白い檻(サンプル)
ジョージから連絡が来なくなって一ヶ月が経過しようとしている。今までこれほど連絡の間隔が開いたことはなく、デビットは直感的にジョージの身に何かが起きたことを悟った。しかし、だからといって何か出来るわけでもない。ジョージを捜すにはあまりに手がかりが少なかったし、第一デビットはジョージがあちらこちらで一体何の仕事をしているかすら知らなかった。
あの時、ジョージの荷物の中身を見ていたら、もしくはコンピュータの中身を少しでもかいま見ることが出来たなら、足取りを掴む手がかりになっただろうか。それが出来なかった自分に腹が立つと同時に、デビットにすら全てを隠しているジョージにも腹が立った。
「俺はそんなに信用出来ないというのか」
今日も留守電にメッセージは無いし、着信もない。ただ待ち続けることが元々苦手なデビットは、もはや我慢の限界だった。
ふと、メッセージボードに無造作に貼られたメモに目がいった。写真やメモが雑多に貼り付けられているそれは、一体何時貼ったのか分からないメモが何枚もあったが、その中に数字がを書いたものをデビットは見つけ出した。そして、そのメモに書かれた数字が意味するものも思い出した。電話番号だ。
その番号を回すことはルール違反だった。そう言われてから今まで違えたことのない約束を、デビットは今破ろうとしている。メモをボードから外し、電話機の横に置く。そして受話器を持ち上げて、メモに書かれた順に番号を押していくだけだ。それだけの事をどうして今までジョージが禁じていたのか分からないが、とにかくデビットはもう待つのは嫌だった。
微かに震える指で番号をゆっくり押していく。最後の番号を押すと、断続的にビープ音が鳴り、その後呼び出し音に変わった。プルルルル、プルルルル、と呼び出し音がデビットの耳に響く。早く出てくれと祈るような気持ちで、息を潜めてジッと受話器の向こうから聞こえる音に神経を集中させていた。
プルル、と呼び出し音が途中で途切れた。相手の言葉を待たずしてデビットは思わずジョージの名を呼んだ。
「ジョージ?」
しかし受話器の向こうからは何も聞こえてこない。何かの拍子に通話ボタンが押されたのだろうか? 「おい、ジョージ?聞こえているんだろう?」
もう一度そう呼びかけると、ぼそぼそと何か人が話す声が聞こえてきた。と、思った次の瞬間、聞き覚えのある声がデビットの耳に届く。しかし、それはいつもの穏やかな声とは全く違う、何か切迫した状況を伺わせるに十分すぎる声だった。
「デビット!電話を切れ!逆探知される!!」
確かにジョージの叫び声だった。続いて誰かが喋っている声が聞こえ、がしゃん、と金属製の物が床に落ちる音も聞こえてきた。とにかく、受話器の向こうでは只ならぬ事態が起きているに違いない。もう少し受話器の向こうから音を拾えれば場所が特定できるかも知れないと思ったが、再びジョージがわめく声が聞こえたため、デビットは慌てて受話器を置いた。
心臓がどくどくと普段より数倍早いスピードで動いている。デビットは状況が掴めていなかった。今電話の向こうで叫んでいたのは本当にジョージだったのか、改めて考えれば考えるほど自信が無くなる。確かなのは、今まで一度も聞いたことのない、切羽詰まった声だったということだ。
逆探知されるとはどういう事だろうか。この家が誰かに分かってはまずいということは分かるが、ここはジョージの家ではなくデビットの家だ。ジョージはどうしてデビットの家を知られないようにした……?逆探知されて困る事は、今のところデビットには思い当たらないとすれば、他に何か理由があるはずだ。
それとは別に、一体今ジョージはどのような状況にあるのかが心配だった。電話に出たのは恐らくジョージではない別の人間だ。ジョージの叫び声は受話器のすぐ傍で話したという音量ではなかったから、自由に動けない状況で他人に電話に出られ、それがデビットだと分かった途端叫んだ、というのがあちらの状況だろうということは予想できた。逆に言えばそれだけで、それ以外の事は何も分からない。金属製の物が落ちる音がしたのは、ジョージが暴れたからか。でも何が落ちたというのだ。
「ああっ、クソが!」
イライラと頭を掻きむしっても、それ以上考えが浮かぶことはなかった。相変わらず電話は鳴らないし、もう一度電話をしたらますます状況が悪化するような気がして出来ない。
何処かでジョージが酷い目に遭っている。そう思うだけでデビットは眠れなかった。いつもならばすぐに眠れる読書も何の効果もなく、ただジョージの顔が浮かんでは消えていくばかりだった。
***
何てことだ、とジョージは思った。
デビットが電話を掛けてきた。恐らく中々連絡を寄越さないジョージの事を心配しての行動だとは思う、しかしそれがどうして今なのだ。
「自白剤」の投与から丸一日経って、ようやく身体の怠さは薄れ、意識もはっきりとしてきた。最悪の状態で彼らが尋問をしなかった理由は分からないが、ジョージにとってはラッキーだったと言えよう。しかしここで再び反抗すれば、また得体の知れない薬を投与されかねない。だからあたかも「自白剤が効いている」風を装い、問いかけには適当な答えを返してきたのだ。ダミーの場所を告げて相手が探している間に時間を稼ぎ、どうにかここから脱出しようと思っていた。
彼らはどうやら最初からデビットに目を付けていたらしい。と言っても所在まで明らかになっていたわけではなく、ジョージが頻繁に出入りしている男がいるという、その程度の情報だった。しかし、それだけでも協力者と見るには十分だったようで、デビットの居場所を血眼になって探していたのだと言う。
それが今回偶然とはいえ自分から飛び込んできた、という事になってしまった。電話の時間は僅かだったが、携帯電話のキャリアに問い合わせればどこから発信されていたものかあっという間に割れてしまうだろう。そうなる事を防ぐためにデビットの電話番号を携帯に登録していなかったし、一度も携帯電話からデビットの家へ発信したことも無かったというのに!
続く。
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