009:かみなり(SH 門倉)



 世界を牛耳るより、世界を巻き込んで面白いことをやりたかった。
 その気になれば父親の名を使って国会議員になれたのだが、門倉は敢えてそれをしなかった。それが自分の実力が認められての事ではないと分かっていたし、政治に対して必要以上の興味が持てなかったのだ。
 それよりも門倉を魅了したのは、大学時代に目の前に現れた機械の箱、コンピュータだった。そしてコンピュータ同士が繋がりネットワークを構成する様は、まるで人間同士のつながりを表しているかのようだと思った。単純に面白いと、そして自分がこれらを使ってもっと面白いことをしようと考えた、あの頃の気持ちは今も失っていない。


「私は、何を間違えたのだろうか、桜井……」
 もう身体は自由に動かず、地下深いこの空間で息絶えるのを待つのみだった。
 息を吸えばかわりに人間の血とは違う、黒く濁った液体が吐き出される。それをみて、もう自分が人間ではない事を悟った。
 しかし、悲しくはない。元から分かっていたからだ。自分がやりたいことをやるために、マニトゥの力を得る時に覚悟していた。時々途切れる意識、額に浮かんだ痣、片方だけ色の違う髪と瞳……驚異的な力と引き替えに、それは門倉に様々な影響を及ぼした。
「それでも、君には知られたくなかった」
 ふと、人の気配を感じた。残った力を振り絞って、僅かに首を動かす。頬が地面に当たって冷たい。誰もいないはずの空間に、誰かの足が見えた。
「桜井…?」
「君は古の神の力を借りて、現世で神になった。それで十分だろう?」
 顔をそれ以上動かせなかった。見えるのは足のみ。それから上があるかどうかすら、今の門倉には分からなかった。
 しかし、その足が履いている靴には見覚えがある……
「神になんか、なりたかったわけじゃない」
 ただ自分が考えたプロジェクトが成功すれば、皆幸せになれると思っていた。……今考えれば、門倉の中のマニトゥがそう思わせていただけかも知れない。
 神になんか、なりたくなかったんだ。私は君が居てくれれば、それで幸せだった。世界中の幸せよりも、自分自身の幸せを選ぶような、狭小な男だ。元々神なんて器じゃなかったんだ……
「私は、君さえ傍にいてくれたらそれで良かったんだ」
 足の主は何も答えない。ただじっと床に倒れている門倉を見ている。実際に見ることは適わないのに、視線を感じるのだ。今まで感じてきた羨望、妬み、顔色を伺う視線、こびへつらうような笑み、そういうものが一切含まれていない視線。ただ憐れみだけを含んだ視線が門倉の全身に降り注いでいる。それが今は心地よかった。
「次の機会があるならば……」
 君に謝りたい。それが最後に門倉が遺した言葉だった。


 門倉の亡骸の前で、一人の男が立っている。
 虚空を見たままの目をそっと閉じさせ、そして、
「僕から見れば、君は神だったよ」
 そう言い残して、その男も消えた。