真夜中の物語(サンプル)
その日も両手に大きく膨らんだスーパーのポリ袋を持って、片桐はやって来た。
ピンポン、と短いチャイムが鳴り、来訪者を告げると克哉は読んでいた書類をテーブルの上に置き、玄関へ向かう。鍵を持っている片桐はエントランスから部屋の玄関前までは自分で入ってくるが、玄関の前に着くと必ずチャイムを一度鳴らすのだ。
また、それを聞いて克哉が迎えに出るのも恒例となっていた。
「お帰りなさい」
「稔さんこそ、お帰りなさい」
片桐が手に提げていた袋を両方とも奪って、先にキッチンへと向かう。片桐は靴を脱いで揃えると、いつものスリッパに履き替えて克哉の後を追った。
こうして片桐が部屋に来るようになって、ようやくキッチンも本来の使われ方をするようになった。道具も何もかも事前に揃えてあったというのに、片桐は滅多にこの部屋に来ようとしなかったから、暫くはフライパンも皿もただ埃を被るのみだったのだが、ここ最近は片桐が頻繁に使ってくれている。
食材を冷蔵庫に片付けるのを手伝いながら、克哉は言う。
「今日は何を食べさせてくれるんですか?」
「何がいいでしょう?僕はあまり凝ったものは作れませんから……」
「あなたが作ってくれるなら、俺は何だって構いませんよ」
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、困りますね」
今週は忙しくて疲れたでしょうから、スタミナがあるものを作ろうと思いまして、と片桐が取り出したのは豚肉だった。ショウガ焼きを作ろうと思います、と言うので、それでいいですと克哉は頷く。
「期待しています」
「久しぶりに作るので、美味しく出来るか不安ですが」
何か手伝う事はありますか、と尋ねるが、片桐は首を横に振って大丈夫だと言う。仕方なくキッチンに片桐を残し、克哉は先ほどまで書類を読んでいたリビングのソファーに戻った。
本気で仕事をする時は、寝室に置いてあるデスクを利用するのだが、片桐が来ているときはそれを使わないようにしていた。何故なら、この部屋はキッチンからリビングが見えるようになっているからだ。ここで仕事をしていれば、片桐が自分のために料理を作っている姿も見えるし、片桐から克哉の姿も見える。購入した当初はそんなつもりでこの部屋を選んだわけではなかったのだが、結果的に良かったと思っていた。
暫く書類を読むことに没頭する。時々聞こえてくる物音が心地よいBGMとなってくれた。
そのうち、醤油やみりんなどを混ぜ合わせた液体が、熱されたフライパンの上で弾ける音が聞こえてきた。合わせて香ばしい匂いが鼻を掠める。書類に集中していた意識はあっという間に奪われて、克哉はもう仕事をすることを諦めた。
珍しく片桐の方から部屋に行っても良いかと問うメールが入ったのが昼休みの事。本当ならば、もう少し仕事をしたいところだったが、こんな機会を逃す事は出来ないと、無理矢理切り上げてきたのだ。片桐が来るというのに仕事を部屋に持ち帰ることはしたくなかったが、やむを得ないというのが正直なところだった。担当しているプロジェクトの社内コンペが後一週間後に迫っている。
「克哉くん、出来ましたよ」
いつの間にか豚肉を炒める音は消えていて、代わりに皿の上に盛り付けられたショウガ焼きを手にした片桐がダイニングテーブルの上にそれを並べていく。一緒に味噌汁と御飯が盛り付けられた椀も並べられ、れっきとした夕食の光景になった。最後に湯飲みに茶を注いで、片桐も席に座った。
「いただきます」
「いただきます」
二人でそう言って食事を始めた。レストランや料亭の料理とはまた違った、手作りの優しい味がする片桐の料理が克哉は好きだった。美味しいですと言えば、恐縮するばかりだった片桐も、最近は素直に嬉しそうな笑みを返すようになった。
「口に合ったようで良かったです」
「稔さんが作ってくれるのなら、俺はどんな料理でも食べますよ」
「本当かい?」
「本当です」
