012:ガードレール(OB ジョジム)



 道を踏み外さないように確実に生きてきたのに、気がつけばこんな事をしている。

 汗ばんだ身体をゆっくりと起こし、隣で寝ているジムを起こさないよう、そっとベッドから抜け出した。
 時計は午前四時を指し、まだ起きるには随分早い時間だった。夜さえ明けておらず、窓の外はまだ暗かった。
 ジョージはキッチンへ行き、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと、一気に煽った。残り少なかったそれはどんどんとジョージの中に流れ込み、すぐに空になる。代わりに買い置きしてあったボトルを入れて扉を閉めた。
 一眠りした筈だったが、身体はまだ重い。時々こんな風に自分が歳を取ったことを実感することがある。それは別に嫌な事ではなかったけれど、少し寂しいような、不思議な気分だった。
 地下鉄の駅でジムに会い、それなりに仲良くなって、それから紆余曲折あったりもしたが、結局現在のような関係に落ち着いている。二人の仕事が早くあがる日に会って夕食を食べ、それからセックスをする。月に数回の逢瀬、ジョージはそれなりに満足していた。
 冷えた身体を温めようとベッドに戻る。既に春先とはいえ、夜になると気温もぐっと下がる。薄いバスローブ一枚羽織って部屋を出入りするにはまだ早い。
 ベッドは先ほどまで自分がいたのに加え、すやすやと眠るジムのお陰で温かかった。驚かせないように冷えた足をジムから遠ざけ、徐々に身体を温めていく。
 その時、先ほどまで反対側を向いていたジムが寝返りを打ち、ジョージの方へ顔を向けた。上掛けが動いたのと同時に、中の温かい空気が動いてふわりとジョージの鼻先をかすめていく。嗅ぎ慣れたジムの匂いがした。
 パーマの掛かった短い髪の毛を撫でて、そっと身体を近づけると、ジムはなにやら寝言のようなものを呟いて、ジョージの胸元に鼻をすり寄せる。その動作が堪らなく愛しくて、ジムの背中に手を回し、額に口づけをした。

 ジョージはそのままぼんやりと夜明けまでの時間を過ごした。

 人の心には、境界線を越えてしまわないように、道を踏み外さないように、道路にあるようなガードレールが設置されているのだろうか。それに守られて、大抵の人は生活を送っているとしたら。
 そうだったら、私は既にそれを飛び越えてしまっている。彼を愛した時点で、私はガードレールの向こう側の住人だ。
 けれど、そのことで後悔しているわけではない。彼の寝顔を見るたびに思う。
 そのことで人から後ろ指をさされても、一緒にガードレールを飛び越えてくれた彼だけは守らなければならない。
 彼の屈託のない笑顔が曇らないように、必ず。

 そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだった。
 次に眼を覚ましたとき、辺りは既に明るかった。ゆっくり寝返りを打つと、起きたことに気づいたらしいジムが、ジョージの顔をのぞき込んで、おはよう、と言った。ジョージは笑って、
「おはよう」
 と頬にキスをした。