017:√(OB デビケビ)



脱出するヘリから燃える街を見下ろしていた。
後少し遅ければ、自分はあそこにいたんだという事実にデビッドは身を震わせた。
デビッドの隣にはケビンが横たわっている。よほど疲れたのだろう、無理はなかった。あの地獄のような市街地から二人無事に逃げ出せた事が信じられないくらい、過酷な戦いだった。目に見える化け物だけでなく、身体を蝕んでいくウィルスとの戦いはいくつもの修羅場をくぐり抜けてきたデビッドですら厳しいものだった。
それでも、今、こうして二人は生きている。
昔、自棄になっていた頃、生きていればやり直しなんかいくらでも出来ると言って自分を諭した警官の事を、デビッドはぼんやりと思い出していた。
確かに生きていれば、何でも出来る、と。

新しい就職先が決まったと言って部屋に駆け込んできたケビンを見たとき、そろそろ時効だなとデビッドは思った。
元々ラクーンシティで働いていたときも、あの街に一生留まるつもりはなかった。いつか機会があれば違う街へと思いながら仕事をしていた。同じ所へ留まる事はしない、何故なら自分は根無し草が一番性に合うと思っているからだ。
疲れたのか、それとも職が決まったことからか、普段なら見せないような安心しきった表情で眠るケビンを見て、そっと頬に口づける。そして、元々多くはない荷物をまとめて部屋を出た。
ケビンが起きたら、自分がいないことを知ってどう思うだろう。悲しんでくれるだろうか、それともいつものように軽い調子で「しゃーねーな」と言いながら頭を掻くだろうか。後者の方がケビンらしいなと思いながら、デビッドは駅まで歩いていく。今夜の夜行列車に乗り、着いた街で船に乗るつもりだった。行き先は特に決めていない。大抵の街なら暮らしていけると思っていた。
ケビンの事が気にならないと言えば嘘になる。あんなに面白い人間に会ったのは久しぶりだった。自分とは正反対の性格で、ころころと表情が変わり、お気楽でどんなときでも諦めない。時間にルーズなところが公僕に向いていない気もするが、まあ何とかやっていくだろう。
そう、自分なんかいなくても。

船の出航は間近だった。結局南へ行く船に乗った。
船の中には様々な人間がいる。旅行へ行くような出で立ちの紳士、疲れ切った表情の老婆、はしゃぐ子供、柄の悪そうな青年。そんな人々の中に混ざりながら、デビッドは出航時間を待っていた。
ふと、見回した船内に公衆電話があることに気がつく。しかし、すぐに電話などするところがないと眼をそらそうとして、何故かケビンの事が思い浮かんだ。
新しいアパートの電話番号は控えてあった。電話しようと思えば出来る。
けれど、黙って出てきた癖に電話をしたのでは本末転倒ではないだろうかとデビッドは思う。黙って出てきたことを恨んでいるかもしれないが、それだけの男だったと忘れてくれればいい。
…本当に?
いつの間にか心の中で一生懸命理由を作ろうとしている自分に気がついて、デビッドは苦笑した。素直じゃないなとケビンの台詞が聞こえた気がした。

コール二回で電話に出た。
「デビッド!?」
第一声がそれでいいのか、と言いそうになってやめた。その代わり、ああ、と肯定の返事のみを返す。
「おまえ、勝手に出て行くんじゃねえよ!いなくてびびったじゃねえか」
「すまん」
「…全然悪いと思ってねえな…」
電話の向こうから聞こえるケビンの声に、微かな潤みが混ざっているように聞こえたのは、自分の願望の所為だろうか。
「何で出て行ったんだよ」
「俺は根無し草だからな。自分の好きなように行動する」
「嘘だな。おまえ恐がりだからな」
俺ならおまえのこと見捨てないのによーと言われて、デビッドは驚いた。思わず無言になったのを、図星と取ったのか嬉しそうなケビンの声が聞こえる。
「当たり?」
「…うるさい」
「で、どこ行くって?」
「貴様には教えん」
「まあ、俺は暫くここにいるからさ。寂しくなったら戻って来いよ」
根無し草だって、戻るところくらい作っといたほうがいいだろ、とケビンが笑う。
「たまには無駄話も悪くないな」
「え?」
「何でもない。もう出航だ、切るぞ」
「あ、おい、また電話しろよ!」
分かったと言いながら電話を切った。そして、ケビンを甘く見ていた事を後悔した。
あの男は、ああ見えて全部分かっていたんだと。デビッドが何故根無し草をやっているか、本人よりも先に気がついていた。
寂しいんだろと言われて、そうだったのかと気がついた。一人になりたくない癖に、親しい人が離れていくのが怖くて一人でいたんだと。
「かなわないな」
甲板からまだ暗い海を眺めながら、また電話してやるか、と思った。