未来の王子様(上越×東海道)


「あれ、東海道、こんな所で何やってるの」
 上越に背中を向け、そっと壁の向こう側を見ている東海道に声を掛けると、案の定その肩がびくりと震え、くるりと顔がこちらへ向けられた。
「なんだ、上越か……」
「なんだ、なんて酷い言いぐさじゃない。そんなに真剣に何見てるの」
 ひょい、と東海道の頭の上から同じ方向を見やる。が、そこには何の変哲もない、いつも通りの上官室の光景が広がっており、東海道がしているようにこそこそと中を伺ったりする必要は全く感じられなかった。大体高速鉄道の中でもトップの立場なのだから、堂々と入ればいいのだ。
「誰もいないな!?」
「え、うん、誰もいないみたいだけど……」
 上越がそう言うや否や、東海道は驚くべき瞬発力で部屋の中に駆け込んだ。そして、一番奥の窓に掛けられたカーテンをくるりと身に纏い、すっかり身体を隠してしまう。
「東海道……きみねぇ、一体何やってるの」
 呆れた声でそう尋ねる上越とは反対に、必死な東海道はこっちへ来るな!とくぐもった声で叫んだ。
「どこかへ行け!見つかるだろうが!」
「見つかる?誰に」
「とにかく!」
 どうも隠れている相手は教えてくれるつもりはないらしい。言えば上越が連れてくるとでも思っているのだろうか。心外だ、と思いながら改めて東海道の隠れているカーテンを見れば、見事に足がはみ出している。
 カーテンは腰高窓用なのだ。だから足がはみ出すのは隠れる前に想像出来る筈だが、東海道はそれに全く気がついていないようだった。これでは東海道を探しているらしい相手にあっさり見つかってしまうだろう。
 その時、ぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。誰だろう、と入り口の方へ意識を集中させる。その足音はこの部屋、上官室の前でぴたりと止まると、閉じられた扉がぎぃ、と軋んだ音を立てて開かれる。
「あ、上越せんぱい」
「長野」
 扉から顔を出したのは長野だった。どうしたの、廊下を走って、と言えば、長野は上越の質問には答えず、
「東海道せんぱいを見ませんでしたか」
 と上越に向かって問いかけた。
 その時、後ろで東海道が僅かに身体を震わせたのを感じた。どうやら、東海道が見つからないように隠れていた相手は長野だったらしい。
 ここで答えを言っても良いが、それでは面白くない。長野はまだ小さいが、二本の足が伸びているカーテンに気づくのは時間の問題だろう。
 少し考えて、上越は長野に言った。
「そう言えば、二階にある食堂辺りで東海道らしい人を見た気がする」
「本当ですか!?上越せんぱい、ありがとうございます、ぼく行ってみます」
 上越の言葉を疑うこともなく、ぺこりと一つ頭を下げた長野は、来たときと同様軽い足音を廊下に響かせて二階へ向かって走っていった。上官室は再び静けさを取り戻し、ここにいるのは上越と、未だに隠れたままの東海道だけになった。
「……長野、行ったみたいだけど」
「長野に嘘をついたのか」
「あれ、見つかりたくないみたいだと思ったんだけど、違った?」
 ひらり、とカーテンの裾が舞う。端をしっかり掴んだ状態でーー長野が何時戻ってきてもすぐ隠れられるように、だろうかーー顔だけ覗かせた東海道は、僅かに非難を含んだ視線で上越を見た。
「感謝されることはあっても、そんな目で見られる覚えはないんだけど。それに、きみ、隠れてるつもりかも知れないけど全く隠れてないよ。思いっきり足が見えてるから」
 上越の指摘にえ、と驚いた顔をした東海道は、そこで初めて自分の足下に目をやった。高速鉄道の制服であるモスグリーンのズボンに覆われた二本の足が見えている。
「ぼくが黙っていたら、見つかるのは時間の問題だったね」
 東海道は最早反論する余地もない、といった様子で、隠れていない足と上越の顔を何度か見比べた後、再びカーテンの中に隠れてしまった。きっと今頃、顔は恥ずかしさの余り真っ赤になっているはずだ。
 カーテンにくるまった東海道の傍に近寄ると、カーテン越しにぎゅっと抱きしめた。厚い布地とはいえ、元々東海道が細いから抱え込むのは全く苦にならない。ただ、いつもは直接感じることが出来る肌の温もりがとても遠く感じた。後でたっぷりお礼をしてもらおう、と思いながら、腕に力を込める。
「上越!?」
 抱きつかれるとは思っていなかったのだろう。驚きの滲んだ東海道の声に構わず、恐らく顔付近だと思われる場所に顔を寄せて、小さな声で囁いた。
「ん?きみを隠してあげてるんだよ」
 成長したら良いライバルになってくれそうな、未来の王子様から、ね。と内心呟いて、心の中だけで笑った。
 そうなるのは、まだずいぶんと先の話だろうから。


「で、何でかくれんぼなんか?」
「かくれんぼで勝ったら、遊園地に連れて行ってくださいと言われたんだ。わたしは、あまり行きたくない……」
「大人げないなあ」
「長野に言われたら断れないんだ!期待に満ちた目で見上げられては、とても……それに、ああいう乗り物は、得意じゃない……」
 がっくりと肩を落とす東海道に、まあ分からなくもないけど、と思いながら、しかし油断ならない王子様だな、と上越は思ったのだった。