006:ポラロイドカメラ(SH 門桜)
それは流行りというには少々古く、かといって全く時代遅れというわけでもない、微妙な代物だった。
「何だこれ?」
「カメラだ。撮ったらすぐにその場で写真が出てくる」
「いや、それくらいは僕にだって分かるけどね…問題は何で君が持っていて、そしてこの場に出ているかってことだ」
桜井はタバコの煙を燻らせながら、その片手で持つには少々余る黒い物体を眺めていた。
「使えるのかい?」
「いや、フィルムが入ってないらしい」
「らしい、って、君の物じゃないのか」
その問いに門倉は返事を返さず、黙ってビールとおつまみをテーブルの上に置き、そして桜井の前に座った。
「あまりいじらないで貰いたいな」
「はいはい」
桜井はポラロイドカメラを隣に置いて、おつまみのピーナッツを口に放り込んだ。
「もう時代はデジカメだろう?君だって持ってるじゃないか、小さい銀色の」
「古いものを懐かしむ事があってもいいだろう」
「意外と懐古主義?」
貸してくれ、といわれて、桜井は隣に置いてあったそれを門倉に手渡す。受け取った門倉は、そっとそのカメラを撫でた。
「昔、どうしてかこれが欲しくて、必死にバイトして買った」
「へぇ」
「古いものを切り捨てるのは得意だと思っていたんだが…どうやらそうでもないらしな。これはどうしても捨てられなかった」
「それだけ君にとって大切なものってわけだ」
「そうなんだろうな」
そのポラロイドカメラはそれほど質がいいものではないようだ。しかし、こうして目立った傷も無く残っている所を見ると、門倉が相当大切にしていた事は想像が付く。
「君に物を大切にする気持ちがあった事が分かっただけでも収穫かな」
「何だそれは」
「なんでもない」
桜井は缶ビールをぐいっと一気に飲み干した。
「…ここがシャッターだ。ここから写真が出てくる。フラッシュはまぶしいから至近距離で人を撮ってはいけないんだ」
「ふーん」
門倉は桜井にカメラの使い方を説明していた。といっても、フィルムが無いから役に立つ事は無い。しかし、桜井がどうしても、というので、仕方なく教える事になったのだ。
「じゃあ撮るよー」
桜井は嬉しそうに、ソファに座っている門倉を被写体として、ファインダーを覗き込んだ。もちろんごっこ遊びだ。何処かむすっとした表情を浮かべる門倉が、小さい四角の中に収まっている。
パシャッという音とともに、フラッシュが鋭く光った。フィルムが入ってなくても動くんだなと思っていると、ジーッと中で何かが動く音がして、四角いものが出てきた。
「フィルムが無くても出てくる…訳無いよね」
「驚いた…フィルムの残数は0になっていたはずなのに」
「オカルト?」
「まさか」
しかし、出てきた写真はただ真っ黒だった。
「黒いけど」
「徐々に写真が浮かび上がってくるから待て」
二人はテーブルに置かれた最後のポラロイド写真をじっと眺めていた。すると、徐々に写真が浮かび上がってきた。門倉のむすっとした表情がしっかりと撮れている。
「まだまだ使えるんだな」
「そうみたいだけど」
「…今度、ジャンク屋でフィルムでもないか探してみるか…」
しかし、結局そのカメラが動いたのはその一回きりだった。門倉がやっとの思いで探してきたフィルムを入れても、電源を変えても、一度も動かなかったのだ。
「結局、あれは何だったんだろう」
「非科学的な事は信じないぞ」
「まあまあ。もしかしたら、大切にしてくれた君への、最後の挨拶だったのかもしれないよ」
「馬鹿馬鹿しい」
そう言いながらも門倉は、普段は滅多に見せないような優しい顔で、もう動かないポラロイドカメラをそっと撫でた。