不意打ち(上越×東海道)
最終の新幹線が定刻通り東京駅のホームに滑り込んできたのを確認して、東海道は溜息を漏らした。
今日も何事もなく運転を終えられた。定時運行が基本の電車は、数分の遅れすら許されない。日々そのプレッシャーに耐えながら、時には風雨に悩まされながら、それでも定時運行に最善を尽くすのが彼の仕事だ。
「おっつかれー。今日は無事だったじゃん?」
背後から声を掛けられて振り返ると、そこには山陽が立っていた。と言っても、同じ指令室内にいたのだから、東海道が外に出たのを見計らって出てきたのだろうが。
「まあな……それが私たちの役目だ」
「相変わらず、堅いなあ」
エレベーターに乗り込んで一階のボタンを押す。そのままどの階にも止まらなければいい、という東海道の願いは空しく、一階下のフロアに停止した。
「あ」
「あれ、君たちも今上がり?」
開いた扉の向こう側に立っていたのは、上越だった。東海道よりも終電の到着時間が早い上越は、いつも先に宿舎に戻っている。だから、二人は素直に珍しいと思った。
「何かあったのか?」
帰りが遅くなるのは、何かがあったとき。少し低い声で東海道が上越に聞くと、いや、単に雑用をこなしていたら遅くなっただけ、と何事もなくかわされる。山陽は何も言わなかった。
エレベーターには他には誰も乗ってこなかった。三人を乗せたエレベーターはするすると一階へ向かって降りていく。
ビルを出て、宿舎までの短い距離を並んで歩く。いつもうるさい山陽すら、今日に限って静かだ。
ふと足を止めた山陽の気配を察して東海道が振り返ると、彼は少し離れたところに立っていた。
「オレ、ちょっと寄り道して帰るわ。先戻ってて」
「あ、おい、山陽」
東海道の呼び止めも聞かず、さっさと違う方向へ歩いていく。もう一度山陽、と呼ぶと、上越がぐい、と東海道の腕を掴んだ。その力の強さに驚いて振り返ると、見たことのない上越の顔が目に飛び込んできた。
常に穏やかな笑みを湛えて、山陽に言わせれば「腹の中で何考えているか分からない」上越が、表情を崩すのは珍しい。その表情で、やっぱり何かあったのかと言おうとした口は、上越のそれで塞がれた。
「っ……!!」
それは一瞬の出来事だった。目を覆うように手を当てられ視界が遮られる。じわりとその温かさが肌に馴染んだと思えばすぐに離された。唇が重なっていたのと同じだけの時間だ。
再び上越の顔を捉えられるようになった頃には、いつもの上越だった。
「何?」
「何、って……貴様、どういうつもりだ」
「どういうつもり、ね。そうだね、あんまり気にしないで」
「あ、あんな事されて気にするなと言う方が無理だろうが!」
つい公衆の面前で声を荒らげてしまう。と言ってももうすぐ日付が変わろうかという時間帯、二人以外の人の姿は見あたらなかった。
「帰ろうか」
それでも、掴まれた腕は一度も離れることなく、そのまま引っ張るようにして宿舎の方へ歩き始めた上越に従うしかなかった。
山陽はこの気配を察して逃げたのだろうか?それとも、山陽がいなくなったからこんなふざけた事をしたのか。どちらにしても今の東海道には上越が取った行動が信じられなかった。
「東海道」
急に呼ばれてはっとする。何だと返事をすると、ごめんねと謝られた。それが何に対しての謝罪なのか分からず、東海道は何も言えなかった。
「君のこと結構好きなんだよ、これでもね」
東海道がそれに対するコメントをする前に、二人は宿舎にたどり着き、そして玄関には山形が立っていた。咄嗟に、山形に聞かれたくないと思った東海道は、上越に対する返事を飲み込んでしまう。それが、上越の顔を再び歪めることになるのだとは思いもせず。
「二人とも、遅がったなぁ」
「ごめんごめん。東北は?もう帰ってきた?」
ふっと今まで上越に掴まれていた腕が軽くなったと思えば、既にそこに上越の手は無かった。しかし、今まで掴まれていた所為で制服越しにほんのり手の温もりが残っているような気がした。
先程自分の目を覆った手と同じ温もりが。