春色ロマンス(サンプル)



※本作品は、「ペルソナ3」の内容をベースにした話です。
後日談が収録されている「ペルソナ3 フェス」にて明らかになった設定などは本作品中には使用しておりませんのでご注意下さい。

「……身体にお互いの名前書いておくってのはどうすか」
「バカ、風呂に入ったら流れて消えるだろう」
「それじゃ、大事なモノを交換する……うーん、真田サン?って交換出来ないじゃん本人と本人は!」
「……真面目に考えてるのか?」
「勿論っす!で、真田さんじゃない大切なものって言ったら……」
「いや、お前に大切なモノを渡したら、あの散らかった部屋の何処かに埋もれて無くされそうだから、交換するのは嫌だ」
「じゃあどうすりゃいいんすか!真剣に考えてくださいよ!」
「それはこっちの台詞だ!」
 お互いに怒鳴って、溜息を吐く。先程から話の内容は全く進んでいない。同じ所をぐるぐる回っている気分だ。
「大体、ニュクスを倒した後に記憶を失うとも限らないだろう」
 確かに、明彦の言うとおりだ。そのまま戦いの記憶を持ってそれから先を過ごしていくことになるかもしれない。が、順平は不安で仕方がなかった。ただでさえこうして二人の時間を持つことが難しくなってきている上、明彦は三年生でもうすぐ卒業してしまう。だから、万が一の事があってもすぐに記憶を取り戻せるよう、何か共通のトリガーを用意しておきたかった。
「もしすっかり忘れちゃっても、それを見たら今までの事を全部思い出せるような、そんな何かが欲しいんです」
 その前に生きて戻ってこられるかも分からない。けど、負けることは考えていない。だから未来の事を考えていたかった。今まで生きてきた中でこの一年間の記憶は、順平にとって何よりも大切な記憶だったのだから。
「みんなとの約束も大事ですけど、オレにとって真田サンとの約束の方がずっと大事ですから!」
「おいおい、そんなもの比べるな」
 そう言いながらも、明彦の口元は綻んでいた。ここまで慕ってくれる順平の事が明彦は好きだったし、口にはしないが、思いは順平と一緒だった。
 結局悩んだ末に思い至った解決策は、自分の名前が入った何かを相手にプレゼントする、というものだった。プレゼントする物もなるべく身近なものにしようと決めた。そうすれば、それを見たときに互いのことを思い出すだろう、という考えだ。
 それに、誕生日やクリスマスといったイベントを逃してきたから、ここで何かお互いにプレゼントするのも悪くないという思いもあった。
「じゃあ来週の日曜日、一緒に買いに行くってことで」
「ああ、わかった」
 明彦の唇に自分のそれを重ねて、軽くキスをすると、それじゃお休みなさい、と順平は明彦の部屋を出た。残してきた明彦の顔は見ていないが、顔を真っ赤にしているのは間違いない。
 はす向かいという距離が、来年からはうんと伸びる。明彦が目指している大学がどこか順平は知らないが、どこの大学だって明彦ならば受かるだろう。この前はセンター試験を受けに行っていたが、スポーツ推薦も来ているという話を耳にしたこともある。どちらにせよ、この騒動が落ち着いてから大学を決め、家を探すつもりなのだろう。
 少しでもここから近ければいい、と順平は思う。こういうときに一年の距離を実感する。たった一年、されど一年の距離。来年明彦が大学生になっても、順平は高校生のままという事実。大学生と高校生、という立場の違いが、今の順平にはとてつもなく高い壁に思えた。
 受験、という言葉に身震いしながら、順平は自分のベッドに潜り込んだ。色々考えることはあるのに、目の前のニュクスとの戦いと、そして明彦の事で自分の頭はパンクしそうだった。

***

「……真田サンって、時々恥ずかしい事平気で言うから困る」
「なにっ」
 明彦の手を掴んで、順平は突然歩き出した。急に手を引かれた事で明彦の身体が前につんのめる。それでも何とか体制を立て直し、順平の隣に並ぶと険しい顔で文句をこぼす。
「おい、何なんだ一体」
 しかしそんな明彦の声が聞こえていないのか、順平はただ黙って歩き続ける。人混みをかき分け、どんどん進めばいつの間にかポロニアンモールの出口まで来ていた。このまま帰るつもりだろうか。
「順平!」
「真田サンが悪いんすよ」
 外はもう暗くなり始めていた。ポロニアンモールからポートアイランド駅の間にある小さな公園までたどり着くと、順平は性急な動作で明彦に口づけた。
「んっ……ぁ、は……」
 順平は明彦の腰に手を回し、ぐいと自分の方に引き寄せた。粘つくような水音は、海から吹き付ける風の音にかき消されている。いつの間にか、明彦の腕が順平の首に回った。
 等間隔に植えられた木と、柵代わりの植え込みが二人の姿を隠している。それを良いことに、お互いの呼吸が上がるくらいたっぷりキスをして、ようやく二人の唇が離れると、順平はズルズルとその場にしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうした」
「真田サンがあんまりにもあんまりだから、つい」
 すんません、と消え入りそうな声で謝る順平に、あんまりにあんまりって何だ、と溜息を漏らす。そして、そんなところに座っていたら冷えるだろう、と順平の手を掴んで無理矢理立ち上がるよう引っ張り上げた。
「せっかくタルタロスへ行かないでいるのに、風邪を引いたらどうするんだ」
「大丈夫っすよー。それに、もしそうなったら、真田サンが暖めてくれるんでしょ?」
 にやり、と笑う順平に、先程の反省した様子は欠片も見られなかった。何という変わり身の早さか、と呆れながらも、そんな順平の事を好きになった事は後悔していない。それを順平は分かっていないのだ。
「帰って続きしましょ、続き。あーもう全部真田サンが格好良くて可愛いのがダメなんすよ。大学行っちゃうしオレっちすっごく心配してるわけ」
「なんなんだそれは。大体、何が心配なんだ?」
「オレみたいに真田サンの事好きになるヤツがいるかもしれないっしょ?それでなくても真田サンは女子にモテるし」
「俺にはお前がいるんだから心配することなんか無いぞ」
「それでも心配なんすよ。心配しちゃう」
 順平はぎゅう、と明彦の手を握りしめた。


続く。