行き先トレードしませんか


「たまには、行き先を交換してみたい」
 突然のサンダーバードの発言に、しらさぎとはくたかは顔を見合わせた。
「毎日毎日毎日同じルートばっかり走ってたら飽きるだろ!?」
「いや、俺は別に……それに、毎日同じじゃないよ」
 はくたかの発言に、しらさぎもうんうん、と頷く。
「そうだよサンダーバード。ルートは同じだけど、沿線の景色は刻一刻と変化しているよ。それに、今日の夕日は綺麗だな、とか、毎日同じ景色を見ているからこそ気づくことだってあるじゃない」
 しかしそんな二人の意見は今のサンダーバードには全く届いていなかった。
「お前たちは良いかもしれないけど、オレは飽きたの!琵琶湖も見飽きた!たこ焼きも食い飽きた!たまには越後湯沢とか米原とか違う場所に行きたい!」
「そんなこと言われたって俺たちに何が出来るってんだよ」
 はくたかから飛び出したその発言に、サンダーバードはにやりと笑って見せた。その笑顔は明らかに何かを企んでいると言わんばかりで、はくたかもしらさぎも、嫌な予感がする、と再び顔を見合わせる。
「オレたち、見た目はそっくりだろ?だから、ちょっとくらい別の所走ってたって分からないって」
「あ、それ却下。私は違うから」
「なんだよしらさぎ!お前一人だけ!」
「だって、車体のラインの色、違うでしょう?私はオレンジ色のラインが入っているけど、君たちはそうじゃないから」
 言われてみればそうだ。はくたかとサンダーバードは車体のロゴこそ違えど、見た目は殆ど同じ。しらさぎだけは車体に一筋、オレンジ色のラインが引かれているのだ。本人曰く、それは上の方が勝手に引いた色なので、あまり好きじゃないとの事だったが。
「それじゃあオレとはくたかが行き先交換すれば問題なしだな」
「何が問題なし、だ。問題ありすぎだ。大体、そんなこと出来るわけ無いだろ」
 それに、例えはくたかとサンダーバードがお互いの区間を交換して走っていたところで、同じ場所を走っている北越や雷鳥に見つかれば一巻の終わりだ。深夜ならまだしも、日中その二人にすれ違わないように北陸本線を走ることなどまず不可能だというのに。
 二人から諭されてもまだ諦めきれないらしいサンダーバードは、尚も食い下がる。
「お前だって、たまには大阪行きたいだろう?」
「いや、別に……だって、その」
 もごもごと口ごもったはくたかは、何を思ったのか恥ずかしそうに顔を逸らすと、そのまま口を噤んでしまった。その様子を見たしらさぎが一人納得した表情で、もう諦めなよ、とサンダーバードの肩を叩いた。
「はくたかはいつもサンダーバードがおみやげを買ってきてくれるから、それだけで十分だって、さ」
「そういうものか?……いや、違う!お前の今の表情は絶対違う!」
 はくたかが何を考えたのか、しらさぎよりも少し遅れて察したらしいサンダーバードは、嫉妬も混ざって思わずはくたかに詰め寄っていた。
「明日、富山駅四時五十五分の始発電車、お前が走れ。雷鳥のおやっさんもまだ寝てる時間だから分かるはずない」などと無理難題を突きつける。ほとほと困った顔をしたはくたかが、ちらりとしらさぎに視線を投げかけたことにサンダーバードは気づいていない。
「代わりにはくたかの始発はオレが走ってやる。おまえが入れ込む「とき」がどんなやつかこの目で見てきてやる」
「はいはい、騒ぐのはそこまでにしなさいよ」
 もう遅いんだから明日に備えて寝ようよ、としらさぎが席を立ったのを機に、はくたかも立ち上がった。おやすみ、サンダーバード、と言い残して二人が立ち去ると、一人残されたサンダーバードは、ぽかんと二人の背中を見送っていたが、腹立たしげにソファーをぼすんと叩いた。
「くそっ」
 悪態を吐きながら、しぶしぶと自分の部屋に向かう。
 二人にはあしらわれたが、違うルートを走ってみたいと思ってる気持ちは本物だった。少なくともサンダーバードにとって魚津より北は見知らぬ土地であり、その先を走っているはくたかが、いつもどんな景色を見ているのか知っておきたいと思っていた。
 この時期でもまだ雪が残る越後湯沢。直線のトンネルが続くほくほく線。はくたかに話は聞いているものの、彼が行ったところは自分も行きたいと思うのは、我が儘なのだろうか。
 そして、彼の心をとらえて放さない「とき」の姿を一度見たい、というのも本当の気持ちだった。
 逆に、はくたかにもサンダーバードが普段走っている景色を見て欲しかった。彼の心を苦しめる、新幹線の高架がない景色。まるで海のように広がる琵琶湖の景色も、長い長い北陸トンネルも、はくたかは知らない。こんなに良い景色があるのだと伝えたいところはたくさんあるのに、二人で見に行くことは一生叶わない。
「悔しいよな……」
 ぼそりと呟いたサンダーバードの台詞は、静かな宿舎の闇に溶けて消えた。


 その数日後。
『現在、湖西線強風の影響で、大阪方面の電車は米原経由で運転を行っております。そのため大幅な遅れが……』
 駅についたサンダーバードは、構内に流れる放送を聞いて思わず叫んでいた。
「嘘だろ!?」
「よかったじゃない、違うルートを走りたかったんでしょう?米原から東海道経由なんて、私も走ったことないよ」
 隣のホームに待機していたしらさぎが、にやにやと笑ってサンダーバードを見ている。
「こんな風に走りたかったんじゃない……!」
 声にならない叫びは、遅延により混雑するホームに響いたとかどうとか。