きみと、暮らせたら(サンプル)
少年が一人、ボールを追いかけていく。転がっていく黄色いそれに少年は夢中で、自分が走っていく先が道路だと言うことに気づいていない。
危ないよ、と片桐が制止する声も届かず、彼はどんどんボールを追いかけていく。止めなければならないと分かっているのに、片桐の足はその場から離れず、動くことが出来ない。
道路に飛び出すボール。それを夢中で追いかける少年。光に透けた少年の髪がきらきらと輝いている。駄目だよ、と力の限り叫んだ声が届いたのか、少年は一瞬足を止め、そして片桐の方を向いた。
「佐伯くん……!」
それは確かに克哉だった。今よりも幾分幼い顔つきではあるけれど、片桐がそれを見間違う事はない。こっちに戻ってきて、と懇願すると、克哉は何を言っているか分からない、と言うように首を傾げ、再びボールが転がっていった方へ視線を戻した。
足を一歩踏み出す。すぐ傍まで車が迫っていることに気づかないまま。
「ひっ!……はぁっ、はぁっ、はぁ……」
自分の悲鳴で目が覚めた。全身が汗にまみれて気持ち悪い。片桐は布団の端をぎゅっと握りしめて、動悸が治まるのを待った。深呼吸を繰り返し、自分に落ち着けと言い聞かせる。
片桐は自分の息子がどのようにして車に跳ねられたのかを知らない。当時目撃者も何人もいて、どのような状況だったのか聞いたはずなのに少しも覚えていなかった。あまりにショックが大きすぎて、覚えておくことを脳が拒絶したからだろうと医者に言われたことは覚えているのだが。
それが、ここ数ヶ月の間に子供が車に跳ねられる夢ばかり見るようになっていた。片桐は息子の命日が近い所為でこんな夢を見るのだと思っていた。少年の後ろ姿が自分の息子に似ているように見えたし、少年は何度夢の中で片桐が呼んでも決して振り返らなかったから。
それが、今日に限って、あの少年が息子ではなく幼い克哉だと知ってしまった。
目の前でぐったりと倒れる少年。べったりと自分の手に貼り付いた血液の感触が未だに忘れられない。
「僕は……」
もし現実になってしまったら?克哉が、片桐の目の前で事故に遭ってしまったら。自分はどうなるのだろう。
「……どうした?」
その時、隣で眠っていた克哉が、うっすらと目を開けて片桐の方を見た。抱きしめていた身体が動いた所為で目を覚ましてしまったのだろう。ごめんね、ちょっと目が覚めて、と片桐は慌てて誤魔化す。夢の話をしても一蹴されるだけだろうし、何より克哉に心配を掛けたくない、と思った。
「うなされていたようだが?」
「ちょっと、ね……ごめんなさい、うるさかったかな」
片桐がそう言うと、克哉もそれ以上追求はしなかった。枕元に置かれた時計を見れば、起きるにはまだ早い時間だったので、もう少し寝ようかと再び布団に潜り込んだ。すぐに克哉の腕が片桐の身体に伸びて、ぐいと抱きしめられる。その温もりが恐怖に凝り固まった片桐の心を溶かしてくれるような気がして、身体を預け、目を閉じた。
いつの間にか鼓動は規則正しい動きを取り戻し、再び睡魔が片桐に訪れた。意識を手放す少し前に先程夢で見た小さな克哉の顔が脳裏を過ぎったが、すぐに忘れて再び眠りに落ちた。
***(中略)***
ぐい、とより強く握られて快感よりも痛みが先に来た。片桐が顔を顰めると、反対に克哉は愉しげに笑い声を上げる。少しでも、と身体を捩った途端、片桐の中を満たしていたものが逆流を始めた。咄嗟にこぼさないように尻を突き出すような格好になる。それでも克哉の手は離れない。
「そんなに尻を高く上げて、どうしたんですか片桐さん。……もっと触って欲しいんですか?」
「あ、あ、……さ、えき、くん、もう」
「駄目だ」
太腿の内側を一筋の精液が流れ落ちる。
「もっと、もっとあんたを感じさせてくれ」
克哉は身体を起こすと、片桐と入れ替わるように立ち上がった。膝を立てて何とか体勢を保っている片桐の後ろに、再び堅くなったそれを押し当てながらも、入れようとする気配は見あたらない。
必死な思いで入り口を閉ざしている片桐を嘲笑うかのように、克哉の指が、性器の先が、交互に開けてくれと誘いを掛けてくる。力を抜けばいいのだろうが、そうした途端に中のものが溢れてしまうのではないかという恐怖がそれを許さない。
「片桐さん?入れて欲しくないんですか?」
「入れて、ください……っ」
「こんなに力を入れていては、入れられませんよ」
「でも、こぼしてしまっては、シーツを、汚してしまいます……」
ましてやここは病院で、家での時のように洗濯機を回せばよいというものではない。汚してしまって見つかったときの事を考えるだけで、恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
「全く、あんたという人は」
快感に溺れている癖に、最後の最後で理性を手放せないんだなと克哉が呟く。決して全てを捨ててしまわない片桐の事を、克哉が苛立たしくも愛おしいと思っていることを片桐は知らない。
「案外、強情だな」
克哉はきっちりと閉じられたそこを無理矢理こじ開けた。ひぃっ、と鋭い悲鳴が聞こえたが構うことなく中へ自分を押し込んでいく。
「っ、いっ…あ、くっ……」
喘ぎとも悲鳴ともつかない声が片桐の口から漏れた。再び熱いもので満たされた内部は、力を入れている所為もあり痛いくらいに克哉を締め付けている。張りつめた筋肉は僅かな動きすらも敏感に片桐に伝えてくれ、溜まらず身を捩った。
続く。
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