022:MD(OB デビジョ)



通勤に使っているポータブルMDプレイヤーが壊れたんだ、とジョージが言った。
「音楽なんか聴くのか」
「これでもいろいろ聴くんだけどね。君は?」
バーで飲みながらの会話。特に聴かないとデビッドは言う。
「例えば、ここで流れているようなジャズとか」
「嫌いじゃないが」
日々淡々と過ぎていく生活の中で、音楽を楽しむ余裕は無かった。身を粉のようにして働き、家に帰ればそのまま眠り、代価として受け取る賃金をこうして酒に使う。普段のBGMは水の流れる音と、うるさい親方の怒鳴り声だ。
そういうと、ジョージは苦笑した。そして、君の生活の中に、たまには二人一緒に音楽を楽しむ事があってもいいんじゃないかな、と言った。
それも悪くないなとデビッドは思った。

いつものピロートークは、普段ならデビッドの方が先に寝てしまうことが多いが、今日は珍しく目が冴えていた。逆にジョージは疲れていたようで、眠そうに目を擦っている。
「壊れたプレイヤー、見せてみろ」
「ん、どうしたんだい、突然」
「直せるかもしれない」
それなら、とベッドを抜け出そうとするジョージにちょっかいを掛け、君は私にどうして欲しいんだい、と言われた。ここにいて欲しいのか、MDプレイヤーを持ってきて欲しいのか。
「あんたの方がいい」
「まあ、ちょっと待ってくれよ。すぐ持ってくるから」
笑いながらさらりとかわすジョージが憎たらしい。年上だという余裕からくるのか、ジョージはデビッドをあやすような事を言うことがあったが、デビッドはそれが気にくわなかった。対等に一人の男として扱って欲しかったからだ。
程なくしてジョージが部屋に戻ってきた。そして、手には問題のMDプレイヤーと、小さなドライバーセットを持っている。
「これくらい小さくなければ駄目だろう?」
君の持っているスパナじゃ解体すら出来ないよと言いながらジョージはそれらをデビッドに手渡した。余計なお世話だと言って、手に取ったMDプレイヤーを眺める。擦れてすり減った角や変色したボタンを見ていると、相当長く使っていたことがわかった。
「随分使っただろう」
「もう何年経つか忘れてしまったよ…」
あくびをしながらジョージは言った。そして、
「本体はもう寿命だろうからいいんだが、中に入りっぱなしになっているMDを取り出して欲しい」
「そんなの簡単だ。蓋を開ければいい」
「それが私にはよく分からなくてね…出来るかい?」
分かった、と言った次の瞬間には、デビッドはすぐにそれに夢中になった。元々無理だと言われたものを可能にするのが好きだった。ジョージへのアタックもそれの一環だったのだ。勿論本人には言っていないが。

「おい、出せたぞ」
時間がどれくらい経ったかは分からない。蓋を止めているネジがどこにあるか分からず苦労したが、見つけてしまえばすぐだ。綺麗に蓋と本体とに分離したMDプレイヤーと、中に入っていたディスクを誇らしげにジョージに見せようとして、ジョージがすっかり眠っていることに気がついた。
「全く」
人にやらせておいて、自分はさっさと就寝か、と悪態をつく。しかし、ジョージはぐっすり眠って起きる気配が無い。
軽く肩を揺さぶってみたが、軽いうめき声を発したと思ったら寝返りを打ってまた寝てしまった。これではどうしようもない。
まあ、明日見せて驚かせるのも悪くないだろうとデビッドは渋々とそれらをサイドテーブルの上に置いて、明かりを消した。

「デビッド」
ジョージの声で目が覚めた。隣を見ると既にジョージの眠っていたところには姿が見えず、声はその反対側から聞こえていた。
「これ、取り出してくれたのかい」
「…ああ」
ジョージの手には、昨晩取り出した一枚のMD。ありがとう、と嬉しそうに言うジョージを見て、まあいいかと思う。本当なら自分が先に起きて驚かせたかったのだが。
「そんなに大切なMDだったのか」
「借り物のCDを録音したものだったんだけど、そのCDは入手困難でね」
聴いてみるかい、という誘いにデビッドは頷く。ジョージは部屋にあったオーディオ機器にそのMDをセットし、ボタンを押した。すぐにスピーカーから聞こえてきたのは、懐かしい曲だった。
「これは…」
「秘密。今は君がこの曲を楽しんでくれればそれでいい」
ベッドの上に起きあがったデビッドの横にジョージが座る。そのまま二人で流れてくる音に耳を傾けた。