おおあめのよる(山形×東海道)
腕の中で嗚咽を漏らしているのは、誰だ。
普段はプライドの固まりみたいな顔をして、建屋の中を颯爽と歩く東海道が、まさかこんな風に泣くなんて在来線は誰も知らないだろう。上官連中だって初めて見たときは驚いたものだが、それがあまりに日常過ぎて今では何とも思わなくなっていた。
「なぁ、泣ぐな、東海道」
「うっ、くっ……やまがたぁ……」
ぽんぽん、と背中を軽く叩いて、そのまま撫でてやると、嗚咽は啜り泣きに変わった。それでも根気よく彼の背中を撫でてやる。
「おめぇはよぐやっでる。それに、しかたねぇでねぇか、大雨はいぐらおめぇでも止められねぇ」
「……うっ、うん……」
自分の胸に顔を埋めて泣いている東海道の事が、山形は好きだった。新幹線としての誇りを誰よりも高く持ち続けているこの男が。日本で初めて開業した新幹線として、一人でずっと頑張ってきた彼は誰よりも苦労したに違いない。その苦労をひた隠しにして常に偉ぶっている東海道が、自分の胸の内を話してくれることが嬉しかった。
「なぁ?」
顔を上げてくれ、と言うと、東海道は怖ず怖ずと顔を上げた。案の定目が腫れて真っ赤になっている。明日はどうするつもりなのか、このまま人前に出るのかと思ったが、それは言わずにおいた。きっと、また泣いてしまうだろうから。
山形を見上げた目の端から、また涙が溢れてきた。やれやれ、まだ泣きやむつもりはないらしいと思った山形は、そっと東海道の額に口づけた。そして、
「もう今日運転は取りやめだがら、もう寝らっせ。おめぇが寝るまでここにいるから」
顔を真っ赤にした東海道がぎゅっと山形の制服の裾を握りしめた。
「ん?なんかあるんけ?泣きすぎで喉乾いたんか?茶ぁでももっでくっか?」
「やまがた……」
「なんだぁ?言ってみらっせ」
それでも東海道は言いにくそうに口をもごもごさせている。しかしそれもいつものことなので、山形は根気よく東海道が言い出すのを待っていた。
「その……し、」
「し?」
俯いて暫く考え込んでいた東海道だったが、意を決したのか少し顔を上げ、そしてひしっと山形に抱きついた。そのまま山形の肩に顎を乗せて耳元に顔を近づけると、小さな、本当に注意して聴かなければ聞き取れないほどの声で、したい、と言った。
「えぇよ」
あっさりと承諾の返事が山形の口から出て、東海道は驚いた顔をした、がそれは山形には見えない。ぎゅと首の後ろ側にある制服の布地を握りしめられたような感覚がして、少し息が苦しい。
「わがっでる」
自分から要求した事を認めたく無いのだろう。素直じゃないとも言うな、と思いながら、そんな彼からの誘いが無ければ動かない自分もずるいとは思う。
そっとベッドに押し倒した。決して柔らかくはない宿舎のベッドのスプリングが軋んで、二人の身体が沈み込む。東海道の制服の金具を外して、胸に付けた飾りと警笛も外して、更に中に着ていたワイシャツの釦も外す。あっさり露わになった白い肌にそっと手を滑らせると、東海道はぶるりと身体を震わせた。
「冷だがったか?」
「ん、平気、だ」
「寒がったら暖房つけっか?」
「ううん、いらない……」
こういうとき彼の言葉が柔らかくなるのが好きだと思う。いつもの自信たっぷりの喋り方も好きだが。どちらも山形には無いもので、憧れもあるのかもしれない。
ゆっくりと手の温度を体温に馴染ませていく。次第に熱くなる東海道の肌に自分の冷たい手が馴染んだ所でそっと胸に手を這わせた。ぴくりと東海道が反応するのが楽しくて、固くなった先端を爪で引っ掻いてみる。
「あっ、んっ……」
たまらない、とは口が裂けても言わないだろうが、その代わり無意識に下半身をすり寄せてくる東海道の頭を撫でて、山形は東海道のベルトを外すとジッパーを下げた。突然外気に晒された肌が粟立つのを見て、少し失敗したなと思った。温暖な地方を走る東海道は、雪が多い所を走る山形に比べて寒さに弱いことを忘れていた、と。
