Overture(サンプル)



 ラクーンシティ総合病院へ向かう。
 怪我をしたからではない。あの医者に会うためだ。
 既に夜も更け、病院の周りは静かだった。夜間入り口を覗くと、タイミング良く受付の人間はいなかった。そのまま黙って病院内に侵入する。
 夜中の病院を歩くのは決して気分がよいものではない。オカルト現象を信じる信じないに関係なく、どことなく不気味だからだ。限られた灯りの所為で暗く影を落とす片隅や、青白く光る非常口の灯りなど、昼間とは全く違う様相を見せているからか。
 この前行った外科のフロアにたどり着いたが、どの部屋も人がいる様子がない。唯一明るいのはナースステーションだったが、まさか医局の場所を聞くわけにも行かない。灯りを放っているその区画を避けてフロアをくまなく探索すると、壁に見取り図を発見した。それを見るとどうやら医局は違う棟にあるようだった。
 足音を立てぬようゆっくりと歩く所為で思うように先に進めない。また、時々巡回に来るナースを避けなければならず、デビットはすっかり疲れていた。
 それからどれくらい時間が経ったのだろう。ようやく外科の医局を見つけた。扉の前に在室表が掛かっていたが、運の良いことに今日の夜勤はジョージ一人のみ。他の医者は全員帰ったという表示になっていた。それなら何ら躊躇うことはない、と鉄製の重い扉を開く。
「誰だい?」
 ジョージは横たわっていたソファから身体を起こした。そして眠そうに目を擦りながら、扉の方を見て驚きの声をあげた。
「デビット!?」
 何故ここに、とまでは言えなかった。デビットが素早く駆け寄り、ジョージの口を手で塞いだからだ。
「大声を出すな」
「まるで強盗でもするようだね。残念ながらここに金目のものはないけど」
 どこかずれた回答をしながらジョージは困惑した表情を浮かべた。まだ仮眠の余韻を引きずっていた頭がようやく覚醒して、今どういう事態なのかを把握したからだ。
「何をしに来たんだい?また傷が悪くなったのだったら受付を通したもらわなければ。まだ急患受付は開いている筈だからそこへ行ってくれないか」
「黙れ。…怪我の事で来たんじゃない」
「ではどうして」
「あんたに会いに来た」
 予想外の答えにジョージはきょとん、とデビットを見た。そして、
「…頭でも打ったのかい?」
 ジョージは自分に会う為に、こうして不法侵入すれすれの事をしてくる男がいるということがどうにも信じられないようだった。
「何でまた私に会いに?この前はコーヒーを断った癖に」
「それとこれでは話が別だ」
「どういう意味だい?その違いを説明してくれないか。あの時君は綺麗な女の人となら考えると言っていたじゃないか」
 どうやらジョージはあの時コーヒーを断られた事を根に持っているらしい。デビットは溜息を吐きながら、とにかく、と追加の質問を打ち切った。
「俺だって何であんたに会いたくなったのかさっぱり分からん。だからあんたに会えば解決すると思ってな…でも」
 解決するどころか、とデビットは言葉を切った。ジョージは黙って次の言葉を待っていたが、一向にデビットは話そうとしない。二人の間に沈黙の時間だけが流れていく。
「解決するどころか、何?」
「独り占めしたくなった」
 そう言うや否や、デビットはジョージの唇に噛みついた。それはキスと言うにはあまりにも乱暴すぎる代物だった。突然の事にされるがままになっていたジョージもようやく事の次第に気づいたようで、慌ててデビットの身体を離そうとするが、普段鍛えているデビットにはとても敵わない。それでもデビットの厚い胸板を叩いて不平を訴えた。
 唇を無理矢理割って入られ、閉じた歯もこじ開けられて口内を蹂躙される。
「…んんっ…、はぁ、はぁ…」
 暫くそうされた後、何とか唇を離すことに成功して、呼吸を整える。いきなり過ぎる、とジョージは不満を漏らしたが、デビットは聞き入れる様子もない。ジッとジョージを見つめて、
