夜を駆ける(サンプル)
「ごめん、今日はタルタロスは無しで」
リーダーの言葉に、順平は大げさに溜息を吐き、がっくりと肩を落とした。
「またかよ」
「ちょっと風邪気味なんだ、ごめん」
「順平、仕方ないだろう」
明彦がそう言って取りなしたものの、順平はまだ納得がいかないという表情を浮かべている。明日こそは行くんだろうな、と言うと、リーダーは苦々しい笑顔を浮かべて、善処する、とだけ言うとさっさと自室に戻っていった。
それが合図となったかのように、ロビーにいた美鶴やゆかりも部屋に引き上げていった。結局残されたのは順平と明彦の二人。何よりタルタロス行きを楽しみにしていた二人なだけに、どうしてもやりきれない。
「…センパイ」
「何だ」
「オレたち、今考えてること一緒っぽくないっすか?」
「言ってみろ」
「センパイこそ」
二人はぴた、と黙って、そして次の瞬間、同じタイミングで同じ言葉を口にした。
「「二人でパトロールでもしてくるか?」」
順平が明彦の口調を真似ていたため、二人の声は見事にハモり、それを聞いて二人は爆笑した。
「やっぱり」
「考えることは一緒か」
「そうと決まれば!」
いつでもタルタロスに行けるように、と寮に戻ってきてから腰に下げていた召還器を確認し、まず順平が寮から出た。明彦もそれに続く。
勝手にタルタロスへ行こうものなら、そしてそれが美鶴に知れたら、二人は確実に「処刑」される。そのことは十分すぎるくらい分かっていたため、タルタロス方面ではなく、まず長鳴神社へ行くことにした。
前を走っていた順平だったが、いかんせん帰宅部の順平と、ボクシング部主将でトレーニングを欠かさない明彦とでは持久力に明確な差がある。何時の間にか追い抜かれ、順平が明彦の背中を追いかけるようになっていた。
「せんぱーい、待ってくださいって」
「遅いぞ!」
順平はポケットから携帯電話を取り出した。小さな画面にデジタル表示で現在時刻が浮かび上がる。見れば影時間まで残り二十分ほど。神社に到着して一息入れる頃には影時間の到来だ。
「おっと、先に買っとかないとな」
どんどんと先に進む明彦の背中をちらっと見て、順平は道ばたに光っている自動販売機の前で足を止めた。
「お待たせしましたー」
順平が神社に到着したのは結局影時間まで残り五分もない頃で、ずっと前に到着していたらしい明彦はジャングルジムのてっぺんに座り、憮然とした表情で順平を迎えた。
「遅い!」
「そんな、毎日鍛えてる真田サンみたく走れるわけないじゃないすか。比べないでくださいよ」
お詫びです、と言って先程買ったスポーツドリンクを明彦に向かって差し出した。走った所為で喉が渇いていたのだろう、明彦は素直にそれを受け取ると、ごくごくと飲み干していく。順平もジャングルジムをよじ登り、明彦の隣に座るとペットボトルの蓋を捻った。
ふと、ポーンと零時を告げる音が響いた気がした。途端に今まで淡い色だった月がぎらぎらと輝いているように変化し、辺りの外灯が全て消えた。影時間の到来だ。
影時間の存在を知って既に二ヶ月以上が経過しようとしていたが、順平は未だに影時間への切り替わりに慣れていなかった。いきなり空気が重くなったような気がするからだ。もしかするとそれは気のせいではなく、本当に重くなっているのかもしれなかったが、順平にその真実を知る術はない。
神社の周りには誰もいなかったから、人間が象徴化するところは見ずに済んだ。あれは見ていてあまり気分が良い物ではない。今まで隣にいた友達が棺桶のようなものに変化し、それが至る所に並んでいる様子を初めて見たとき、恐怖で身体が震えたことを順平は今も覚えている。
そして、そこから救い出してくれた明彦の事を尊敬していた。しかも、ペルソナを使う能力が自分にあるということを教えてくれた上、一緒に戦わないかと誘ってくれた。明彦自身もその能力を持っており、影時間に現れるシャドウを倒していると聞いたときは信じられなかったが、今まで人生なんてつまらないものだと思っていた順平にとって、その誘いは何よりも魅力的だった。平凡だと思っていた自分にそんな能力があるなんて…と、二つ返事で頷いて、寮に入寮してから数ヶ月が経っていた。
「この辺りにはいないみたいっすね」
「そうだな。取りあえず駅前辺りまで行ってみるか」
明彦の提案に頷いた順平は、飲み終わったペットボトルをゴミ箱に向かって投げた。が、見事に見当違いの方へ飛んでいく。
「あーあー」
「バカ、ちゃんと拾って入れてこい」
明彦が順平をたしなめる。
「へいへい」
よっ、と順平はジャングルジムから飛び降りた。そして、自分が投げたペットボトルを捨てると、明彦に向かって叫ぶ。
「早く行きましょうよー」
分かった、と言って明彦も飛び降り、順平と違ってきちんとゴミ箱にペットボトルを入れる。それから二人は駅前に向かって走り出した。
結局駅前にもシャドウはおらず、何の戦果も無く二人は寮に戻ってきた。ロビーに足を踏み入れた途端、蛍光灯が点滅したかと思うと灯りが戻り、今まで静かだったテレビも再びしゃべり出す。影時間が終わったのだ。
「はぐれシャドウ、今日はいなかったっすね。ま、そっちの方が良いって分かってますけど…」 少しがっかりした様子で順平は言った。そんなに頻繁に出てくるものでもないしな、と明彦は気に止めていないようですたすたと部屋に向かって歩いていく。が、くるりと振り返って、
「順平、風呂に行くか?」
そう誘われて、順平は少し悩んだ。確かに結構な距離を走り回って汗もかいたし、シャワーを浴びてさっぱりしたい気持ちはあった。が、明彦と一緒に行くことが、最近ちょっと苦しい。
「真田サン先に行っててください。後で行くっす」
「そうか、分かった」
明彦の姿が階段の上に消えたのを確認してから、順平は盛大に溜息を吐いた。
明彦の事が好きだと気づいたのは一体何時だっただろう。それも、先輩として好きなのではなく、性愛の対象として…だから一緒に風呂に入るという行為は、順平として色々とまずかった。自分がいつまで我慢できるか分からなかったからだ。
男を好きになるということ自体が自分にとって信じられない事だから、必死に女の子が好きだと自分に暗示をかけてみたが、気付けば明彦の姿を探している自分に気づいて、ショックを受けたりもした。
結局どう足掻いても、今の順平にとって「好きな人」は明彦であり、その気持ちはどうしようもないものだと割り切るために一ヶ月掛かったのだった。
とにかく、こうしてここに突っ立っていても仕方ないし、一度部屋に戻ると言った手前、ここにいれば明彦に変に思われる、と、風呂に向かう明彦と鉢合わせないよう、順平は素早く、しかしそっと部屋に戻った。
ドアを閉めて、もう一度溜息を吐く。暫くしてバタン、と何処かのドアが開く音がした。恐らく明彦が風呂に向かったのだろう。
いつ風呂に行こうか、と考えながらベッドに横になる。途端、睡魔が襲ってきて順平はそのまま眠ってしまったのだった。
続く。
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