021:はさみ(OB ピタジョ)



くるくると丁寧に紙を切って行く。はさみを持つその手は、まるで指揮者のように軽やかに動いていた。
「君ははさみを扱うのが上手いね」
「そうかい?」
ジョージは切り終えた紙とはさみを机の上に置く。別に何か切り出したいものがあってそうしていたわけではない。単なる暇つぶしだとジョージは言った。
「好きなんだよ」
「え」
「はさみが、さ」
そうかい、とピーターは言う。親しくなって数カ月だが、未だに分からない事だらけだった。容易くすべてを知る事が出来るとは最初から思ってはいないが、現在の状況は最初の予想値を遥かに下回っている。
「はさみで切るとけば立ちが少ないし」
カッターはけば立つのが駄目だとジョージは言う。
「メスじゃ紙は切れない」
「当たり前じゃないか」
「切れ味としては、メスが一番いいと思うのだけど」
テーブルに置いたはさみを再び手にとり、そっと刃を撫でた。嬉しそうなジョージを見て、ピーターは満足した。何故なら、そのはさみはピーターからの贈り物だったからだ。
勿論他意はない…とは言いがたかったが、たまたまジョージがお気に入りのはさみを駄目にした場面に遭遇したので、それならばとかって出た役だ。ジョージの嬉しそうな顔を見たかったのもある。
「このメーカーは有名だからね」
「そう。とてもいい切れ味だ」
メモ用紙として積んであった不用紙から一枚抜き取ると、その真ん中を目指して刃を進める。さくり、と紙を切っているには似つかわしくない音がして、一つだったものが二つに、三つにと分離して行く。
「もしかして、刃物が扱いたくて外科を志望したのかい?」
「まさか」
口では否定したが、ジョージの顔は笑っていた。否、ジョージは滅多に表情を崩す事が無かった。ジョージの表情が変わるのを見た事がある人は、もしかしたら、本当に心を許す人だけなのかもしれない、とぼんやりピーターは思っていた。
その時、解析終了のアラームが鳴り響いた。
「さて、もう一仕事」
「そうだな。今日中に報告書を出す事が出来ればいいのだが」
二人は隣の実験室へ行く為に椅子から立ち上がった。
そして、二人が出て行くと、午後の光溢れる部屋には飲みかけのコーヒーと、ジョージが切った紙、はさみが残された。