、甘い」
「え、甘いのか?てっきりミントかと思ってたが」
「子供用のようだ。甘過ぎだ」
「何だ、それならオレも一つ貰ってくれば良かったぜ」
腹が減ったと自分の腹部を撫でながら、ケビンがぼやいた。デビッドはまた勝手な事を言い出した思っていたが、ふと、
「おい」
「何」
「止まれ」
「んぁ?」
なんだよ、というケビンを強引に止めて、壁に押し付けると、唇を合わせて口の中に残っていたあめをねじ込む。ケビンは最初何やら呻いていたが、デビッドの意図が分かったのか、素直にそれを受け取った。
「……お、お前さぁ、そういう涼しい顔してそういうことすんなよな!!」
唇を離した途端、ケビンが喚いた。デビッドはそれとは対象的に、涼しい顔をして、
「欲しかったんだろうが」
「って、オレが欲しかったのは!!……ん〜〜ああっ、もう、いい!」
真っ赤な頬を膨らませて、ケビンはずんずんと先に行ってしまった。その後をデビッドがゆっくりと付いて行く。
すぐむきになる所や、行動の端々から、本当に警察官なのか疑いたくなるが、こんな事が起こってしまった今では関係のない話だ、と思った。今必要なのは肩書きではなく、生きてこの街を脱出するという、意志の強さだ。
それに、ケビンをからかうのは面白い。デビッドはそう思いながら、いつの間にか遠くに行ってしまったケビンの後を追った。