それから今日の出来事を互いに話しながら食事を続けた。片桐の方からはもっぱら克哉の元同僚にあたる、キクチマーケティングの八課の皆がどうしているかということや、本多が寂しがっているというような話ばかりだ。特に本多は克哉と仲が良かったから気を遣ってくれているのだろうと分かってはいるが、本多ばかりが片桐の話題に上るのはあまり面白くない。
「稔さん。本多が俺がいなくなって寂しがっている、と言う話はもう何度も聞きましたよ」
「そうでしたか?」
「それに、俺としては本多に寂しがってもらうよりも、稔さんの方に寂しがってもらいたいんですが」
「ぼ、僕は……それは、会社で君に逢えないのは寂しいけど、でも、こうして仕事が終わった後に逢えるから、それで」
幸せなんですよ、と頬を僅かに赤らめて、片桐は恥ずかしそうに言った。そう、片桐がこんな反応をすることも克哉には分かっていた。分かっていても、片桐の口から自分への思いを聞きたくて、ついこんな風に誘導尋問のような事をしてしまう。
「俺も、片桐さんがこうして家に来てくれて、嬉しいんですよ。最初のうちは全く来てくれなかったですから」
「それは……」
「分かっています。理由はこの前聞かせてもらいました」
皿に盛りつけられたショウガ焼きや付け合わせの野菜をぺろりと平らげ、片桐が淹れてくれた茶を啜りながら克哉はニヤリと笑って見せた。
「それに、今日は泊まっていってくれるのでしょう?」
「はい……」
***中略***
「あっ……」
「どうかしましたか」
「い、いいえ」
顔を真っ赤にしながら首を横に振る片桐に、克哉は軽く歯を立てた。鎖骨の少し上、皮膚が薄くなっている場所はあっという間に鬱血して赤く染まる。
「っ……」
片桐が痛みに顔をしかめたのを見て、今度はその場所を舌でゆっくりと舐める。傷つけられて敏感になったそこには舌のざらつきすら刺激が強すぎるのか、片桐が克哉の腕を掴む手に力を入れる。
鎖骨を甘噛みしたりしながら、片手で片桐のワイシャツのボタンを全て外してしまうと、下着のシャツを捲り上げた。更にベルトを外し、ズボンを緩めた状態でワイシャツの裾を引き抜けば、あっという間に上半身が露わになる。
「克哉くん」
片桐が自分の名前を呼ぶ声が、熱い。掠れた声で名前を呼ばれるだけで、全身が疼いて仕方がない。
「稔さん……」
片桐も克哉に手を伸ばす。拙い動きでベルトを外し、既に硬く屹立した陰茎を取り出すと、ああ、と溜息を漏らした。そして、ソファーから降りると、克哉の前に座り込み、おもむろにそれを口に含んだ。ぺちゃり、と粘り気のある水音がして、熱い口内に包み込まれる。あまりの気持ちよさに、それだけで一回り大きくなった気さえする。
「んっ……はっ、はっ……あ」
「みの、る、さん……」
丁寧に裏筋から亀頭までの間に舌を這わせつつ、片方の手で舌の届かない場所を扱く。時々ストローでも吸うようにちゅっと音を立てて吸われ、強すぎる刺激にビクリと身体が震える。
「きもふぃ、いい、でふか」
克哉のそれを口に含んだまま、片桐が尋ねる。ええ、とても、と言えば満足げに笑って再び舌を動かし出した。もっと快感を貪りたくて、そんな片桐の頭に手を置き必死に押さえ込む。突然の圧力に抗えず喉の奥へ入ったのか、片桐が苦しそうに呻いたが、今の克哉にはそれを気に掛ける余裕は無かった。
繰り返し押し寄せる快感の波に翻弄されながら、片桐の方を見る。殆どが身体に隠れてはいるが、確かに片桐の下半身も硬く立ち上がっているようだった。克哉が緩めたベルトとズボンは既に押さえの役割は果たしておらず、白い下着が盛り上がり、先端は先走りの所為だろうか、うっすらとではあるが色が変わっている。
「あんたのも、硬く、なってる、じゃないか……」
「ふあっ……んっ、ん……っああ」
克哉の足が片桐の下半身に触れた。布越しでも今まで触れていなかった場所への刺激はそれなりに強く、びくりと身体を震わせ、一瞬克哉の陰茎を舐めている舌の動きが止まった。が、克哉がそれ以上触らないと分かったのか、再び愛撫を開始する。
続く。
読み終わりましたらウィンドウを閉じて下さい。