「東海道」
半分熱に浮かされたような顔をした東海道を抱え上げると、乱れていたシーツをかき分けてその間に下ろす。自分の上着とベルトを緩めると、東海道に覆い被さった。その上からシーツを引っ張ってすっかりベッドの中に入ってしまう。
これなら寒くないと笑ってみせると、何故か東海道は泣きそうな顔をして頷いた。
完全に東海道の下半身を裸にしてしまうと、中心を握って扱いてやる。あ、あ、と悲鳴のような喘ぎ声が断続的に聞こえてきた。こんな時東海道の身体はとても素直に反応する。まるで、普段の素直さを取り戻すかのように。
「あ、やま、がたっ、あっ、はぁっ、ん」
シーツを握りしめていた東海道の手が山形を探して彷徨っている。
「ここにおるよ」
「もっ、……だっ、だめだっ、ああぁあっ」
山形の手の中で震えるそれが爆ぜて東海道の肌を汚していく。少し粘り気のある白い液体を吐き出した東海道は大きな溜息を一つ吐いた。
「きもちえがったか?」
「き、訊くなっ……」
でもまだ終わっていない。誘った責任は取って貰わなければならない。
腹の上に溜まったそれを指で掬い取ると、山形は東海道の後ろに手を伸ばした。人差し指を縮こまったそこへ差し込むと、弛緩していた東海道の身体に力が戻る。
「んっ、いや、だっ、あぁっ、そこ、いやぁ」
言葉とは裏腹により深く指を飲み込もうと内壁がうねる。その波に乗じて奥へ奥へと進んでいき、指の届く最奥をぐるりと撫でた。そして中からそっと抜き取ると、同じように指で掬って中へ差し込む。何度かそれを繰り返すと、固かった入り口がようやく解けてきたのが分かった。
「やまがたっ、やま、がたっ」
中の、ある一点を弄ってやると面白いくらいに反応を返してくる。指を増やして重点的に弄ってやると、腰が浮き上がる。先程果てたばかりの中心が再び固さを取り戻してその存在を主張してきていた。
「ここがええんか?どうして欲しいんだ?」
「そ、そんなの、分かってる……くせに」
この期に及んでも恥ずかしげに目を逸らす東海道に口づけを落として、山形はそこに自分自身を当てた。
「力、抜いでなぁ、苦しぃだろ」
「う、うん」
そう言われると余計に身構えてしまう東海道に苦笑しながらも、そろそろ我慢出来なくなっていた山形はそっと腰を進めた。初めは異物を押し返そうとしていた中が次第にそれを受け入れはじめ、気がつけば全てが収まっていた。締め付けがきつくて今にも達してしまいそうなほどだ。
ゆっくりと動かし始めると、動きに合わせて東海道の口から嬌声が漏れる。本人は必死で抑えているつもりなのだろうが、口に当てた手が全く効果を成していない。
「はぁっ、あぁん…いや、あっ、そこっ……」
いつの間にか被っていたシーツは床に落ちていたけれど、赤く火照った東海道にはもうどうでもいいことだった。自分の発する熱だけで汗が滲む程で、暑いとすら思った。
山形が追い立てる。東海道が追いつめられる。二度目の絶頂がすぐそこまで来ていた。ギリギリの所で踏みとどまっていたがそれもそろそろ難しそうだ。山形の額から落ちた汗が東海道の肩に落ちた。
「やまがた、やまがた……」
熱に浮かされた時のように、繰り返し自分の名前を呼ぶ東海道に向かって、山形は最奥を擦るように腰を打ち付けた。
翌朝は良い天気で、昨晩の大雨が嘘のように雲一つ無い青空だった。時間はまだ早く、西の空は僅かに夜が残っている。
東海道よりも始発が早い山形は、隣に眠る男を起こさぬようそっとベッドから降りた。そして、素早く身支度を調えると、東海道の肩を軽く揺する。
「先にいぐがらな。鍵、後で返してくれればえぇから」
よく分からない寝言を呟いて、それでも山形が差し出した鍵を掴んだ東海道を見て、安心した。今日の天気ならばきっと彼はいつも通り走れる。いくら普段が自信家で素直でない東海道でも、その方が彼らしい、と思えるし、そんな東海道が山形は好きだった。
東海道の乱れた髪をそっと撫でて、山形は部屋を後にした。