「こうしたかったんだ、俺は」
「私はこんなことごめんだよ」
「医者なんだろう。俺の病気を治せよ。この気持ちを静めてくれ」
 医者だからって何でも治せるわけじゃないとジョージは言う。ましてや恋の病など守備範囲外にも程がある。
「どうすれば治るって言うんだい?」
「あんたとセックスしたい」
 突然の事にジョージは顔を赤くしたかと思うと、
「ふざけるな!!」
 と思わず声を荒らげた。男に抱かれるなんて考えたこともない。男性同士のセックスがどういうものか、知識としては知っていても実践したことは勿論、しようと思ったことすらなかった。
「君は同性愛者だったのか?」
「違う」
「じゃあ何故!?」
「あんただからだ」
「私には君の言葉が理解できない…」
 堂々巡りの会話に疲れたのか、ジョージは溜息を吐く。デビットはといえば、ジッとジョージを見たままだ。そして、
「帰ってくれないか。私にはどうしようもない」
「嫌だと言ったら?」
「守衛室に電話しよう。外科の医局に不審者がいると」
 そこまで言われてデビットはカッと頭に血が乗るのを感じた。そして次の瞬間にはジョージの襟元を掴み、近くにあった机に押しつけていた。ジョージが着ている白衣の裾がひらりと動く。
「あんまり調子に乗るな。俺は元々犯罪者だ。無理にやることだって出来る」
 犯罪者、という言葉にジョージが一瞬怯んだ。その間動くジョージの両手を後ろにひとまとめに掴み、抵抗できないように抑える。
「こんな事をしても意味がない!」
「意味?意味など最初から期待していない」
 そう、一瞬の快楽こそが自分の求めるものだと。そして、力で相手をねじ伏せるという行為に昔の血が騒ぎ出すような感覚を覚えた。自分はこうなることを望んでいたのではないかと思うほどに。
 器用にスラックスのジッパーを探し当て、さっと下ろすと、デビットは中からジョージのペニスを掴みだした。そんなことをされると夢にも思っていなかったジョージは身を固くする。この歳で他人にペニスに触られたことがないとは言わないが、たった二度しか会ったことのない男に触られることになるとは…恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
 同じ男で、同じ器官を持つデビットは、何処をどうすれば快感を感じることが出来るか十分に知っている。見た目や言動からは想像も出来ないほど繊細に動く指先に、嫌だと思いつつもジョージは翻弄された。次々と紡ぎ出される快感が波のように押し寄せて、徐々に身体が熱くなる。それでも、せめてもの抵抗にと歯を食いしばり、声を漏らさぬように耐えた。
 デビットはこれでもかと言わんばかりに攻め立てる。部屋の中は水音と荒い呼吸だけが響いていた。
 最初の絶頂は程なくして訪れた。デビットの手の中で硬く勃ち上がったジョージのペニスは、痙攣と共に吐精した。デビットの手の中だけでは飽きたらず、それらは四方八方に飛び散って辺りを汚す。ジョージは肩で息をしながら力なくデビットの方を見た。
 デビットは続いてジョージのスラックスからベルトを外し、それを下に下ろした。侵入を邪魔するかのように白衣が揺れた。それをたくし上げて裾から手を入れ、内股を撫でるとジョージはびくん、と反応を示す。
「ここか?」
「ち、ちがう…!」
 何が違うんだ、と言わんばかりにデビットはそこを撫で続ける。先程ジョージが吐き出した精液が絡まる指先はねっとりとした動きでジョージを興奮させた。間接的な快感に次第に焦れったさを覚え、思わずもっと感じるように、と身体を動かしてしまった。そして、その事に気づいてまた赤面する。
「溜まってたんじゃないのか?」
「煩い…」
 口ではそう言っても身体は正直だ。今ジョージがどういう状態なのか、デビットには手に取るように分かる。口では固いことを言いながらも陥落してしまえば皆一緒だ。現にジョージはこうして自分の前で痴態を晒しているではないか。

続く。