003:荒野(幻水2 赤青)
ぽっかりと大きな丸い月が空に浮かんでおり、辺り一面をまんべんなく照らしている。
明かりを遮るものの無いこの土地は、日中はとても歩けたものではない。夜は夜で気温が下がるため、これまたあまり歩くには適していない。そのため、ここを超えることは、旅人の間では一つの大きな試練となっていた。
少し厚めに服を着込み、日が落ちてから街を出発した。予定からいけば、明け方には砂漠を抜けられるはずだった。
中央を通れば一番早いのだが、それでは馬が使えないため、敢えて砂漠とサバンナの境界線を選んで歩いていく。右手には黄色い砂、左手にはまばらに生えた草木。おそらく数年経てば今歩いている所も砂漠と化すのだろう。時々見かける砂溜まりがそれを想像させた。
自分の前には同じように服を多めに着込んで、馬の上に座っている男がいる。彼の顔は月明かりで影になり、よく見えなかった。
サク、サク、と馬が歩を進める度に砂が鳴る。夜の砂漠は他の物音一つしない。しんと静まりかえって、自分達が立てる音すら何処かに吸い込まれていく。
日中あんなに高かった気温は瞬く間に下がり、今では寒いくらいになっていた。月明かりが余計に冷たく感じる。素肌を晒しているのは顔だけだというのに、何故か全身を冷たい氷で覆われているような感じがして思わず身震いする。それは自分の前を歩いている男も同じらしく、時々微かに震えているのが見えた。
砂漠はこんなに人に冷たかっただろうか。もう故郷を離れて久しいカミューには、昔の記憶は思い出せなかった。ただ、この砂漠は何度か通った事があることは覚えていた。そして、この砂漠を超えれば自分の故郷はもうすぐだということも。
今までずっとマチルダから出た事が無いというマイクロトフは、どういう思いでこの砂漠を歩いているのだろう。一緒に旅を始めてはや数カ月が経った。行く所行く所が珍しく、どんな些細な事にでも素直に驚き感動していたマイクロトフ。彼に取って月夜の砂漠は、感動するに値しているのだろうか。
その時、今までずっと黙って前を歩いてきたマイクロトフが、初めて口を開いた。
「カミュー」
「なんだい」
「このような所に人は住めるのだろうか?」
「過酷な環境だからね。住んでいる人がいたとしても、それはごくわずかだろう。いや、住んでいる人などいないかもしれない」
「そうか…残念だな」
「何が?」
「こんなに美しいのに」
その時カミューは思った。マイクロトフの目には全てのものが美しく見えるのだと。それは純粋な心が無いと感じ得ない感情。
マイクロトフはゆっくりと夜空を仰いだ。
「カミューの故郷はどんな所なのだろう」
「…秘密」
「何だそれは?」
「先入観を抱かせたくないからね。お前が感じた通りに見てくれればいい」
この荒れ果てた砂漠を「美しい」と言ったマイクロトフの感性で見てもらえればいい。どんな反応が帰って来るのか、それが楽しみだった。
「世界は、きっとどんな所でも美しい」
「何だそれは?」
「何でもない。独り言さ」
「おかしなやつだな」
マイクロトフは怪訝な顔をしていたが、カミューはそ知らぬふりをして。
「さ、夜明けまでに砂漠をこえよう」