夜明け、車両所で(山陽&東海道)


 夜が明けて、東の空が白み始めた頃、東海道は車両所にいた。
 運転を待つ車両達が一堂に会する光景は、始発運転前のこの時間か、営業が終了した闇の中でしか見ることが出来ない。その他の時間は大抵皆出払っているからだ。
 白い車体が朝日を反射して輝く瞬間を見るのが好きだ、と思う。この光景は、何年も変わることはない。車両が0系から最新のN700系に移り変わっても、朝日に輝く車両は、新幹線の更なる繁栄を約束してくれる、そんな気がする。
「ーーまた、ここにいたのか」
 突然後ろから声を掛けられ、驚いた身体がぴくりと跳ねた。しかしその声が知っている者の声だと分かった東海道は、振り向かずに答えた。
「……どうして分かった、わたしが、ここにいることが」
「そりゃ、まあ、長年の付き合いだし?」
 いつの間にか東海道の数歩後ろに山陽がいた。普段はあれだけ騒がしい癖に、どうしてこんな時は気配を悟らせないようにしてやって来るのだろう。お陰で、いつも見られたくない所ばかり見られている。それが、東海道には不本意だった。
「昔から、なんかあると、ここに来てたよな。まあ、最近はここよりも山形の部屋に行くことの方が多いか」
「貴様には、関係ないだろう」
 山形はまだ眠っている。東海道は、その暖かな腕の中から抜け出して、今、ここにいた。始発が動き出す時間まであの腕の中にいることだって出来たのに、今日に限っては、どうしてもこの光景が見たくなって、わざわざ遠く離れたここまでやって来た。
 でも、それは山陽も同じ事だ。東京の宿舎からこの車両所まではそれなりに距離があるのだから。わざわざここまでやって来る山陽も、酔狂だと思う。
「お前はどうしてここに来たんだ」
「誰かさんがまだ泣いてるんじゃないかと思ってさ。始発から遅延されたんじゃたまらないからな」
「誰かさんとは、誰だ」
「……自覚がないときた。こりゃ困った」
「っ、それは、わたしのことか!?」
 そこまで言われて、ようやく自分の事を指しているのだと分かった東海道は、思わず声を荒らげていた。反対に山陽は、笑いながらも否定はしない。
「あ、ほら、見てろよ。日が昇るぞ」
 山陽は東の空を指さすと、そちらに気を取られている東海道の隣に並び、フェンスに身体を預けるようにもたれかかった。
 太陽が東から顔を出し、車両所を、世界を明るく照らしていく。その光を全身に受け止めて輝く車両達が並ぶその光景は、誇り高き高速鉄道に相応しい。
 ようやく気持ちが落ち着いたのか、東海道は詰めていた息をゆっくり吐き出して、
「もう、大丈夫だ……今日も一日頑張ろう、と思う」
「そうだな」
 東海道の独り言のような言葉に、山陽が頷いた。
 その時、一番中央に停車していた車両がゆっくりと動き出した。時計を見れば、そろそろ始発電車が動く時間。時間に追われる慌ただしい一日の始まりだ。各駅に留置された車両達も準備を始めている頃だろう。
 まだ冷たさの残る空気を思い切り吸い込んで、東海道はくるりと踵を返した。
「戻るぞ」
「はいはい」
 制服の裾を翻して、東海道が歩き出す。それに寄り添うように山陽が続いた。その関係は、山陽新幹線が開業して以来、ずっと変わっていない。
 しかし、山陽の気配をすぐ近くで感じられることが、自分にとって何より安心するのだということを、東海道はまだ気づいていなかった。