Taste of tears.(サンプル)



 何だかとても疲れていた。早々に休もうと食べかけの食事をキッチンへ片付け、軽くシャワーを浴びてから布団を敷いて横たわる。
 部屋の灯りを消しても、何だか目が冴えて眠れなかった。身体は疲れているのに、頭は覚醒している、そんな感じだ。
 ぼんやりと天井を眺めていると、庭から微かに虫の鳴く声が聞こえてきて、もう秋なのだと思った。結局、夏らしいことは何もしなかったな、とぼんやり虫の音に耳を傾ける。花火を見に行ったり、祭りへ行ったりするべきだった。せっかく克哉が誘ってくれたというのに、恥ずかしいからのひと言で片桐は全て断ってしまった事を今更後悔している。
「僕は、馬鹿だ」
 壁に掛けられた時計に目をやると、いつの間にか十二時を指していた。これでは早く布団を敷いた意味がない。寝なければ、と目を閉じるのだが、思い出したように溢れる涙が邪魔をして眠ることが出来ずにいた。
 その時、階下でカタン、と物音がした。何か倒れたのだろうか、と身体を起こした次の瞬間、がちゃがちゃと明らかに鍵を開ける音が聞こえてきた。
 まさか、と思う間もなく玄関は開けられ、誰かが家の中に侵入してきたことが分かる。この家の鍵を持っている人物が自分以外にもう一人いることを片桐は知っているが、あまりに信じられなくて、真相を確かめる勇気もない。
 その人物は躊躇いもなく片桐のいる部屋に向かって歩いてきた。足音はぴたりと部屋の前で一旦止まり、そしてそっと襖の開けられる音がする。
「……もう寝たのか」
 その人物は低い声でそう呟くと、徐に手にした荷物を床に置いた。どさりと重い音と共に、かさかさとビニール袋のような音が聞こえる。
 片桐は咄嗟に眠っているふりをしながらじっと気配を伺っていた。彼は片桐が起きている事に気づいているのだろうか。心臓がどくどくと音を立てて、それが聞こえてしまわないかと要らぬ心配までしてしまう。
 背後に人の気配を感じたと思った次の瞬間、そっと頬に触れられた。冷たい彼の手が気持ちよかった。それでも起きていることを悟られないように、しっかり目を閉じる。
「……やはりな」
 片桐の頬に残った涙の後に気づいたのだろう、目尻に指を当て、まだ残っていた涙をそっと拭う。
「こんな事だろうと思った。……起きてるんだろう、片桐さん」
「……うん……」
 名前を呼ばれて、片桐は必死に堪えていた息を吐き出しながら返事をする。
「どうして分かったんだい、佐伯君。僕が、起きてること」
 それでも恥ずかしくて、背中を向けたまま片桐は尋ねた。
「いつも先に寝てしまうあんたを見てる俺が分からないとでも思ったか?」
「それに、今日は本多君と飲んでいるはずだろう?どうしてここに」
 いるんだい、という片桐の疑問は、あっさりと途中で切り捨てられた。
「来て欲しくなかったのか?」
「そんなこと、あるはず、ないだろう……」
「そうだな、俺のことが恋しくて泣いてたんだろう?全く」
 困った人だ、と克哉が言うと、片桐はびくりと肩をすくめる。また克哉の気に障ることをしてしまったのだと思うと、ますます悲しくなった。
「ごめんね。僕は情けない人間なんだ」


続く。